第63話

「よっしゃ! 無事に取って戻ってきたぜ!」


 指定された三つの素材を無事に手に入れたリリーたちはフィネールの元へと戻っていき、薄暗い部屋の中でピークコッドはこの素材たちが入った袋を床にいたハニワに渡すとハニワは小さな足取りで彼女の元まで行くとそれが手に渡った。


「似たようなモンはここにはいくらでもあるからな。私が要求したのがすり替えられてるかもしれん」

「何言ってんだよ。そんなことするわけないだろ」

「ふん、どうだか……。…………」

「ほら。アンタが言ったのは全部そこにあるだろ?」

「……確かに三つともあるな」

「へへ、俺たちを見直したか?」


 受け取った袋の口を開き、それぞれの中身を確認するとフィネールはそれらを木製の乳鉢に雑に投入していった。

 机の奥にある薬品の入った小瓶を手に取って蓋を開けるとその中身を乳棒で擦り混ぜながら少しずつ垂れ流していく。

 薬品特有の癖のある匂いがリリーたちのいる場所まで広がっていくのを感じていると、いつの間にか乳鉢の中身が出来上がったようだ。

 中身を少しだけ指で取り出したそれは茶色く変色した粘ついた草の塊であり、細い指で捏ねて丸くすると懐から煙管を取り出すと火皿にそれを詰め、そのまま指先から火を灯して炙った。


「…………。ふぅ……」

「え? それだけ? あの素材って何かこう……凄い調合とかに使うんじゃ……」

「なんだ? 文句あるのか?」

「い、いや、別に……」


 三人が苦労して採ってきた希少な素材を煙管のタネにされたことに驚いているが本人は特に気にせず吸い始める。

 煙管の口元が暗い顔に吸い込まれ、その炙った塊の煙をゆっくりと体に含んで堪能していた。

 しばらくこの煙を吞んでいたフィネールはふと我に返ると煙管を持ちながら椅子に座った体をリリーたちに向けた。


「調達ご苦労。そろそろタネが切れかかっていたところだったんだ。……ふぅ」

「フィネールさん」

「……ん? なんだ?」

「こちらは貴方の要求に答えました。つまりこれでこちらの要求を受け入れてくれる、ということでいいんですね?」

「ん? ああ、そのことか。お前たちがいなくなってから少し考えていたんだが……やっぱり断るよ」

「……え?」


 フィネールは煙を静かに吐きながら淡々とした態度でこちらの協力を拒否したことに全員が目を丸くした。

 まさかここまでやらせておいて断られるとは思ってもみなかったのだ。


「な、なんでですか? 何か理由が……」

「理由ね……。考えれば理由なんて幾らでもあるが……最もなことを言うと私はあのイースの連中が嫌いなんだ。あの連中はとって扱いづらい私は腫物みたいなモンだからな。住んでいた場所から追いやられたこっちはここでひっそりとここで暮らしているんだ。だが連中はこちらを腫物扱いをしてるくせに私の力だけはほしくてたまらないようでな、時折こうやってアプローチしてくるんだ。まぁその度に追い返しているんだが……、まさか今度は他の組織を使って来るとはね。奴らの根は相当腐っているらしい」

「じゃ、じゃあこの持ってきてほしいのって……」

煙管これのことか? コレは私が適当に呟いただけで君たちが勝手に持ってきてくれたと、そういうことにしておいてくれ」

「…………」

「お前たちの用件はこれで済んだだろう? 悪いが今は安らぎたいんでね。さっさと帰ってくれるかい?」

「……おい。なんだよそれ……」


 こちらを嘲笑うかのようなフィネールの態度にピークコッドが彼女の前に立って突っかかっていく。


「お前何様なんだよ。確かにイースの連中は嫌な奴ばっかかもしれないけど、今は帝国が攻めてきてるっていうヤバイ状況なんだぞ。ここが帝国の手に渡ったらアンタだって無事で済まないだろ」

「……それで?」

「これはイースメイムだけじゃないんだ。だから俺たち協力してくれてもいいじゃないか……!」

「でも私には関係ないことだ。この大樹海の防壁を突破されてイースメイムが堕ちたのなら、それは運命によってそうなっただけのこと。外の連中がどうなろうと私の知ったことではない。例え連中が同情を誘うような血肉の塊の姿で私の前で現れてもこの考えは変わらんよ」

「おい……!」


 フィネールの言葉で頭に血が上ったのかピークコッドは手から魔法陣を発現させるとそれを彼女の方に向けた。


「何を!? ピークコッド、それを今すぐ止めろ!」

「そうだよ! ピーコやめて!」

「うるせぇ! 今のはさすがに言っていいことと悪いことぐらいあるだろ! 大体コイツ、最初から態度が気に食わなかったんだ! 明らかにこっちを舐めたその態度、アンタが嫌いな連中と同じことをしてんじゃねぇか!」

「…………」


 ベリルに肩を掴まれ、近くでリリーが心配している視線を感じてもピークコッドはこれを止める気配を見せない。

 魔法陣を向けて彼女に話すピークコッドだったが当の本人の態度は依然として変わらず、静かに煙管を吸っていた。


「……本当にそれを私に撃つのか?」

「なんだよ。俺がビビって撃てないって言いたいのかよ」

「いや、そんな陳腐な魔術を向けられたのは久々でな。……ふふ、いや失敬。思わず口に出してしまったよ」

「──……っ! だったら食らってみるか?」

「ピークコッド! 彼女の挑発に乗るな!」

「ほう……? 何をだ?」

「アンタを吹っ飛ばせるぐらいのヤツを撃てるぜ」

「……やりたければ勝手にやるがいい。お前にできるなら、な」

「――このッ!!」


 フィネールの言葉を聞いた瞬間、ピークコッドはすぐさま魔法陣から【魔術矢マジックアロー】を解き放つと青い一閃が彼女の顔へと向かっていった。


「……ふん」


 怒りを込めた【魔術矢マジックアロー】は自身の消耗を度外視した分だけ魔力を多分に含ませており、威力は十分にある。

 それほどの魔術が眼前に迫っても煙管を吸うことを止めず冷静な動作をフィネールは行うと空いているもう片方の手を使い、指先一本で彼の魔術をピタリと止めた。


「──なっ!!?」

「えっ!?」


 威力を十分に込めたこの攻撃を至近距離で撃たれたのなら同じ魔術で相殺を狙うかそれ以上の魔術で対抗しなければならない。

 だが彼女は魔法陣を発現することなく指先だけでピークコッドの【魔術矢マジックアロー】を止めてているこの光景を目の前でやってみせたフィネールこの行動にピークコッドを含め全員が驚きの声をあげてしまった。


「…………。ふ~ん……」


 ピークコッドの放ったこの魔術を指先で受け止めたフィネールは眼前でクルクルと回しながらそれを舐めるように観察をするが、やがて飽きたのかそれをピークコッドに向かって指で弾いて投げ返した。


「うっ、ぐぉお!?」


 ピークコッドが放った【魔術矢マジックアロー】を返されると彼の胴体に着弾した瞬間、彼は勢いよく後方へと吹っ飛ばされていった。


「ピーコ!」

「大丈夫か!?」

「グア!?」

「うぅ……。なんだこれ……めちゃくちゃ痛てぇ……。俺の今やったつはこんなに威力がないはずなのに……」

「……え?」

「……ふぅ。これで満足か?」


 その勢いによって壁に激突し悶え苦しむピークコッドを余裕すら感じさせる態度でフィネールは口元から煙を吐くその様子から送られる見えない視線はこちらを見下しているのがわかった。


「お前、今時無属性の魔術なんか使っているのか。属性を使った魔術ならまだマシな結果になっただろうに、だいぶ変わり者だな。……だが今のは少し楽しかったぞ。そうだな……協力はしないが三つ、お前たちに助言はくれてやろう」

「三つ……?」

「そうだ。素材を三つ採ってきただろう? その分だ。そうだな……この樹海にある秘路のことについて話してやるか」

「森の秘路……?」

「イースメイムはこの大樹海の特定の場所に"転送石"という代物を作り、そこに通ずる魔法陣をマーキングしている。それを利用してこの広い大樹海の中を瞬間的に行き来しているんだ」

「幻魔馬さんたちが通った道……みたいな感じですか?」

「イメージとしてはそれに近い。これはイースメイムにとっては重要な移動手段だからな。それを使えばもっと楽にここに来れたものの……。それほど転送石は重要なモノなのだ。だがそれが帝国に発見されて目をつけられているらしい」

「なんだって……?」

「イースメイムはこの大樹海という天然の防壁によって他所からの侵略を防いできた歴史がある。この広い大樹海の中を普通の方法で攻め入るのは自殺行為に等しい。だから帝国はイースメイムが扱う転送石をどうやってか見つけ、それを弄っていると外を見回らせてるハニワから連絡が入った。帝国の知識と技術がどれほどなのかは知らんが目的はそこにある術式の解読だろう。並みの人間では無理だが……、それをするということは解読が可能という裏付けるものがあるということだ」

「……まさか……先生が?」

「さぁな……。その先生とやらが"私と同じ"存在なら可能性は十分にあるな。何にせよ、転送石の解読が済めば速やかにそれを利用されるのは目に見えている。早めに帰って次の戦いの準備を今すぐにでもしておいたほうがいいだろう」

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