第2話 月夜澪という少女



「いや、まず突っ込みたいところは色々あんだけど。なに、拾ったって」



そう言って頭を抑えた、幼馴染兼友人1――――もとい東雲しののめ和泉いずみは盛大なため息をつくと、その場においてあった牛乳を一息で飲み干す。

なんか上手いしこれ、とボソッと呟いたそいつは、仏頂面のまま言葉をつづけた。



「奮発してちょっと高いやつを買ってみたんだ」

「やっぱ値段で質って変わるんだな。...........って、そうじゃない!! そもそも、その人...........のことは知ってるんだけど」



歯切れ悪く途中から言葉を濁した和泉は、昔から焦ったときにする貧乏ゆすりをし始める。

そしてそんな男を一瞥した、もう一人の幼馴染兼友人2――――椎名しいなさえは、隣にいる和泉の足を「行儀が悪い」と叩いた後、ドスの効いた声で俺を一瞥した。



「で、拾ったってなによ」

「拾ったは拾っただけど」

「一緒に住むってこと?」

「...........そうなの?」



二人の言葉に首を傾げ、隣にいる少女に回答を求める。

するとこくりと小さく頷いたことを確認して、俺は力強く隣で頷いた。



「らしいです」

「お前は知っとけよ」

「...........つまり、同居するってことよね?」



そうして彼女はしばらくした後、小さく何度か深呼吸をする。

それから俺からその隣へと体の向きを変え、どこか緊張したように言葉を投げかけた。



「...........色々聞きたいことはあるけど、まず貴方の口から聞いていい?」



そうして約三人分の視線が集まると、彼女はじっと見つめていた牛乳から顔を上げ、小さく首を縦に振る。

そのままゆっくりコップを机の上に置いてから、まるで鈴の音のような声が耳に届くまで時間はかからなかった。



「――――はじめまして。月夜つきよみおと言います」

「らしいです」

「存じてるよ」

「てかあんたは知っときなさいよ」






◇◇◇◇◇







「てか那月、落とし物ってなんだよ。どう考えても人だろうが」

「え? 落とし『者』だろ」

「誰がうまいこと言えと」

「座布団何枚?」

「退場」



顔面に青筋を立てた和泉は、そういった勢いのまま俺の顔に軽くデコピンをくらわす。

びっくりするからやめろよ、と訴えれば、そいつはさらに俺の頬を引っ張り上げた。



「ほおおおおおおっ、お前に珍しく呼び出されたと思ったらクラスメイトが家にいた方がよっぽど驚くと俺は思うがね!! こっちは土砂降りの中急いできたんですけどね!!」

「ちょっと和泉、それくらいにしなさい。月夜さんが驚くでしょ」



そう言って俺と取っ組み合っていた和泉を止めると、今度は止めた本人が俺に拳骨を落とす。

思ったより力がこもっていたそれに何か言おうと見上げれば、先ほどの和泉の比ではないほどの怒気が眼前に迫っていた。



「前から言ってるよね? あんた昔から考えなしに行動するんだからちゃんと私か和泉にホウレンソウしなさいって」

「ちゃんと自分でお世話できるよ。散歩もできる」

「ここのマンションペット禁止でしょ!!」



鋭い返しにぐっと言葉に詰まると、どこか目を遠くした和泉がそこじゃないと思うと呟く。

けれどそんなことは気にせず、冴は「散歩だけじゃなくて、ご飯とかもあるでしょ?」とさらに迫った。



「...........あの、お金ならあります」



すると、今まで名前を名乗ってから押し黙っていた少女が口を開く。

和泉たちが家に来る少し前にうちに来た月夜は、指折り数えながら友人二人に向かって喋り始めた。



「ある程度の生活費は払える分の貯金はあるので。散歩は、天沢君と一緒に登下校します。ペット禁止に関しては...........管理人さんに相談しましょう」

「それなら...........まあ...........」

「負けないで冴。でもペット云々に関しては心配しなくていいと思う。それよりも」



那月、と呼ばれた声に振り向けば、少し先ほどよりも険しい顔をした和泉と目が合う。

いやもともと仏頂面か、と考えながらもその目を見つめ返すと、キャラに似合わず真面目そうに和泉は口を開いた。



「月夜さんのことは、もちろん知ってるよな?」

「...........同じ制服着てるから、多分同じ高校」

「...........まさか情報それだけとは言わないよな?」

「それ以外あるのか?」

「お前と同じ1年2組。んで、お前本当に知らないのか? 『学年一の美少女』って単語」



口に出してても陳腐な言葉だけど、と言った和泉は頭を小さくかくと、俺からすっと視線を逸らす。

それを追って視線を結城へと移しその姿をじっと見てみると、確かにその言葉は似合いそうだと心の中で納得した。


日本人とは程遠い銀色の髪。それと同じ色の長い睫毛で縁取られた大きな瞳は、溶けだしそうな金色に輝いている。



「下手したら、学校一とも言われてるかもしんねえけど、それが月夜さんの立ち位置。男子からしたら羨望の的なわけ」

「ふうん」

「ふうんてお前な。問題は、月夜さんがお前に対して何かされるかもって思うのは仕方ないってこと」



目の前にいる少女がまるで他人事のように牛乳を飲んでいる姿を見て、俺はふむと一つ頷く。

月夜さん、と和泉の隣から声をかけた冴は、小さな声で結城へと声をかけた。



「大丈夫? わざわざこんなノンデリ男の下で暮らさなくても...........」

「なんか聞こえたが。俺は気遣いのプロだからな。散歩もできる」

「ほざけ」



なんだか対応が冷たい気もする友人二人が、俺のことはお構いなしに月夜へと心配の言葉をかけている。

というか、とどこか言いづらそうに言った冴は、「無理に話さなくてもいいんだけど」と前置きしてから口を開いた。



「月夜さんは、なんで那月こんな男なんかの家に来たの?」



なんか変な読み方が聞こえた気がするが、まあ気のせいである。




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