第64話

「さて、二つ目だが……そこの娘。確かリリーと呼ばれていたな」

「わ、わたしですか……?」

「そうだ。お前に言わなくてはならないことがある」


 二つ目について名指しで呼ばれたリリーは思わず戸惑ったが、フィネールはそのまま言葉を続けた。


「リリー。お前、アノマリティーだな?」

「……っ!」

「そこまで驚くことはない。お前たちがここに踏み入った時にハニワがそういった感覚をキャッチしていてな。しかもその反応を見るに自分がということを一応理解してそうだな。なら話は早いか」

「もしかしてフィネールさんもわたしと同じ……」

「そうだ。云わば君は私と同類。アノマリティーはこの世界から嫌われているからな。だからここで静かに暮らしている。お前もそうだったんじゃないのか?」

「…………」

「話がズレたな。リリー、お前一度誰かと"交わった"ことがあるな?」


 煙管を吸いながら前かがみに座りなおすフィネールから目に見えない視線がリリーに刺さる。


「そ、それは……」

「やはり思い当たる節はあるようだな。魔力の残り香というべきか、お前の中から感じる魔力の波長の中に別の存在を感じる。いいか? 今後そんな無謀なことを二度とやるんじゃないぞ」

「えっ……」

「どういう理由でそうなったかは知らないがよく聞け。魔力というのは原則として大きな力の方に引き寄せられる性質がある。引き寄せられた小さな魔力は大きな魔力に食われてその糧になっていく。これは自然界でも起きる現象だ。もしお前が魔力自体に体が変質して誰かに入り込んだ場合、その力が等しくなければどちらかが相手の魔力に食われ、その一部になってしまうことになる」

「でもリリーは人だ。魔力は普通では目に見えないものなのにそんなことってあり得るんですか?」

「あり得る。何故ならこの娘はアノマリティーだからだ。人という身でこの現象は特殊なケースであるが我々はお前たちとは違い特別な魔力を持っているからな。まぁ幸いにも無事なようだが……。ともかく自分が消えたくなければそういうことはしないことだ」

「わかりました……」

「さて……最後の一つだが……」


 フィネールは前かがみに座る姿勢の向きを倒れているピークコッドに向けると厳しかった視線だったリリーの時とは違い、煙管を吸いながら話す雰囲気はどこか気が抜けたような感じであった。


「悪いことは言わない。そこで倒れているそいつをすぐにでもお前たちのパーティーから抜けさせろ。これが私からの最後の助言だ」

「……は?」

「……え?」

「それってどういう事……?」


 フィネールの助言に言葉を失くす三人を後目にゆっくりと残り僅かになったタネを堪能する彼女をただ見ているしかできなかった。


「フゥー…………。こちらからはこれで終わりだ。後は好きにしろ」

「ちょ、おい待てよ……! それってどういう意味なんだよ!」

「フゥー──……」

「俺が役立たずってそう言いたいのかよ!?」

「……そうだが? それ以外に何かあると思ったか?」


 怒りの感情を露にしながらピークコッドは痛む体に鞭を打って座っている彼女を睨みつけながら立ち上がるが、当の本人はヒリついた空気の中でも一切動じず煙管の銅を手で叩くと燃えカスになったタネを受け皿に落としていた。


「お前が今放った魔術、それが答えだ」

「それは彼の魔術が力不足……ということですか?」


 血が上っているピークコッドに代わってベリルが彼女に質問する。

 そんな質問を受けても彼女のペースは崩さずタネを作って煙管に詰め込むと再び火を灯して口に運んでいった。


「いや、正直いってこいつの魔術の筋は悪くはない。さっきの魔術を受けて半端であるが無属性の魔術の特性を理解しているのは分かった。恐らく教えた者が優秀だったのだろう」

「ではなぜ?」

「それはコイツが全てを見ていたからさ」


 フィネールは煙管を吸いながら空いている手を開くとそこにハニワがぴょんと飛び乗って黒い穴の目を青く光らせた。


「え、これが……?」

「もしかしてずっとなんかいると思ってけどハニワちゃんだったの!?」

「なんだ、気づいている奴もいたのか。コイツらは隠れるのがうまいんだが……まぁはそれはいいか。ともかく魔術で繋がっているこのハニワが見ている光景を通してお前たちの動向を見ていたというワケだ」

「それで、そいつが何を見たってんだよ……」

「お前、私が言った素材を採取するときに先導していたな?」

「あ、あぁ……。そう、だったかもしれねぇ……」

「他の連中が巻き込まれない為に無能なお前にここではっきり言ってやる。お前のその行動は周りを殺すことになる」

「……は? どういう意味だよそれ!?」


 再びヒートアップしていくピークコッドだったが彼女から冷たい眼差しを送られていることを感じると思わず気を臆してしまった。


「お前は自分に謎に自信を持っているようだがそれに見合う実力が伴ってない。しかも得た知識が中途半端なのもそれに拍車を掛けているのがハニワから通しても分かる」

「それってどういう……?」

「魔月草の群生した場所についた時、コイツは周囲にモンスターがいないことをいいことにあのモンスターの縄張りに自ら入っていったんだ。しっかりと警戒していれば魔月草を採るのにあそこまで苦労しなかっただろうに。それにラチュラグモの住処だってわざわざ奥までいかずとも指定した量なら入口の近くにある壁や床に散らばった糸を採取するだけでいい。お前はそれに触れて気づいていたのにそれについて考えようともしなかっただろ?」

「あっ……」

「なのにわざわざ危険な位置まで味方を巻き込んで……。隠れて見ていたハニワの援護がなければお前たちは死んでいただろう。たったこれだけを見てもお前は自分の実力を顧みず己の自己満足の為だけに動いている可能性がある。お前は余計な事をしかしない上に周りに尻ぬぐいされてるんじゃないか?」

「…………」

「その様子だと図星のようだな……。全く呆れた奴だ。半端者の癖に驕った結果がこれだ。無能の中でも最悪の方だと自覚したのなら一刻も早く抜けるんだな」

「そ、そこまで言わなくても……!」

「おや? コイツを庇うのか? これはお前たちの為に言っているんだぞ? まぁ私の助言を戯言とするならそれもでもよい。だがコイツはいずれお前たちに災いを齎すのは目に見えている。それはコイツだけで済めばいいが、そのせいで全滅しても遅いがな」


 ──もう話すことはない。そう言い捨てるとフィネールはリリーたちから背を向けるように椅子の向きを変えると再び煙管を吹かしていく。

 リリーとベリルは今のを聞いて硬直したピークコッドの手を握るとフィネールの住処を後にし、外に出た彼の手が僅かに震えているのをリリーを感じ取っていた。

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