第57話
「う~ん……。……こ、ここは?」
眠っていた意識の中で肌から冷たい感触が伝わるリリーはハッとなって起き上がり周囲を見渡していく。
周囲は真っ暗な闇の中のようであり、ふと自分の体を見ると自身が薄い青色の光を放っていることに気が付いた。
未だに靄がかかったような頭でリリーは記憶を探るように少しずつ辿っていくとあの時、ラティムの体に触れた自分はそのまま彼の中へと吸い込まれていったことを思い出した。
「ということは……これってラティムの中?」
一瞬、自分は食べられてしまったのではないかと不安な気持ちになったが、ふと周囲に誰かがいる気配を感じた。
「誰かいるの? ラティム?」
暗い空間の中を目を凝らしてその気配を見ると、そこには確かに誰かがいた。
姿ははっきりとしてないが青い靄に包まれたそれは輪郭を見るに女性の姿であると想像できた。
「あなたは……?」
「──…………」
彼女は言葉を発することはなかったが、どこか優しく暖かな様子を感じたリリーはこの人は危険な人ではないということが分かる。
女性はリリーを見るとゆっくりと指をある方向へと示した。
「そこにラティムがいるの?」
女性は何も言葉を発することはなかったが、どこか優しく暖かな様子を感じたリリーは彼女を信じてその方向へと歩いていくとその先からはすすり泣く声が聞こえてきた。
「ラティム……。泣いてるの……?」
すすり泣く彼の声がはっきりと聞こえてくるほどリリーの歩く足も速くなっていく。
歩いていた足はやがて小走りになっていき息も少し切れ始めていた頃、その先に彼の姿が見えた。
「……っ。……っ」
暗闇の中でラティムの姿が蹲っている様子であることを知った途端、リリーは思わず駆け足で向かっていった。
「ラティム! 大丈夫!?」
蹲る彼の背中を手で擦りながら彼の顔に近づく。
だがリリーの声に全く反応せず何かに怯えたような様子で体を震わせており両手は耳を塞いでおり聞いてくれる様子はない。
その手をよく見るといつもの少年の手ではなく紫の鱗に覆われており、骨格も人のものではなくなっていることにリリーは気づいた。
ドラゴンの姿の手となった部分から紫の鱗が人の部分へと侵食していくその様子はまるでドラゴンの姿に乗っ取られているようでもあった。
「ラティム大丈夫!? ねぇ、返事して!」
リリーは彼の名前を何度も何度も懸命に呼び続けたが、ラティムの様子は一向に変わることなく、ただ苦しそうなうめき声を漏らしているだけであった。
「ど、どうしよう……。このままじゃ……。──……さっきのあれを、もう一回……?」
魔染で苦しんでいるような姿を見たリリーはもう一度飲み込まれる前に行ったことを思い出す。
しかし、もう一度やればどうなるかはわからない。もしかしたら本当に自分が消えてしまう可能性もあったが、それでも彼の苦しみを取り除くことが出来るのであればと考えると行動に躊躇いは一切なかった。
リリーは彼の背中に両手を添えつつ一度深呼吸してから魔力をラティムに流し込んでいく。――だが。
「……ッ!」
「きゃっ!」
リリーが魔力を流し込んだ瞬間、ラティムは蹲っていた体を起こしてリリーに襲い掛かった。
リリーを簡単に押し倒したラティムは彼女の細い首をドラゴンの手で握り絞めてきたのだ。
「うぅ……。ラ、ラティム……やめて……!」
苦しみの表情を浮かべながらリリーは彼の手を掴んで必死に抵抗を試みる。
意識が薄くなっていく中、リリーは閉じていた瞼を僅かに開くとそこにラティムの顔が映った。
「フー……っ!。フー……っ!」
リリーは彼の顔を見て驚いた。
目は開き、瞳は震え、歯を食いしばりながら何かに耐えている顔がそこにあったからだ。
今までラティムがこんなにも苦しんでいる表情があっただろうか。
浸食する紫の鱗はすでに顔に到達し頬の部分を覆いつくそうとしていた。
「ラティム……! お願いだから……やめて……ラティム……」
「フー……っ。フー……っ!」
リリーの首を絞める手は一向に弱まることはない。
そんな苦しみの中で彼女の内側から熱を帯びた何かが沸き起こっていくのを感じた。
「ラティム……ラティム……!!」
「フー……っ! フー……っ!!」
「やめてッ!!!」
その時、喉元を絞められているとは思えないほどの絶叫がリリーの口から吐き出された。
その声を聴いたラティムはビクりと反応し、絞める手の力が抜け始めていく。
絞まった首が楽になった瞬間、リリーは抑えられていた体を起こすと両手でラティムの肩を反射的に突き飛ばしてしまった。
「あっ……」
熱を帯びたあれは命の危険を感じた時に沸き起こる生命のエネルギーなのだろう。
咄嗟とはいえ生物として自然な行動であったが、突き飛ばした瞬間にリリーは我に返る。
その視線の先にはとても悲しい表情をしたラティムがこの暗い空間の中に溶けていくようようだった。
「あ、違……ま、待って……!」
喉から絞ったような震える声でリリーは離れていくラティムに向かって手を伸ばす。
だが掴もうとしていた彼の手は僅かに届かず、ラティムはこの暗闇の中へと消えていったのだった。
────
「…………」
目が覚めると見知らぬ天井が目に映り、ぼやけた視界が鮮明になっていく。
全ては夢であった。そんな不思議な浮遊感を感じながら意識がはっきりとしていくと薄暗い天井を見て何処かの一室であるのを知ったリリーは顔を横に動かすと、その視線の先にはベリルとピークコッドの姿が見えた。
「あ、あれ……?」
「お? 起きたのか?」
「ここ……」
「ここか? ここは、まぁ……とりあえず客人用の部屋ではないかな?」
「……ラティム、ラティムは?」
「そこにいるよ」
ベリルの視線の先を追うとそこにはラティムがリリーの傍で寝息を立てている姿が見える。
その表情に苦しんでいる様子はなくそれを見たリリーは思わず安堵した。
「ラティム……、ラティムは無事なの……?」
「あの後、リリーが消えちまったと思ったらコイツの体が青く光ってよ。そしたらそのまま人の姿に戻っていったんだ。今はそこで寝ているけど医者曰く二人とも魔染の中毒とかになってなくてよかったよ」
「そっかぁ……。よかったぁ……」
「あー……。それでよ、リリー。今すげぇ大変なことになってよ……」
「……?」
「実はね、僕たちは今拘束されている状態なんだ」
「……え?」
「あの戦闘で僕たちは帝国と繋がっているんじゃないかって容疑がかかっているんだ」
「な、なんで……?」
「あそこにいた魔導ゴーレムを操っていた奴、あれがピークコッドが探していた先生という人物らしい。不味いことに二人で話をしている様子を見た者がいたらしくてね……。ラティムの暴走の件もあって僕たちはここで拘束されているんだ」
「ピーコ……本当なの?」
「……アレが先生だったというのは本当だった。でもだからってよ、俺が帝国となんて繋がってるわけないじゃないか……!」
「僕もそれを信じるけど……、問題はどうやってその疑いをここで晴らすか、だね。ともかくリリーが目が覚めたらヴォリック様に話をすることになってるからそこで説得するしかない。リリー、もういけるかい?」
「は、はい、なんとか……」
リリーはそういうと寝ていた場所から立ち上がるとすでにベリルたちは扉の前にいるのを見てリリーは隣にいたラティムを起こそうとしたがそれをアイリスが体で制した。
「グァ!」
「え? アイリスちゃん、なんで?」
「残念だけど一緒に同行はできないんだ。今、ラティムは危険分子扱いにされてるから。わかってくれるね?」
「……はい」
リリーはベリルたちと合流する前に眠っているラティムの頭に触れようと手を伸ばした瞬間、
「──っ!」
あの拒絶するような感情を思い出してしまい、思わず彼から手を引っ込めてしまう。
嫌な感情が沸き起こるこの気持ちを振り払うようにリリーは顔を横に振って気を持ち直したがもう一度触れようとする気は起きず、そのまま警備の兵に連れられてヴォリックのところまで向かっていったのだった。
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