第60話

 魔女の家の中は閉め切っているせいかかなり暗く、廊下ですらランタンの明かりで照らさなければほとんど見えない。

 ランタンを持つベリルが先頭に立ち、そのすぐ後ろにリリー、そして彼女の肩に手で掴まりながら隠れるようにピークコッドが歩いて行った。


「ううぅ……」

「ピーコ、どうしたんですか?」

「いやまぁ……ほら、ゴーストとか霊体のモンスターいるじゃん。俺、ああいうの本当に苦手でさ……」

「そうなんですか?」

「リリーはそういうの大丈夫なのか?」

「大丈夫です! ゴーストちゃんとたくさんお話ししたこともありますから!」

「ああ、そう……。なるほどね……」


 リリーの間の抜けた声と内容だったが緊張気味だったピークコッドの体が若干ほぐれたような気がしつつ廊下を抜けてその先にある部屋に三人は入ると壁に設置された蝋燭の灯で僅かだがリビングの内装が目に入った。


「意外と普通の家って感じだな?」

「でも埃が結構、ここはあんまり使ってなさそう」

「クシュン!」

「アイリスちゃん大丈夫?」

「グァ……」


 埃まみれのリビングには人が住んでいる形跡はあったがカビ臭いこの惨状を見て生活感は感じられない。

 そんな中で三人は蝋燭の灯が目立つ奥の扉に注目する。その扉の先からは何かの気配を三人は確かに感じ取っていた。


「この先ってなんだろう……?」

「魔女っていう異名から考えるに、まぁ工房とかが妥当じゃね?」

「確かに。それはありそう」

「入ってみる? もしここにいなかったら俺ら困るし……」


 ピークコッドの案を聞いた二人はすでにここに入ってしまった以上ここで迷っても仕方ないと開き直って静かに頷くとベリルがその扉をゆっくりと開けていく。

 三人が覗き込むように部屋を見るとそこにはしっかりと明かりが付けられており、大量の書物と紙が散乱している床や机には乳鉢など何かを生成する器具が雑に置かれていた。


「誰もいないのか……?」

「で、でも……」


 人の気配はないが先ほどまでここに誰かいた形跡はあるのを見た三人はふと嫌な予感が過る。

 それはここが樹海の胃袋と言われている場所であり自分たちは罠に嵌められたということを予想した瞬間、後ろからカランカランという乾いた音が鳴り響いた。


「──っ!? うおわぁあっ!? なんだぁ!!?」

「きゃっ!」

「うわっ!」


 驚きのあまりピークコッドの体が反射的に動いてしまい、それは覗き込んでいた二人を押し出す形になる。

 工房の中に雪崩れ込むように倒れた三人の中でベリルは咄嗟にランタンを音が鳴った方向に光源を向けるとそこには小さな影がゆらりと姿を現した。


「ひっ!!」

「これは……」


 乾いた音を鳴らす小さな影の正体は手のひらサイズほどの土人形であり、目と口を表している穴はどこか緩んでいるようなデザインであった


「わぁ! なんかこの子、可愛いですね!」

「なんだぁコイツ……。見たことない生き物だな……。もしかしてリリーが感じていた気配って……」

「……おいハニワ、ここに入れたのは一人だけじゃないのか?」

「──っ!!」


 ハニワと呼ばれた土人形の背後の暗闇からゆらりと女性の声と共に姿を現す。

 全身が黒い布切れのような古ぼけたローブに包まれており、晒している部分は手足の先のみであり、顔もフードの影によって口元以外全く見えない。

 だが見えない顔から刺さるような視線だけははっきりと感じておりベリルたちは倒れた体を起こすとその女性に話しかけた。


「あなたがフィネールさん……ですか?」

「そうだが……。その姿、この辺では見ない奴らだな。何者だ?」

「僕はエリウムから来た竜騎兵団に所属するベリルと言います。後ろにいるのはそれと同じリリー、そしてピークコッドです」

「こ、こんにちわ……」

「竜騎兵……。また珍しい客が来たもんだ……」


 フィネールはそう呟くと奥にある椅子に座ると床にいたハニワも彼女についていくように机の上にジャンプして登っていった。


「それで、エリウムの飼い犬がこんなところに何の用だ?」

「飼い犬って……」

「ん? ああ、悪かった。飼い"竜"だったな。」

「お、おい……!」

「──っ!」


 フィネールの明らかな挑発にピークコッドが怒りを露わにしたがベリルが手で彼を制する。


「いいか。お前たちは招かれざる客だ。このハニワが何を思ったのかここに勝手に入れてしまったが……本来ならお前たちがここに土足で踏み入れることを許可していない。それを肝に銘じとけ」

「それは申し訳ありません。ですが僕たちは貴方に用があってここに訪ねてきたのです」

「だろうな。 エリウムの奴らがこんな辺鄙な場所まで来るなんてそうとしか思えん。……まぁ、聞くだけ聞いてやる」

「ありがとうございます。実は……」


 ベリルがこれまでの経緯をフィネールに話し始めていく。

 帝国と連盟国と再び戦争が起きはじめ、その目的がこちらにある大霊脈の可能性がありここに支援しに来たということと、イースメイムからの協力要請を伝えに来たということを説明していった。


「…………」


 先ほどの言動から茶々を入れてきそうな感じであったがフィネールは意外にも素直にベリルの説明を静かに聞いている。

 だが黒い影に包まれた視線は時折リリーの方を向いているのを彼女だけがそれに感じ取っていることに気が付いて不思議に思っている間にベリルの説明は終わっていた。


「──以上がここに来た理由です。どうか貴方の力を貸してくれないでしょうか」

「……なるほど。なんともまぁ……くだらない話だったな」


 フィネールはそう言うと棚の上にある小さな袋を手に取るとそれをベリルに向かって投げ渡した。


「これは……?」

「魔月草……」

「……え?」

「魔月草とラチュラグモの糸。後はタイジュの花か……」

「……今言ったそれって確か全部調合の素材、だったはず」

「……つまりそれを採ってこい、と?」

「行くならさっさと行ったほうがいいぞ。この森の中で夜が来ればここに戻れる保証はないからな」


 ここから追い払うかのような動作で手を振ったフィネールを見た三人は確かに気難しい人物であるというのが分かる。

 それでも協力してもらうためには彼女の要望を聞かなくてはならない。

 三人はそのまま部屋を後にして外に出ていき、それを確認したフィネールは机にいるハニワを手に乗せると静かに話しかけた。


「あいつらのことを見張ってこい。とりあえずだけ無事ならそれでいい」


 フィネールの手に乗っているハニワに命令をするとすぐさまその場から飛び降りていき、短い脚をカタカタと動かしながら素材を探しに外に向かっていったベリルの後を追っていったのだった。

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