第3話 落ちていた少女
「私は、「俺と月夜さんとの出会いは、月明かりが綺麗な10年前の夜————」」
「クラスメイトのツラ知らねえ奴がなに言ってんだ」
「今日は雨土砂降りだけど」
「俺が今日月夜さんと会ったのは、お前らが来る1時間くらい前のことだった」
「「最初からそう言え!」」
俺が喋り始めると即座に突っ込んできた友人二人の声をまあまあといなしながら、俺は置いてあった和泉の空のコップに追加の牛乳を注ぐ。
思わず手に取った和泉は数秒してから「いらんわ!」と手で軽く払う動作をした。
「てか俺らは月夜さんに聞いてんの。こんな男で大丈夫なのかって」
どうやら先ほどの言葉は気のせいではなかったようである。
失礼な男は俺に対して指を差し、「これだぞ」と顔を顰める。
俺はそんな男に入れたばかりの牛乳を手に取り、口の中に注ぎ込んだ。
「ごっ、何すんだテメェ!」
「やはりカルシウムが足りてないじゃないかと思って」
「たった今牛乳が足りなくなったわアホ!!」
「おかわりいるのか? 全くしょうがないな」
「ちっっっがう!!!」
「和泉うるさい」
月夜さん大丈夫? と聞いた冴に「はい」と言った月夜に、友人二人は安堵した表情を浮かべる。
そんな二人を不思議に思いながら見ていると、頭を抑えた冴が大きなため息を吐く。
「月夜さんから聞こうと思ったんだけど、よほど那月が月夜さんとの出会いを喋りたいらしいから喋らせてあげるわ。まあ、それが理由につながるだろうし」
「さすが冴、ご名答」
「叩きのめすわよあんた」
「もしかして冴も牛乳追加でいるのか?」
「飲んでないわよ最初から」
なるほどだからそんなに青筋が浮いているのかと思いながら、冴に牛乳を勧める。
しかし更に青筋を増やした冴により話の続きを催促され、俺はまだ3時間もたっていない出来事を話すために口を開いた。
◇◇◇◇◇
――――その時俺は、何か用があるから外に出ていたわけではない。
ただ、今日出るはずだったはずの満月が雨により出てこないと聞いて、土砂降りの雨の中なんとなく近所を歩いていて。
だから、
名前の通り月のように美しい銀色の髪に、月明かりのような金色の瞳。
この世に存在するにはあまりにも美しすぎるその少女に思わず息をのんだけれど、すぐにその少女が自分の記憶の中にある顔だと気づき、ゆっくりと近づいていく。
近づいてもなお――――それは雨の音のせいだろうか、こちらに気づくこともなく傘も何も差さずただ立っているその少女は、どこか空虚を見つめている。
いや、見つめているというにはそれはあまりにも焦点が合っていなかった。
「...........あの」
ただ銀の髪から滴る雨を見て、俺は思わず傘を差し出す。
その声で初めてこちらに気づいたというような顔をした彼女は、自分の体に打ち付けられていた衝撃がなくなったことだけに驚いているようだった。
「あれ、...........雨、止んだ?」
「止んでないよ。...........君、どうしたの?」
「『どうした』って、何が?」
あまりにも何の感情もないその言葉に、俺は思わず言葉に詰まる。
一人でいるときに男に話しかけられたというのに、警戒心すら見せない彼女はただ淡々とした瞳でこちらを見つめていた。
「どうして、ここにいるんだ?」
「帰る場所が、なくなっちゃったから」
そう答えた彼女は、無表情のはずなのに、なぜか迷子になった子供のような顔をしていて。
きっとそんなことは気のせいだとわかっているのに、俺は思わず口を開いてしまっていた。
「――――なら、うちに来なよ」
何を言っているんだ、と反射的に思う。
というか普通に考えてよく知らない男の家にのうのうとやってくるわけないだろう、と考えながら、俺は少し早口でまくし立てた。
「いや、帰る場所がないなら、一緒にさがそう、」
「行く」
「...........え?」
端的に放たれた言葉に脳の処理が追い付かず、思わず疑問符で返す。
そんな俺を逆に不思議そうに見た彼女は、首をかしげながらこちらを見上げた。
ああ、これが上目遣いというやつかとぼんやりした頭で考える。
「あなたがさっき言ったんでしょ、家に行っていいって」
「...........ちょっと待って」
早く、と言いたげな彼女に今更ながらもとりあえず来ていた上着をかける。
どう考えても脈絡がおかしい、と思いながら、俺は頭の中を空回りしながらも頑張って働かせてみる。
「いや、今のは衝動的に言っただけで、」
「あなた、一人暮らし?」
「...........そうだけど」
それがなんなのだろうか、と思いながら頷く。
それにふむと考えこんだ彼女は、身長のわりに長い人差し指をぴんと立てた。
「食事、洗濯、掃除をやる。貴方には住むところだけ提供してほしい。食費は折半」
「のった」
「交渉成立」
ふっと初めて笑った彼女の笑顔に一瞬見惚れながら、俺は先を行く彼女の道案内のために一歩踏み出す。
――――そう、これはただの拾い物。
ただ見覚えのある少女が落ちていたから拾っただけで、それ以上でも以下でもない。
「そういえば、名前を言っていなかった。私、月夜澪です」
「天沢那月です」
律儀に小さくお辞儀をした彼女――――月夜澪に反射的に挨拶を返す。
しかし月夜の本題はそれではなかったようで、俺にちらりと視線を向けた。
その視線には悪意は含まれておらず、ただ純粋な疑問があった。
「なんで見ず知らずの私に、そんなによくしてくれるの?」
「よくしているつもりはないんだけど。利害の一致だし」
「それでも、ここまでする義理はあなたにはないでしょ?」
彼女の疑問はもっともだ。
確かに俺は、彼女に同居の提案をする義理もなければ、そもそもずぶ濡れの彼女に声をかける義理もない。
けれど。
俺は口を開けた後、出かけた言葉を飲み込み、一瞬だけ考える。
—————この何の意味も価値もない言葉は、自分の胸の裡に秘めておこう。
そう思った俺は代わりに笑みを浮かべると、自分にとって一番価値のある言葉を口にした。
「『なんとなく』かな」
「なにそれ」
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