第十四話 相手は選びましょう

 ✣*✣*✣



 つい先日、大きな獲物を捕らえたものの。まだ満足はしていない。

 誰が? ナニが? それはもちろんカテリィン……ではなく、キャサリン。

(さて、あの一家ならしばらくバレないと思うし。もうちょっとだけいただいておこうかしら? どうせすぐ出ていくのだし、ね)

 その言葉の真意は未だ測り兼ねる。

 しかして彼女は「すぐ」と言っているのだし、気にするようなことでもない。

 ならば見守ろう。行く末を。

(次は……どうしようか。カテリィン。。その前にもう少し、蓄えておきたいわよね)


 ――トクン


「え? おっと」

 思わず口をついてしまったけれど、正直特別驚くような相手じゃない。

(昔わたしをいじめてた子たち、ね。と言っても今はお家の手伝いで忙しくしてる……と思うのだけど) 

 モーヴが目配せをしていたのもその一人。少なくとも彼はそうしてた。

 けれどその彼とよくつるんでたのはさらに三人。

 今。現在。彼らはなにをしているのか。それはわからない。

 仮に、すれ違うことがあったとして。興味もなかったから覚えてもいない。

(まぁ、他に目星もつけていないし。いいわ。探ってみましょ。いけそうならそのまま、ね)




 ✣*✣*✣



「よ」

 町外れの野原の少し先。木々が所々に生えて程よく隠れた場所に二人の少年。そこへ一人の少年が片手を上げながら向かっていく。

「お、来た来た」

「手伝いは終わったかよサイラス」

「いんや。バックレてきた。マイロん家は?」

「当然逃げてきたわ。うちは農家とパン屋兼業だぜ? 休みなんてねぇって」

「だよなー。アシャーは?」

「聞くなよ」

「んま、当然サボりだよな。んで、セオは……今日も来ないよな〜」

「セオドアくんは一足先に未来の嫁を見つけたもんで金稼ぎに忙しくしてるよ」

「相変わらずだな〜」

「ここ最近の話だけどな。チッ、色気付きやがってよ」

「しかも相手はあの男勝りのモーヴだぜ? わっかんねぇよなぁ〜」

「喧嘩してばっかだったもんな。人形娘ドール間に挟んでよ」

「あ〜人形娘ドール! なつかし〜。今なにしてんのアイツ? まだ教会通ってんだっけ?」

「知るかよ。ガキのお勉強会を卒業した大人にはカンケーねぇっての」

「それこそモーヴなら知ってんじゃね? お節介焼きだし。ちょこちょこいろんなとこ顔出してんだろ?」

「あぁ、この前チラッと見たぜ。セオと話しててさ。顔真っ赤にしてデレッデレだったぜ二人とも。ありゃまだ全然進んでねぇな。ガキの青臭い恋って感じ」

「まぁ俺らはその青臭いとこまでいけてねぇけどな」

「早く嫁ほしー。彼女でもいい。女の体触ってみてぇ」

「……そういやモーヴって良い体してるよなー。胸とかこう」

「昔は板みてぇだったのになぁ」

「わかんねぇよなぁ」

「「「触りてぇ〜」」」

 と、まぁここまでは思春期男子という感じの会話。

 遊びたい盛りの男子が集まればまぁこんなものだろう。

 そして、仲間うちで集まればおのずと起こる罪悪感の分散。嫌いな相手なら尚の事。

「……さすがにモーヴにそういうのはマズイけどさ」

「ん? なんの話だよ。当たり前だろ。セオに殺されるわ」

「背もあんな高くなって。仕事ばっかでガタイも良くなってるしな。サボり魔の俺達じゃ勝ち目ねぇよ。三人がかりでもヘタすら負けるね。なんならモーヴにも危うい。油断したらイチコロだぞ。主に玉が」

「わーってるよ! ……でもよ。人形娘ドールならどうよ?」

「はぁ? マジ? マジで言ってる? ガキじゃん。しかもチビでヒョロヒョロ」

「胸もケツもペッタペタで棒じゃん」

「でも顔は悪くないだろ。……気持ち悪いくらい無表情だけどさ」

「まぁ……造形かたちはな〜」

「それに胸とかはなくてもよ。はあるわけじゃんか?」

「アッチって? どっち?」

「そりゃお前。男と女で違うとこと言えばよ? 一個……だけじゃないだろ」

「胸以外どこ……あ〜なるほど」

「んな? で、まぁアイツは人形ドールなわけで」

「練習にはもってこい、と」

「そんな感じ」

「「なるほどなぁ〜」」

 一人の提案に二人が納得。

「「「…………」」」

 それから三人は顔を見合わせて互いの顔色をうかがって様子見。

「で、どうする?」

「どうするって……なぁ?」

「まぁ……母親にバレて送り迎えが来る前は別に告げ口もしなかったようなやつだし……」

「叩いても押しても髪ひっぱってもケガしても顔色も変わらなきゃ大声も出さないやつだし?」

「アリ……だよな。どうせ練習だし、さ」

「そうそう練習練習。だから別にどうってことないっしょ」

「じゃ、そういうことで。いつするよ?」

「教会に行かない時は確実だよな」

「この前チラッと見たけど、庭にひとりでいたぞ」

「あぁ、俺も見たことある」

「あいつん家の庭って広いし、木も茂みもいっぱいあるし……いけそうだな」

「「「…………」」」

 またも仲良し四人組のうち三人が顔を見合わせて。

「「「よし! やるか!」」」

 三人揃っての決意表明。

 たとえ、それがどれだけ吐き気を催す悪事だろうと。味方がいるというだけで罪悪感は薄れゆく。

 たとえ、それがどれだけ人の道から外れた、まさに外道な行いだろうと。相手が嫌っていたり、気に食わない相手ならばやってもいいのだと思い込む。

 たとえ、それがどれだけ周りに迷惑がかかろうと、露見すれば自分の人生を狂わせるようなことだろうと。快楽を求めるおのが欲には勝てない。

 それが、人間というもの。

 理性を育まなかった。人間というもの。

 しかし、かといって擁護は必要ない。

 仕方がないで済んだら世話もなし。

 なにより。

 

「――そんなまどろっこしいことしなくとも。今、如何いかが?」

「「「!!?」」」

 突然茂みから現れる聞き覚えのある声。

 三人の目を向けた先にいた声の主はもちろん。

「ごきげんよう」

 キャサリン。つい今しがた話に出ていた人物。

 三人は目を見開いて口をパクパクさせ、あからさまに驚愕に溺れている。

「おま、なんでここに……」

 ひとりがようやく言葉を発するも、キャサリンは質問を無視して小首を傾げた。

「あら、それは重要なことなの? あなた達にとって重要なのは――」

 そう言ってスカートをつまみ、太ももの中間くらいまで見せてやる。

 すると示し合わせたかのようにゴクリと、三人の喉が音を漏らす。

「わ、わかっててやってんだよな? お、お前から誘ったんだぞ」

「こいつん家医者だしわかってんだろ、どうせ先生に色々教わってるって」

「そっちの勉強もってことか。なら別に良い――」

 三人目の言葉が途中で切れたのは、見てしまったから。

 スカートの中から少しずつ這い出て太ももを伝い、ひざすねを黒く染め上げながら地面まで降りて、やがて厚みを帯びてかたちを成す。


 ――ニチャア……


 実際に糸を引いてるわけじゃない。

 実際に歯があるわけじゃない。

 ただ、カテリィンは象っているだけ。

 象ったソレを見せつけて。

「さ、召し上がれ」

「う、うわぁ!」

「……ひぃっ! ひゃああ!」

「は、はは……」


 ――バクン


 肉片はない。

 骨も残らない。

 血の一滴も溢れない。

 ほんの少しの残り香を漂わせながら。

 その場から三つの命が摘み取られた。

「今日はとっても綺麗に食べれて偉いわね。カテリィン」


 ――トクン


「ふふ、じゃあ食事も済んだことだし帰りましょうか。……それにしても」

 帰路につく道すがら。キャサリンは呟く。

「前もそうだったけど。ほんと、男の子って単純ね」

 もう一度言っておこう。

 相手は選ばなければいけなかった。

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