第58話
ベリルを机越しに鋭い視線を送るヴォリックを後ろで見ていたリリーたちはこちらに向けられていないのに胃が痛くなるほどのプレッシャーを感じていた。
再び訪れた彼の部屋には机を指でリズミカルに叩く音だけが鳴り響いており、それが余計に空気を張り詰めさせていく。
部屋の隅にはそれぞれイースメイムの魔術師が配置されており、ある程度体は自由であったが彼らに監視されている以上、下手に動くことはできない。
もし何かの騒ぎを起こそうとすれば即消し炭されるのは明白であった。
「それで……。今回の出来事についてどうするのかね。ベリル君」
張り詰めた空気の中を先に終わらせたのはヴォリックの方からであった。
「君が連れてきた仲間が帝国の兵士と何か話をしていたというのは目撃されているし、マホもそれを立証できる。これが本当であれば君たちエリウムは実は帝国と繋がっているということを疑わざる負えない。しかもここにはいないあの少年はこちらの調べだと聖竜教の正式なドラゴンではないらしいじゃないか。一体どういうことだ? 説明してもらおう」
「……まずピークコッドが敵と繋がりが合ったという件についてですが、これはあの敵が彼の恩師だったというだけです。彼が姿を消した後、その者とコンタクトはとっていたのであれば彼が今ここにいるというのは考えづらいです」
「つまり、
「そういうことです。故に今回の件についてピークコッドは彼と一切関係ありません」
「ほう……。しかしそれでは不十分だ。最後の一押しの信用がほしいのだがね。彼はそれを証明をする、ということを出来るのかね?」
「……!」
ヴォリックの視線がピークコッドに向けられ、その鋭い視線に思わずビクりと体を震わせた。
返答次第では二つの国の盟約が断ち切れることにピークコッドの緊張はより高まっていった。
「そ、それは……」
「どうなんだ? ピークコッド君」
「……俺は……、…………。……出来ます」
(ピーコ……)
自分の決断を口にした瞬間、視線の先にはその言葉を聞いたヴォリックが少し満足そうな表情をしたのを見て、ピークコッドは苦虫を嚙みつぶしたような顔になりたかったがこの部屋の空気がそれを許さなかった。
「さて……疑いを晴らすということでその件はここで区切ろう。それでもう一つ件だがあのドラゴンが暴れたことについて話そうじゃないか。あの少年が急に暴れたよってこちらの被害は増え、しかも魔染をまき散らしたことであの一帯は汚染されたと報告がある。しかしまぁ、毒をまき散らすような厄介者をまさか味方に引き込んでいたとはね。聖竜教のドラゴンも質が悪くなったものだ」
「その件に関しては帝国側の兵器が原因だと僕は思っています。あの時、魔導ゴーレムと呼ばれたそれに内蔵されていた兵器が魔染を巻いたものだと。まさかラティムの能力を逆手にとった兵器を生み出してくるとはこちらも想定外でした」
「しかし魔染を吸い込み暴走した状態のほうが被害が増えた可能性が高いという調べもある。今後あの少年を戦闘に参加させればこちらの被害は増える一方だろう。君たちはこちらを助けに来たのではないのか?」
「それは……」
ヴォリックの言葉にベリルの声が詰まる。
連盟として助けに来たはずが裏目に出てしまったことに自分たちではどうしようもなかった。
「そこでだベリル君。私はね、君たちが起こした今回の処遇についてだが一つチャンスを与えようと思っているのだよ」
「……どういうことですか?」
「そう気を構えないでくれ。これはエリウムとの良い関係を続けてきたというのを踏まえたこの要求、謂わば私からの慈悲と受け取ってくれればよい。何、そう難しいことではない」
「一体何をすれば……」
「まぁ落ち着きなさい。君たち自体の信用はすでに落ちている。今更焦ったところで意味はないのだからね」
「…………」
「さて話を戻そう。こちらが要求するのはある人物に協力を呼び掛けてほしい。その人物の名は『フィネール』。こちらでは"沼地の魔女"と呼んでいる」
「沼地の魔女……。それが今回の事とどう関係が?」
「今帝国はこちらを攻め入ろうとしているが、大樹海という天然の要塞のおかげで事をうまく進めていない。しかし大樹海の中で戦うのはこちらにもリスクがある。そこで沼地の魔女の出番、というワケだ」
「一つ、疑問があります。何故説得するのは我々なのですか?」
「簡単な話さ。彼女は我々を嫌っている。これ以上の説明はいるか?」
「……いえ」
ヴォリックの話からそのフィネールという人物はイースメイムで囲い込めず、放置していたということはそれだけの実力者であり危険な人物であると推測できた。
「彼女はここから西にある広大な湿地帯に住んでいる。あそこはとても厄介な場所でね。案内人をつけるが気を付けたまえ」
「分かりました。すぐに準備をします」
「……ああ、そうそう。それともう一つ、君たちに条件があったのを言い忘れていたよ」
「……?」
「君たちがこれを機に逃亡しないよう、あの少年は我々の手で預からせてもらうよ」
「えっ!?」
「何を驚いている。当然だろう。特にそこの少女と一緒にいると同じことが起きる可能性もあるからね」
「……はい」
「ではすぐにでも行ってくれ。良い結果が来ることを期待しているよ」
嫌な笑みを浮かべるヴォリックと対照的にリリーたちの表情は暗くなる。
しかし後がない自分たちに選択は存在しない。ここで彼の要求をクリアできなければ未来はないだろう。
やるしかない。そんな思いを胸に秘めながらリリーたちは部屋を後にしたのだった。
────
リリーたちと彼女たちを監視していた者たちが部屋から出ていったのを見てマホがヴォリックに近づくと静かな声で彼に話しかけた。
「奴ら、本当に"アレ"を説得できるんですかね」
「捻くれたあの魔女がこちらに協力してくれるのはまずないだろうな」
「は……? では何故そんなことを彼らに?」
「どんなことでも可能性というものには絶対という概念は存在しないのだよマホ。例え塵に等しい奇跡でも、何かの拍子でそれが起きる可能性はある」
「そんなことがポンポンと簡単に出来たら奇跡なんていう言葉の重みはなくなりますがね……。それよりも彼らが失敗した場合はどうするのです?」
「その時はまだ手札として利用価値があるが……場合によっては消えてもらうことも考えている。竜騎兵なんていうイレギュラーな存在は我々にとっていつも厄介だったからな」
「その場合、あの少年については……?」
「邪魔者がいなくなれば彼一人なら我々の手でどうにでもなる。その時はこちらの研究に利用させてもらおう。あの少年の能力は好奇心をかなりそそられる。魔力を吸収するどころかドラゴンに形態変化するなんてね……。いろいろなことを探求できそうだとは思わないかい?」
「……いえ、今の私にはまだ……」
「君はまだまだ若いな。あの能力を解明できれば我々魔術を極める者にとってさらに高みへと昇らせてくれるだろう。そうなればイースメイムはこの大陸の覇者になるのも時間の問題なのだからな。しかし……帝国如きがこちらの邪魔をしてくるとはな。傲慢な愚者共め……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます