第十二話 お節介焼きも所詮はただの──

 ✣*✣*✣



「キャシー、今日はどうだった?」

「…………」

 隣を歩く娘に声をかける母。しかし娘は考え込んでいるようで返答はない。

「キャシー? ねぇ、キャシー?」

「……ん。なぁにママ?」

 何度か声をかけて、ようやく振り向くキャサリン。

 けれどやはりその表情は無機質で、瞳は虚ろ。

「いえ、今日どうだった〜……って」

「うん。楽しかったわ。お勉強はいつも通り復習みたいなものだけど。シスターとのおしゃべりは有意義だった……かな」

「へぇ、どんなお話をしたの?」

「旅行のこととか。シスターも色んな国に行ったことがあるみたい」

「たしかギャリーラ出身だったかしら? あとはシスターってことはパルティカーノにも行ったことあるのかしらね?」

「……ふぅん」

(じゃあそのどっちかの言語の可能性が高いかしら?)

 と、思考が勝手に進むものの。今考えても仕方のないこと。

 シスターがキャサリンについて何か感づいてる。何かというよりカテリィンについて知ってそうな雰囲気を醸し出していた。

 けれどそれを探るにはリスキーが過ぎる。だから今は放置でいい。なんならこのままやり過ごしていずれ何事もなくできれば良い。

 少なくとも、現状では。

「ギャリーラってどんな国?」

「ん? そうねぇ〜」

 とりあえず今は気になることを聞いてみることに。

 それに、親子のコミュニケーションは大事。

「まだ貴族文化が残ってる国ね。それと料理はこの西方では一番との噂よ。グルメな王族貴族が多かった名残ね」

「西方……ね。パルティカーノは?」

「まぁ……」

 西方連盟国郡せいほうれんめいこくぐん。大陸の西側諸国が組んだ不戦経済連携条約に基づいた連盟。

 主に属する国々の中で共に経済成長をしていこうという集まりではある……が、正直今はどうでもいいこと。

 パルティカーノもまた然り。

(シスターが言った言葉は覚えてるし、誰かしらいただいて解読でもしようかしら? 残念ながらギャリーラとパルティカーノの言語で記された本は持ち合わせていないのだけれど)

 そこでふと、食べたら手っ取り早い相手を思い浮かべるも、すぐに振り払う。

(シスターは危ないかな。あのおじ様みたいにどこかと繋がってるかも。フフ。こんな近くに面白そうな人がいたなんて、わたしの目も節穴ということかしらね?)


 ――トクン


(あら酷い。まぁ、カテリィンに比べれば視野は狭いわよ。認めましょう)

 母はこの時も話しかけていて、キャサリンは当たり障りなく答えている。同時に二人と会話しているあたり、やはり器用な子。



 ✣*✣*✣



「あ、キャシー!」

「……げ」

 背中に大きな声をかけられ、誰にも聞こえないほど小さな声で反応するキャサリン。

「あらモーヴ。ご機嫌よう。あら? また大きくなった?」

「はいおばさま! 最近また背ぇ伸びました!」

「うふふ。相変わらず元気ねぇ。キャシーにもわけてあげてほしいわ」

「いくらでも!」

(余計なお世話)

 無表情なキャサリンであっても、目を細めれば感情の機微は見て取れる。が、話が盛り上がってる二人は気付く様子はない。

 見たところで、眠そうとしか思わないけれど。

(はぁ。今回は何分で終わるかな)

 モーヴに捕まって早二十分。本気で眠くなって来たキャサリン。

 日曜学校にはもう来てないけれど、世話焼きモーヴは彼女を見ては駆け寄ってくる。

 一番いじめられているところを見ているし、一番幼い頃から通ってる子だし、一番面倒を見ている子だから。モーヴとしてもキャサリンは特別な妹分。

 少なくとも、モーヴにとってはそう。

「それで? キャシーは旅行楽しかった?」

「えぇまぁ」

「えぇ〜それだけぇ? もっと聞かせてよ。ねぇねぇ」

やめてちょうだいはへへほうはい

 ほっぺをひっぱられながら左右に揺らされてさすがにキャサリンの眉も内へ寄る。ある意味で、ここまで表情を変えさすモーヴは唯一の存在かもしれない。

「いいな〜。私もいつか海外旅行したいな〜」

「ふふ。いい人を見つけて連れてってもらうことね?」

「え、え〜? い、いないですよそんなの〜。この町になんて……」

(ん?)

 モーヴの声色と表情と顔色が露骨に変わって、いつもは鬱陶しいとしか思わないのに興味がふつふつと。

(ねぇ、カテリィン。良い? 足の甲か首か……できれば太ももの付け根が良いかな)


 ――トクン


 カテリィンは影となり、モーヴの足を上って太ももへ。血管が多い所に巻き付いて脈を測る。

 当然、モーヴに掴まれている感覚はない。

(どう? いくつくらい?)


 ――トクン


(早いね。不自然)

 急な心拍数の上昇に顔の紅潮こうちょうとくればそういう話しかないけれど、残念まだキャサリンにはお早いかもしれない。

 けど、すぐに感づくことになる。

「ぁ……」

「……?」

 短く息を漏らしてさらに顔を赤くするモーヴを見て、視線を追うとそこにいるのは家の手伝い中の男の子がひとり。荷物を運んでいるようだ。年齢はモーヴの一個下だが、それでも十三歳で成長期。モーヴよりも背が高くて顔も 清潭せいたん

「……! …………」

「……!? …………っ!」

 向こうもモーヴに気づいて、顔を赤くしながら手を振ってきているけれど。モーヴは顔を真っ赤にして目を逸らす。

 その様子は完全に――。

「あら? どうしたのモーヴ……あら? あらあら! もしかして?」

「ぅえぇっ!? な、なんです……か?」

「うふふ。モーヴにも春が来たのねぇ。ついさっきあんなこと言っといて〜」

「は、はい!? ちょ、なんですか!? そ、そういうんじゃないですって!」

「はいはい。ふふ、女の子ねぇ」

「う、産まれてからずっと今日こんにちまで女の子です!」

「はいはい。そうね〜」

「もう!」

「…………」

(あぁ、そういう)

 そう。それは恋愛感情。モーヴにはソレが訪れていて。そして恐らく相手も想っていて。

 これはきっと喜ばしいことなのだろう。喜ぶべきことなのだろう。

 しかし、残念ながら今現在それは――。

(モーヴも恋愛ってするのね。一生そういうのとは無縁な人かもとか……まぁ特別考えたことすらないんだけれど、意外だわ)

 それは。

(意外……ふふ。意外)

 果たして。

(人は強い感情を抱くと、時に今までとは違う一面を見せると聞くわ。それってつまり、脳になにかしらの作用が出てるってことよね?)

 この娘を前にして。

(じゃあ、恋をしている人はもしかしてだけれど。普通よりも美味しかったり腹持ちが良かったりするかもね)

 この、好奇心で自分すら殺しそうになる娘を前にして。

(ねぇ、カテリィン。大体やりたいこと決まっちゃった)

 喜ぶべきなのだろうか。

(これから楽しみね。カテリィン)

 いや、これはただただ。

「な、なによキャシー。そんなにジッと見てきて。言いたいことがあるなら聞いてあげるわよ」

 不幸と言わざるを得ない。

「いいえ」

 キャサリンに関わったことを。

「いいえ。何もないわ」

 自らの世話焼きを。

「特にこれといって……ね」

 不幸と言わざるを得ない。

「ふぅん? な、ならいいけど?」

 何よりの不幸は。

「えぇ、ないわ」

 気付くことのできないその眼球かざりを持って産まれてきたことだろうか。

(聞く必要ないわ。だって)

 それともふりょうひんを内包してしまったことだろうか。

(脳を食べれば大体全部わかるでしょう?)

 気付ければ変わっていたかもしれないのに。

(なにより興味がないもの)

 だってモーヴが恋をした相手は。

(がわたしに興味がないように。わたしもないもの)

 キャサリンをいじめていたひとりなのだから。

(あぁ、いえ違うわ。興味は今出てきたかな。でもモーヴ、なによりね)

 もし彼でなければ、キャサリンから慈悲を絞り出せたかもしれないのに。

(わたしを守ろうとしていたのに)

 しかし勘違いしないでほしい。

(害を与えていた相手に恋をするなんて)

 キャサリンは別に怒ってない。

(とっても不思議)

 その言動が不思議で。理解し難くて。好奇心が刺激されているだけ。

(不思議よモーヴ。不思議。今までもよくわからなかったけど、今はとっても)

 ただ、それだけ。

(魅力的よモーヴ)

 あぁ、その言葉が。


 ただ、恋する乙女の美しさに向けられていれば良かったのに。



 ✣*✣*✣



 どこからか、聞こえてくるよう。


 晩鐘ばんしょうが響くよう。


 キャサリンとカテリィンふたりの為だけの、夕餉ゆうげの報せが届くよう。

 

 しかしまだまだ遠い。


 晩餐が始まるには今少し。


 もう少しだけ待っていて。


 もう少しだけ。


 未来に思いを馳せていて。


 たとえそれが。


 儚く消え去るとしても。


 抱いて萌ゆる間は。


 なによりも美しいのだから。

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