第十三話 胎動は既に始まっている

 ✣*✣*✣



「〜♪」

 少女キャサリンは歩く。

 足取りは軽く。

 気分はご機嫌。

 しかし表情はいつも通りの無機質な人形ドール

 そんな彼女は今日は珍しくひとりでお出かけ。

 知りたいことは大体調べはしたものの、まだ完全じゃない。

(たしか町外れにアルコール中毒のおじ様と、その子どもがいたはず。あとは働き者のおばあ様)

 目指すは人気ひとけがない場所。けれど人はいる場所。

 やりたいことは食事であり実験。今回試したいことは完全な比較。

 適度な数の被検体を使った、比較実験。

 人間を使った実験。

(でも少し気が咎めるかしら。まぁやめないのだけど)

 罪悪感がないわけではない。ただ、悪いこととわかっていてやっているし。その罪に酔いしれることはない。

 彼女はひとえに満たしたいだけ。純粋なる知識欲を。

(この辺……だったかしら?)

 ボロボロの空き家が並んでいる。けれど人の気配が一箇所にだけある。

 目的地は、そこ。

(カテリィン。中に何人いるか見てきてもらえる?)


 ――トクン


 と、そうこうしてる内に目的地についた様子。

 ひとつ返事で中を探り、人数と共に様態も確認して報告。その結果は。

(あら、おじ様は相変わらずお酒を飲んでておばあ様と息子さんは寝込んでるのね。流行り風邪かしら? それとも過労? ……そう。じゃあ楽にしてさしあげるのもある意味温情?)

 まるで言い訳のようなしこうだが、正直それでも強い罪の意識は湧いては来ない。

 そもそも、既にひとりふたり食べているのだから罪悪感なんてその時感じてなければ今感じるわけもない。

 彼女はただ無意識に、普通の人間のように罪悪感を覚えているように装ってるだけ。

 誰も、言い訳する相手はいないのに。

(じゃあ行きましょうか。お行儀よく、ね)


 ――コンコン


「もしもし。いるのはわかってるの。開けていただけませんか?」


 ――…………


 返事はない。そもそもその話しかけ方はなんなのだろうか。セリフだけ見れば取り立てとも取れるその文言はなんなのか。

「……?」

 そして当の本人は小首を傾げている。出てこないもので不思議がっているらしい。


――コンコンコンコン


「もしもし。開けていただけませんか?」


 ――…………


「……?」

 返事はなく、キャサリンはやはり小首を傾げる。


 ――コンコンコンコンコンコン


「もしもーし」


 ――コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン


「もっしもーし」


 ――コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン


 ――ガチャ!


「あ、こんにち――」

「うるせぇ!」


 ――ビュン!


 扉が開いた途端。振りかぶられているのは酒瓶。このままでは当たってしまう。大人が思い切り瓶なんか振り下ろしたらただでさえ小柄で細っこい少女なんて一発で召されることでしょう。

 ……普通の少女ならば。

「あら、ごあいさつね。もう少し穏やかにしようと思ってたのに」

 瓶が当たるまであと三センチほどで黒いナニかがまとわりついて止められた。当然カテリィンなわけで。そして見られてしまったならば。

「あ? なんだこのガk――」

「召し上がれ、カテリィン」


 ――バクン


「残さないでね」

 早急に食事しょりせねばなるまい。

 まぁ、既に血の一雫もこの世に残ってはないのだけれど。

「おじゃまします」

 さて、まず前菜オードブルをいただいたところで次は主菜メインデザートを探しに屋内へ悠々と入っていく。

 コツコツとわざと足音を鳴らして入っていく。そしたら。

「ゴホゴホ……あら? 今大きな声が聞こえたと思うんだけど……」

「あ、どうもおばあ様。お邪魔するわ」

「え? あぁ……いらっしゃい。あの……息子は――」

「ばあちゃん……っ。出歩いちゃダメ――」


 ――バクン


「ぇ……」

 眼の前で主菜祖母が食われて熱で火照った顔が一瞬で青ざめる少年。

  年の頃は八つを回ったくらいだろうか。

 なんと哀れな運命か。

「どう? カテリィン? おばあ様は。おじ様より美味しい?」


 ――トクン


「そう。やっぱり知識量に比例するのかしらね。ではそれを確かめる為に、デザートにしましょうか」

「……だ、誰と話して」

「え? あぁ、うん。恐怖ですくむか逃げるかだと思ったのだけれど。そう。あなたも好奇心旺盛なのね。なんていうか……そうね、うん。親近感がわいてしまうわ」

 そう言いつつも、逃がすつもりは毛頭ない。

 ただ、冥土の土産くらいはと。見せてあげることに。

「はじめまして紳士様。わたくし、キャサリン・イングリスと申します。そして」

 スカートを軽く持ち上げて屈膝礼カーテシー

 そしてスカートの奥から出てくるのはおぞましき影。

「こちら、カテリィンと申します。以後、お見知りおきを。では、あいさつも済んだところで」

「ひ……っ! ぅぁぁああああ!」


 ――バクン


「ごちそうさまでした。とても豪勢な晩餐ディナーでした。……お昼前だけど」

 少年は背を向けて駆け出そうとするも、即座に広がったカテリィンに飲み込まれてしまった。

「本当はもう少しお話したかったのだけど。今日はお忙しいご様子ですので、そろそろおいとまさせていただきますね」


 ――…………


「ふふ。お邪魔しました」



 無人になった家に向かって忙しいなどと皮肉めいたことを宣い、彼女は去っていく。

 扉を叩いてから三分足らず。

 犠牲者は三名。

 化け物の胎動は始まっている。


 果たして化け物とは、ナニを指しているのだろうか。

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