第十六話 終わりの0日目

 ✣*✣*✣



 ――コツコツコツ


 不気味な足音。他人が聞けばそう思うことでしょう。

 しかしてその足音を、この家に住む夫婦は知っている。

 馴染みある、愛娘の足音。

 だから。


 ――ガチャ…………キィィィイ…………


 だから突然寝室のドアを開けられても、気にも留めない。

 留めるわけがない。だって、娘の足音が聞こえてきていたのだから。

 そして。

「パパ。ママ。おはよ」

 声が聞こえてくれば、より警戒心なんてモノは鳴りを潜めることでしょう。

 誰がまだ幼い自分の娘に対して警戒なんてするものか。

 とはいえ、話しかけられれば応えるが親のさが

「キャシー……? どうしたの……?」

「くかぁー……くかぁー……」

 母ローラが目を開けると、そこにあるのは灯された燭台しょくだいに照らされた娘の姿。

 まだ声には寝起きのぼんやりとした雰囲気が含まれていて、意識はまだまだ覚醒しきっていはいない様子。

 父チャーリーのほうはというと。

「くかぁー……くかぁー……」

 まだ寝入っていて、少しだけいびきが聞こえる。

 けれど、それだとキャサリンが困ってしまう。

(一応、話をしてからが良いのだけれど)

 まぁ、これから行うことには正直あまり両親ふたりの意思は関係ない。

 関係ないけれど、話をしてからが良い。

 つまりはなんというか、そう。

 彼女のこだわり……というやつ。

 だから。

「あのね、二人に大切なお話があるの。だからパパを起こしてほしいんだけど」

 父を起こしてもらうことにする。

 本当に、大した意味はないのだけれど。気分的に。

「うん? うん。あなた、あなたっ。あ〜な〜た〜?」

「くか……? ん、ん〜……? なんだい……? まだ暗いじゃないか……」

「でもキャシーが呼んでるわ。なんでも、大事な話があるんですって」

「キャサリンが……?」

 良い子な良い子なキャサリン。いつも従順で。お勉強も頑張って。頼めば大体のことは手伝ってくれる。

 表情筋が全然動かなくて、友達と呼べる者がいないことくらいしか欠点が見つからない愛娘キャサリン

 学問的なことですら質問したことも相談したこともない。何故なら大体の論文ことは理解してしまうから。

 ワガママも聞いたことがない。嫌いな食べ物もない。手のかからない良い子な愛娘キャサリン

 そんなキャサリンが迷惑をわかった上でこんな早朝から話があるだなんて、只事ただごとじゃない。

 だからこそ、たとえ眠くても両親ふたりは体を起こして娘の話を聞かなくてはいけない。

 何故ならそれが親の義務だから。

「ふぁぁ〜……よし。さて、どうしたんだいキャサリン?」

「なんでも話して。どんなことでも聞くから」

 まだ眠そうな顔でも真剣にキャサリンの言葉を待つ両親ふたり

 でも。

「……なんでも?」

「あぁ、なんでも」

 でも。

「ほんとになんでも?」

「えぇ、もちろん。なんでも」

 でもその言葉は。

「じゃあ、ね」

 言ってはいけなかった……いや。

「なんだい」

 大して変わらなかっただろう。

「あの、ね」

 きっと、もう。

「うん」

 手遅れなんだと思う。

「実はおともだちができたのよ」

 きっとジェルマンニールで二人が出会った時……。

「え!? 本当!?」

 いや、夜泣きの時だろうか……。

「なんだそんなことならもっと早く言ってくれたら……こんな夜明け前じゃなくて昨夜とか」

 いや、あるいは……。

「いいじゃない。きっと恥ずかしくて言い出せなかったのよ」

 キャサリンを身ごもった時……そう。

「まぁ、それもそうだな。うん」

 彼女という生命を創ったその時。

「そうよ。そんなの些細なことじゃない。それじゃあキャシー」

 それが彼らの過ちだったのだろう。

「なぁに? ママ」

 少なくとも。

「おともだちはいつ紹介してくれるのかしら?」

 ただただ愛し合うだけならば。

「そうだな。なんだったら家に連れてきたっていいんだぞ?」

 怪物キャサリンは生まれてこなかっただろう。

「ほんとに?」

 まぁしかし。

「うん」

 そんなこと言っても。

「いつにしたい?」

 手遅れ、なのだけれど。

「じゃあ――今とかどう?」

 今この時こそ。

「「え?」」

 イングリス夫妻、終焉の日になるのだから。


 誰も思わない。誰だって思わない。

 なんでもない日の早朝に。

 娘に頓狂にも思える言葉をかけられて。

 気が狂ったようなお願いをされて。

 襲われるだなんて。

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Catherine Catherine ~キャサリンとカテリィン~ 黒井泳鳥 @kuroirotten

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