第九話 計画は療養中に立てましょう
✣*✣*✣
汽車での出来事はキャサリンの思惑通り爆弾魔が出たのではという疑惑で捜査が進められることになった。
そして、唯一の負傷者である彼女は今は自宅のベッドの上。
あの後、父チャーリーに処置をされ、自宅に戻ってからも数日は安静にするよう言われているが為に。
外傷としては軽い出血と背中への打撲くらいのものとはいえ、大事を取ってということで寝かされている。
しかし、彼女は元気いっぱいなわけで。
「暇だわ」
天井を見つめながらそう呟いても仕方あるまい。
が、しかし。今は自室でひとりきり。好都合な部分もある。
それはカテリィンについての考察が捗るということ。
「カテリィン、出てきてもらえる?」
――トクン
かけ布団をよけて足を八の字に開けば、カテリィンは下着を影の状態で抜けてから股の間よりひょっこり姿を現す。
「もう少し多く体を出せる? あとたぶん汚れないわよね?」
――トクン
是。と、鼓動で返事をして。それからあの時のように――キャサリンの体に入る前くらいに体を出して象る。
「ふぅん。やっぱり不思議ね。こんなにどうやって入ってるのかしら? って、アナタにそういう機能があるというだけなんだけどね。……あら?」
カテリィンを観察していると、違和感に気付く。前に見たモノがないことに、気付く。
「アナタ、歯は? どこにしまってあるの?」
――…………ニチャァア
楕円が裂けるように。分かたれるように。口のような
「あら、隠していたというより作っていたのね。触って良い?」
――トクン
「失礼するわね」
まずは体を触ってみると、これまた不可思議な感触。弾力のある泥を触っているようなのに。けど、沈まない。手には何も付着しない。触っている感覚と、それから起こるはずの結果が乖離していてとても。それはとても。
(おもしろいわ。とっても、おもしろい)
好奇心が抑えられない彼女は次に歯に触れてみる。これも、思っていたはずの結果は訪れず。
(体と触ってる感覚は同じ、ね。唾液があるわけでもない。口の中で引いてる糸も、体を構成しているモノと一緒だわ。ちぎれない)
触れてみて、改めて疑問は浮かぶけれど。だがしかし、これだけでも導き出せる事はある。
「アナタ、その歯はただ食べるイメージを持って擬態しているのね」
仮説として、カテリィンは食べる際に歯を必要としない。全身が口であり。内臓であり。骨であり。肉。体組織の全てが器官全てを担う、ある意味で完全生命体。
そして、食べることのイメージは恐らく人間に教わったか。または動物などの捕食を見て覚えたのではないか。
だから、本来必要としない歯を象ってから食事をしたがる。
「カテリィン。あそこにある飴の瓶を取ってもらえる? ほら、そこ」
言われた通り、キャサリンの指差す棚へその黒い体を影の如く質量を持たずに伸ばし走らせて、目当ての物を持ってくる。
キャサリンに手渡し、次の言葉を待つカテリィンは一種犬のよう。
「ん……」
――…………
「んん……。んん……!」
――…………
「んんん! んんー!」
――…………
無表情ながら顔を真っ赤にしながら瓶と格闘するキャサリンを、空虚な思考でもって待つカテリィン。いったいなにをしているのか。
「…………開けてちょーだい」
――…………
単純に、固くて開けれなかっただけのようだ。
瓶を包むと、一瞬で蓋を開けてキャサリンへと戻す。
「カテリィン。これ、食べれる? あ、歯は使っちゃダメよ」
――……パクン
言われた通りに歯をしまってから口を象った部分で飴を喰らう。
パリポリガリガリ。そんな音がするわけもなく、一瞬で吸収された。
「フムフム。じゃあ、今度はここで食べてみて」
触れたのは肉体の端っこ部分。
そこに飴を渡して食してみろとキャサリンは言っているのだ。
――…………
それでも従順なカテリィン。飴に触れ、そのまま最低限の範囲で包み込み、飴型の黒い玉になったかと思えば一瞬で元の細さに戻る。
これにて、二つ立証された。そして三つ目もおのずと。
「ふぅん。飴は食べれるし、食事は一瞬。お腹の具合は? 足しになったかしら?」
――トクン
「あら、そうなの。やっぱりお肉が良いのかしらね? いえでも、あのおじ様をいただいた時はそこまで満足していなかったから……」
頬に手をやり、手の方へ首を傾けながら視線も向ける。わかりやすい思案顔。
「やっぱり満足感は生肉のが良いのかしらね。それか脳かな。あとは生きてるかどうか……は、いっか。サンドイッチもステーキもあの人達よりもお腹に溜まった感じはなかったんだものね。おじ様のお肉のがまだ良かったけれど、それでも生きていた人よりかはだったし。あとは脳を食べるかすれば……そう、脳と言えば知性によって差異が出るかどうかも気になるわね。フフ、楽しいわ」
もし、彼女の表情筋がもう少しだけ頑固でなければ、きっと満面の笑みを浮かべていることでしょう。
それはそれとして、やりたいことは少しずつ固まってきたようだ。
「まずはマウスから始めましょうか。それから犬、猫、魚、カエル、鳥、家畜……は難しいわね。人間のが遥かに試しやすいわ。どうしましょうか?」
――トクン
「あら釣れない。そりゃあアナタは安全第一だものね。でもね? 冒険しなきゃ自分を知ることはできないのよ? 今のままだと、ご飯も足りないしね。せめて何がアナタを空腹から遠ざけてくれるかは見つけないといけないわ」
と、言いつつも。彼女としては大体の答えは見つけている。あとはその仮説を立証するのみ。
それがどんな答えで、どうやって立証するかは……後の楽しみとしておこう。
「とりあえずマウスね。実験用に飼ってるのがまだ数十匹。答えはほぼほぼわかりきっているけれど、まずは二匹……いえ三匹にしましょうか。殺して時間が経ったの、すぐの、それから生きてるので試しましょう。あとは知能の部分を人間と比べてちょうだい。その後どのくらいの割合か調べましょ」
――……トクン
正直、カテリィンとしては興味はないのだけれど。でも、キャサリンは顔には出ずともとっても楽しそうで。そこに水を差すのもなぁ〜という気持ち。加えて、住まわせてもらってる居候でもあるし。家主のやることに口を挟むのは気が引けている、彼女よりよっぽど常識を備えてる化物かもしれない。
けれど、時折感じるこの怖気のがくすぐってくる感覚はなんなのだろうか。
好意的な感情は心地が良いのだけれど、その奥にほんの少しあるこの嫌なモノはなんなのだろう。
カテリィンはその核心まで行こうとして――。
「キャシー? ちゃんと寝てる?」
「えぇ、大人しくしてるわ。ママ」
唐突に入ってきたローラに気づかれる前にはもうベッドは元通り。飴も棚に戻しているし、もちろん自分もキャサリンのお腹の中へ身を潜めている。あの工作員よりも余程早いこと。
あの時、早く片付けるということの有用性を学べて良かった。これでまたひとつ。隠れるための手段を得たのだから。
「体の具合はどう? 痛いところはない?」
「大丈夫よ。そもそも大した怪我じゃなかったもの。ちょっと
「…………」
「……まぁ、せめてお散歩くらいはしたいわ」
「そう、なら明日ちょっと歩いてみましょうか? それでなんともなければ日曜学校にでも行く?」
「そう……ね。それも良いかもしれないわ」
日曜学校。学習目的ではもう必要ないのだけれど。でも欲しいモノはたくさんあることだし、足を運ぶのもやぶさかではない。
(ジョークは通じなかったけど、良い提案よママ。良さげのには目星をつけさせてもらうわね。フフ)
ベッドの上、母親に撫でられながらろくでもないことを考える娘。
――…………
そんなキャサリンに、自らに対するナニかを先ほど感じ取って、今も忘れているわけではない。
でも、きっとソレは今知るべきことでないと。
ならば、今は蓋をしよう。
願わくば、二度と開かないでくれと願いながら。
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