第62話

「それで後の二つのうち、どっちを先に探しに行くんだ?」


 樹海の道を歩きながらベリルに尋ねられるピークコッドは袋に採取した魔月草を入れつつ必要な素材について少し悩みながら答えた。


「探しやすいのは洞窟とかを探せばいそうなラチュラグモのほうだけど危険なモンスターだからなぁ。かといってタイジュのほうは見つけるのに手間かかりそうだし。かなり臆病なモンスターでだからこそ、そいつから手に入るそのオレンジ色の花弁や葉っぱは貴重なんだ」

「それってどういうことに使うんだ?」

「これの効能は身体の活性化だけど効果が他のよりも抜けてるんだ。それを回復薬ポーションの調合に少量含ませただけでも滅茶苦茶効果がある。本の内容曰く、大ケガをした人に服用させたら忽ちに体にある治癒能力が活発化していって、日を跨げば問題なく行動できるほどらしい」

「なるほど……。てことはそれを欲しがっているフィネールは何か患わっているということか?」

「病気までは記載されてなかったからそれはどうだろうな……。……あれ? リリーは?」

「えっ? そういえばアイリスもいない……!?」


 二人はリリーとアイリスがいつの間にかはぐれてしまったことに気が付き、周囲を見渡す。

 周りは暗い木々が広がっており、もしこの中に入ってしまえば迷うことは必然であった。


「おいおい! こんなところではぐれるなって!」

「リリー! アイリスー!」


 迂闊に動けばこちらも迷う可能性のことを考え、二人はその場で立ち止まりいなくなった彼女たちの名を叫ぶ。

 森の中でベリルとピークコッドの声が響く中、ベリルはふとある方向に何かの気配を感じると耳を澄ました。


「この音……。アイリスの飛んでる音だ!」

「分かるのか!? 雑音ばっかで俺には全然……」

「僕は元々狩人だからね。追跡スカウトには自信がある」

「なるほど!」

「あっちだ! まだそんなに遠くじゃない!」


 ベリルたちは急いでアイリスがいる獣道が続く方向へと走っていく。

 草木をかき分け、枝で体を引っかかられながらもそこへ進んでいくとそこにはリリーとアイリスが植物型のモンスターに囲まれている状態であった。

 危険な状態を確認したベリルが咄嗟に弓を構え、ピークコッドが魔法陣を発現したのをリリーたちも気が付くと彼女たちは焦った様子でこちらに手を振っていた。


「わわ~! 待ってください~!」

「グァッ!」


 攻撃をしようとしている二人をリリーとアイリスが必死に手振りで止めさせようとするのを見て間一髪、その手を止めて立ち止まった。


「だ、大丈夫なのか?」

「はい! この子、タイジュちゃんは悪い子じゃないですよ!」

「タイジュ? これが?」


 リリーのいた森に生息していた植物型のモンスターであるトレントの葉の部分が茶色とオレンジが混じった色になっているこのモンスターが彼女曰くタイジュらしい。

 その中でリリーとアイリスは囲まれているとはいえ、危険な様子もなく二人がここに来たのを見てタイジュたちは一斉にリリーたちの後ろに隠れるように移動していた。


「それにしても臆病って聞いたわりにめっちゃいるな」

「さっきの音を聞いてこっちに来たみたいなんですって。わたしもそれに気が付いて近づいちゃいました」

「そっか。そういえばリリーはモンスターと会話できるんだったね」

「はい! アイリスちゃんも付いてきてくれて、大丈夫だったからお話してました!」

「はぁ~……てっきり迷ったのかとこっちは思ってたわ……」

「まぁでも無事でよかったよ。アイリスも見守ってくれてありがとう」

「グァ!」

「それじゃあもうちょっとお話したいんで、ちょっと待ってくださいね」


 リリーは再びタイジュたちとの会話を試み始め、三人はそれを少し離れた場所で見守ることにする。

 モンスターであるタイジュが何を言っているのかこちらでは理解できなかったがリリーの頷いている表情を見るに敵意はないことだけは分かった。


「それで……うん……。……え? わわわ! こんなにいいの!? ありがとう!」

「あの様子は……大丈夫な感じか?」

「ピーコ!」


 彼の名を呼びながら戻ってくるリリーの両手の中にはたくさんのタイジュの花がいっぱいになっているのが見えた。


「事情を言ったらいっぱい貰っちゃいました!」

「すげぇめっちゃあるじゃん! こんだけあったら当分は食うのに困らないぐらい金になる量だぞ!」

「そうなんですか?」

「ああ! ……てことはあれか。リリーにこういうことを頼めば色々捗りそうってことだよな……」

「ピークコッド、その辺にしときなよ」

「わ、分かっているって。冗談だよ冗談。はは……」

「……?」

「そんなことよりさリリー、ラチュラグモがいる場所っていうのをこいつら知らないか聞いてくれよ」

「そうですね! 聞いてみます!」


 ベリルが横から渋い表情で見られながらも何とかごまかしながらピークコッドはリリーにあと一つの素材であるラチュラグモの住処を尋ねているのを二人は静かに見ていた。


「しかし本当にモンスターと会話できるっていうのを見るのは不思議だね……。これもアノマリティーだからか」

「グァ」

「え? こっちと似たようなもん? まぁ言われればたしかにそうだけどこっちはドラゴンのみだからね」

「でもさぁ、モンスターと話せるってよく考えたらかなりヤバい感じするよな……。あの懐柔具合を見るとだってやろうと思えばモンスターの大群とか引き連れそうだし……」

「大丈夫さ。リリーは優しいからあの力をに使わないと思う。僕はそう信じてるよ」

「まぁ……ベリルさんがそう信じるなら……」

「みんなー! タイジュちゃんたちが場所を教えてくれるそうです!」


 ベリルたちが話している間、タイジュたちはリリーのお願いを聞いてくれたようであり、その様子は少し怯えたようであったが住処の方向に蔓を伸ばしていった。

 リリーたちは群れで動くタイジュたちについていくとラチュラグモが住んでいる洞窟へと辿り着くと道案内という役目を終えたタイジュたちはリリーに別れの挨拶をした後にこの場を去っていった。


「タイジュちゃんたちありがとうねー!」


 リリーは彼らを手を振って見送っている間にベリルがランタンを前に掲げて洞窟内を照らしていていく。

 光が奥まで届かず、空気が流れていく音が聞こえるこの洞窟はかなり深いことをベリルは直感で理解した。


「この洞窟……かなり危険な匂いがする。ともかくこっから離れないように注意しないと」

「凄く嫌な感じが……。ここでも分かります……」

「まぁさっきはなんとかなったけどリリー、次は絶対に俺たちから離れるなよ? マジで心配したから」

「ご、ごめんなさい……」

「準備はできたか? ならすぐに入ろう。時間が掛かれば帰りが危ない」


 ランタンを掲げて道を照らすベリルを先頭にして、その後ろにピークコッド、そしてリリーとアイリスという配置で洞窟の中へと入っていく。

 洞窟内は入口は狭かったが意外と中に入れば広く、隣同士で歩いても十分なスペースがあった。


「ところでラチュラグモの生態について誰かわかる?」

「一応本で知ってるけど、ただその本では洞窟内に迷い込んだ獲物を狩るぐらいしか載ってなかったわ……」

「そうか……」


 ピークコッドの頼りない情報を聞いたベリルは慎重な足取りでゆっくりと進んでいく。

 洞窟内の足場は意外と滑りやすく、かなり不安定な道であった。


「おっと……」


 洞窟内の道は意外と滑りやすく、ピークコッドの足がとられそうになり、思わず壁に手をついて体を安定させる。

 その壁に触れた手の感触が嫌なヌメりがしたのを見て思わず顔が引きつった。


「うへぇ~……。ここって壁全体がヌルヌルしてるのかよ……」

「しっ……静かに……。先の様子が変わった」


 ベリルの言葉を聞いた全員が警戒を高める。

 様子が変わったとされるその先をベリルがランタンを掲げて照らしてみると奥にはところどころに蜘蛛の巣が張り巡らされているのが見えた。

 そして蜘蛛の巣の中に混じった大きな繭の塊がいくつも見えた。


「いっぱい丸いのがあります……。なんだろう?」

「大方、狩った獲物を保存食にしてるんだろうな。……ってことはこの先にいる感じか」

「常に警戒して……。どこから来るのか全くわからない……!」


 ベリルが慎重に周囲を警戒している光景を見ていたピークコッドの頭上から何かが垂れてくる感触を味わう。


「……?」


 湿った洞窟による水滴なんだろうか。頭に落ちてきたソレを拭ってみると水にしては粘り気があり、嫌な予感をしながらゆっくりと見上げるとそれは的中した。


「……う、うあぁああ! 出たあああ!!!」

「──ッ!!?」


 のこのことここに入ってきた獲物を待ち構えていたかのように巨大なクモのモンスター、ラチュラグモがこちらをじっと見つめている。

 ピークコッドの叫びで三人は振り向き、その存在にようやく気が付いた。


「いつの間に!? もしかして入口の時点でか……!」

「キシャア!」

「うおわっ!?」


 全体重で押しつぶそうとするかのように下にいるピークコッドに向かって落下するのを見てなんとか前に体を飛び出して回避する。

 ランタンで照らされたラチュラグモは赤と紫の毒々しい色をしており禍々しい複眼がこちらを捉えていた。


「俺たちが来た道が……!」

「くっ……! リリーは僕の後ろに! 二人でこいつをやるぞ!」


 洞窟内という狭い場所ではアイリスを本体化させることは無理だと判断したベリルは素早く弓を構えて魔力矢を生成していく時、近くで倒れていたピークコッドが叫んだ。


「うわぁ! なんだこれ!?」

「ピーコ!」

「なんだ!? ……っ!」


 その叫んだ方向に目をやると倒れた彼の体はいつの間にか大量の糸が絡まっているのが見え、それによって立つこともままならない状態だった。


「う、動けねぇ……!」

「だ、大丈夫!? うう……すっごいべたべたしてます!」

「バカ! 迂闊に触るな!」

「わわわっ!?」


 糸に絡まったピークコッドを助けようとリリーとアイリスが思わずそれに手を触れると彼女も巻き込まれるように糸に絡まっていく。

 身動きの取れなくなった二人を見たラチュラグモは好機と見て足を動かし始めた。


(いつの間にこんなことに……。あいつが糸を吐いたところなんて見てないぞ……? まさか……!?)


 嫌な予感がしたベリルは壁や地面に目を凝らしてみるとそこにはラチュラグモがばらまいたと思われる糸がそこら中に張っていた。

 恐らくは洞窟の入り口、その見えない位置ですでに待ち構えており奥まで入り込んだのを見て襲ったのだろう。


「まずい……! うっ……!?」


 近づいてくるラチュラグモを魔力矢で牽制しようとしたが、その口から糸の塊を吐き出してベリルの手に付着する。

 べたつくその糸の塊は重く、構えた弓が地面に向けた瞬間に再び糸の塊を吐き出されて体が固まってしまった。

 完全に身動きが出来なくなったリリーたちを見て、ラチュラグモは今度は口から長い糸をリリーに向かって吐き出した。


「きゃあっ!?」


 ラチュラグモと糸で繋がれたリリーはそのまま前足で吐いた糸を器用に手繰り寄せていき、その身動きの出来ないリリーはそのまま引っ張られていく。


「リリー!」

「まずい!!このままだと食われる!!!」

「きゃああああっ!!?」


 このままではリリーがラチュラグモの餌食になるその手前、ラチュラグモの背中から突然、青い炎が吹き荒れた。


「ピギャァ!?」


 青い炎がラチュラグモの体を燃やしていき、その灼熱の苦しみが甲高い悲鳴でよくわかる。

 ラチュラグモはたまらず口から吐いている糸を顎で食いちぎるとそのまま壁を伝ってさらに奥の方まで去っていった。


「今だ! 逃げよう!」


 比較的付着した糸が少ないベリルは動けなくなったピークコッドとリリーの体を掴むとそのまま全力で洞窟の出口へと走っていく。

 やがて出口が見えると飛び出るよう外に出ることに成功した。


「ハァ……ハァ……マジで危なかった……」

「追っては来てないな……皆無事か?」

「リリーは!?」

「わたしはなんとか……。糸だらけだけど……」

「そうか、よかったぁ~……。待てよ、糸だらけ?」

「……?」

「リリー、ちょっと動くなよ?」

「わわっ!?」


 糸塗れで動けないリリーに近づき体に付着した糸をピークコッドは採取していく。

 これで袋の中には頼まれていた三つの素材を手に入れたのを見てほっと胸をなでおろした。


「とりあえずこれで全部か……。はぁ~なんとかなってよかった~」

「それにしてもさっきの炎は一体……」

「青かったよな? ラティムと同じ感じだった」

「でもラティムの感じじゃなかったです」

「う~ん……。それじゃあ一体……」

「まぁでも助かったからそれでいいじゃんか。これで全部手に入ったし、この糸取り終わったらさっさと戻ろうぜ。これでクリアだ」

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