第十五話 潮がひいた後は

 ✣*✣*✣



 六名。

 ここ数日で急に消えた人数。

 先の三名は急に見えなくなっても、父親が問題を起こして怪我でもしたのだろう。また無理をさせられているのだろう。その程度の認識しか持たれずにしばらくの関心は避けられる。

 しかし、次の三名。家の手伝いをしていて町でもよく見かける三人の若者は別。

 周りとの交流もあり、なにより一晩帰らなかれば親が心配して探し回る。

 その過程で先の一家のことをも露見し、にわかにざわめきが広がり始めた。

 当然ながらイングリス一家にも届いていて。

「キャシー、最近物騒だからひとりで お出かけしちゃダメよ?」

「うん、わかったわ」

「ローラもだよ。しばらくは外出は控えよう」

「そう……ね。そうするわ」

「…………」

 心配する両親の傍らで、原因キャサリンの頭の中は別のことでいっぱい。

(あぁ、もう潮時なのね。もう少し、かかると思っていたけれど。やっぱりあの三人は早計だったかしら? 大してカテリィンのお腹も膨れなかったみたいだし、損した気分だわ)


 ――トクン


(えぇ、そうよ。最後に少し派手にやって、それでおしまい)

「…………」

 一度カテリィンへの言葉を切って、ほんの少しだけ口角を上げて改めて。

()

 誰も見ていない。誰も気づかないその口元は。口の端は。

 いつもよりも、ほんの少し。本人でもわからないくらいに。

 ちょっとだけ、いつもより。

 上がっていた。



 ✣*✣*✣



 それからの一ヶ月は平和そのもので、少しの不安を抱えながらも町の人々は安堵しかけていた。

 ……被害者の親族を除いてだけれど。

 時折、病院に来ては心に効く薬はないかと問われるチャーリーだが。

「申し訳ない……そういう薬はまだ……」

 さめざめと泣く姿も含めて様子を見ていたキャサリンは何を思うのか。

(可哀想に。でも大丈夫。すぐに取り除いてあげるから)

 キャサリンは既に潮時と思っている。

 一ヶ月 経った今も考えは変わらない。

 そして潮は今引いている段階。

 潮が引く、その意味がわかるのはもう少し。



 ✣*✣*✣



「ひさしぶりキャシー! 様子見に来たわよ!」

 自室で静かに時を待つキャサリンのもとへ、モーヴが突然現れる。

 しかしキャサリンは内心含め特に驚くこともなく、迎え入れた。

 つまり、割と頻繁にあること。

「うん。久しぶり。診察は終わった?」

「診察が終わった……っていうか検査結果待ち? 最近なんか体が変でさ〜」

「ふーん」

(なら少し調べてみようかしら? これで特になにもなくて、恋煩こいわずらいというオチなら面白いわね。ふふふ。じゃあカテリィン。お願いね)


 ――トクン


 キャサリンのお願いにいつものように返事をして、影を見えないくらい細くしてモーヴの体へ忍ばしていく。

 目、口、鼻、耳などから始まり、ありとあらゆる場所から侵入。気づかれないように。気づかれないように。体内なかを物色していくと。


 ――トクン


(え、あら、そうなの? それは……ふふ。面白くなってきたわね。とっても……そう――)

 まだ試していない試食品じっけんを見つけてすごく上機嫌なキャサリン。

 けれど気付けるのは現状この世でただ一体ひとり

「ん? どーしたのキャシー。そんなに見つめて」

「いいえ、なんでもないわ。それよりこんなところで油売ってて良いの? お家のお手伝いとかあるんじゃない?」

「体調悪いんなら今日はゆっくりしなさいって。だから今日はちゃんと休まなきゃ」

「だったら帰ってからにすればいいのに」

「いいじゃない。旅行から帰ってきてからキャシーと全然話せてないし。それに最近物騒だからね。もう少し時間見てから帰るよ。まぁ、物騒って言っても。あの悪ガキ三人組のことだし、サボって帰れなくなったとかそんなオチな気がするけどね。ほんと、人騒がせなんだから」

 真実を知らないが故に楽観しているのは致し方ないこと。

 犯人がこの場にいるのも気づかないのも致し方ないこと。

 しかし、真実を知った上で端から見ると。なんとも形容しがたいような。背筋に昆虫が這うような感覚を呼ぶような。おぞましい空間にも見える。

 だって。

「そうね。人騒がせ」

 その犯人がこんなにも無感情に相槌を打つのだから。



 ✣*✣*✣



(明日以降は予約はなかったわね。定期検診に来る人は確か来週から。それまでは思ったより時間があるかも。それに、今は他のお医者様もいるらしいし。わたしは挨拶したことないけれど)

 早朝に目を閉じながら考えを巡らせるキャサリン。

 もう少しでまとまりそうといったところ。

(なら急患もそっちに任せたら良いかな。じゃあまずは)

 ひょいっと軽快に体を起こし、目をパッチリと開ける。

「じゃあはじめましょうか……ふわぁ〜」

 あくびを混じえながらスタスタと机へ。

 紙を一枚、ペンを一本取り出して椅子にも座らずスラスラ書いていく。

「よし」

 紙を持って部屋の外へ。向かうのは診療所の入口……だけれどちょっと寄り道。

「どこだったかしら?」

 探しているのは工具箱。どうやら先程書いた紙をドアに打ち付けるつもりらしい。

 ……なんて大雑把。

「あったあった……よいっしょ。よいっしょ。……ふぅ。おもたい……」

 物置にあった工具箱を持ち上げようとするも、当然ながら華奢きゃしゃなキャサリンの細腕じゃ上がらない。

「えっと……これでいいよね……よいしょ……っと。こ、これだけでも意外と……」

 仕方がないので金槌かなづちと釘だけを取り出して持ってみるも、釘はともかくやはりキャサリンには持つのも難しい様子。つまり、振るうなどとてもとても。


 ――……トクン


「え? ほんと? ありがと」

 見かねたカテリィンがキャサリンの腕を伝って手のひらへ。そのまま金槌の柄に張り付いて補助。

「へ〜。ほ〜。ふ〜ん。おもしろ〜い」

 その場でブンブン振り回すも、まるで羽ペンのような手応え。違和感が物凄く、その気持ちの悪い感覚に彼女ははしゃいでいる。

 が、こんな遊びをしている場合じゃない。両親が起きる前にやることをやらなければ。


 ――トクン


「ふふ。わかってるわ。行きましょ」

 金槌と釘を持って物置きを後にし、診療所の入口へ。

 そして。

(カテリィン。お願い)


 ――トクン


 今回のお願いは、自分キャサリンとその周囲二メートルを物体ごと包み込むこと。光はとざされるものの、音も辺りへは響かない。

(うふふ、真っ暗。興味深いけれど、酸素が無くなる前には終わらせないと)

 影の中で、金槌を振るって釘を打ち付ける。

 響くはずの音は漏れ出ることは無く。中で反響することもない。

 虚無の中。キャサリンは閉ざされた空間。鎖された感覚の中で槌を振るう。

(このくらい……かな? うん。もういいよ。ありがと)


 ――トクン


 打った場所を触って根元まで入っているのを確かめると、カテリィンに影をしまってもらう。

「うん。ばっちり」

 満足気な表情……は、浮かばないけれど。気持ちになって、ご機嫌なキャサリンの足の次の行き先は未だ寝入っている両親のところ。

 診療所の入口を開けて、中から寝室に向かう。


 ――キィィィ……パタン


 閉じた扉に打たれた張り紙の内容とは。


『しばらく休診します』


 だった。

 それは。

 その張り紙は。

 少しの間引いた潮が、再び襲ってくる前兆。

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