第十話 まずは試食から

 ✣*✣*✣



 暇な時間も有効活用しつつ。結局完治するまで安静にされつつ。とうとう包帯を取る日に。

「ふむ……傷跡も綺麗に消えたな。背中も問題なかったし、もう良いだろう」

「ほ……。良かったわキャシー。何事もなくて。傷跡もだし、頭を打ったようだから……」

「そうね。これ以上優秀になっちゃったらパパの立つ瀬がないわ」

「はっはっはっ。まだまだキャサリンに追い抜かされるには時間がかかると信じたいなぁ」

「ふふ、でもこの子が大人になる頃には……ねぇ?」

「え、ローラ……さすがにそれでもまだ……わからないのが困った問題なんだよな〜」

「うふふ。頑張ってお勉強しませんとね。貴方」

(……ジョークを言ったつもりはないのだけど、おかしいわ)

 朗らかに笑う両親を見て小首を傾げるキャサリン。やはりこの子はどこかズレているようだ。

 しかし問題はそこではなく、少し前の彼女ならばここでウケるパターンを模索していたかもしれないということ。

 そう。少し前なら。

 今は違う。今はそんなことに興味はない。

 あるのはカテリィンのことだけ。

 そして包帯が取れて自由を得た今。ようやく始められるというもの。

「……ふふ」

 両親は気づかない。娘の口の端がわずかに上がっていることに。

 もう、彼らには霞がかかってしまっているから。見ることは叶わない。娘の笑顔。

 片や欠落しつつも才能に恵まれているというソレ。

 片や天から授かりつつも大切なモノを失くした可哀想な娘というソレ。

 どちらも、本当の彼女と向き合わなかった結果かかってしまった。愚かものへの小さな罰。



 ✣*✣*✣



「さて、と」

 自由を得たらなにをするんだったか。そうそう、まずは実験用のマウスの回収。

 本来医学の研究は大学やその手の機関で行われるが常。しかしチャーリーはしがない町医者。じゃあ何故マウスなどがいるかと言えば……まぁ、半ば趣味。

 新しい薬などをちゃんと自分の目で確かめるということもあるし、薬を使用した後の臓器への影響を確認する為などで常時数十から数百匹ほど繁殖しながら常備している。

 当然ローラが嫌がるので。自宅、診療所、研究室と建物をわける羽目に。しかし、その分広いスペースが取れるので、チャーリーとしては結果論的には良かったと現在は思っていることでしょう。

 そして、それはキャサリンにとってもそう。

「……パパ、また溜まってるのね」

「ん? あぁ、そうだね」

 マスクをしたキャサリンが研究室へ入り、部屋の隅にある木箱を見やる。

 箱は全部で四つ。中に入っているのは小さな臓物と、腹が裂かれて中身のないセミドレスのマウス。

 目算で、ざっと二十匹ほどの真っ赤な死骸ゴミ

 実に、タイミングが良い。

「これ、棄てないとね。焼却炉は?」

「動いてるよ。さっき使ってて、そこの死骸ゴミも片付けようと思ってね。そのままにしてる」

「そうなの。じゃあわたしが棄ててこようか?」

「良いのかい? でもまだ怪我が……」

「もう治ってるのはパパがよくわかっているでしょう? 心配性はママに任せましょ」

「ハハ。そうだな。じゃあお願いするよ」

「うん」

(とりあえず死体はゲット。あとは生き餌……か。どうしよ?)

 木箱の近くに行きつつ、視線は数十匹のマウスの入った大籠と小籠へ。

 チュウチュウと喚くアソコからどうにか一匹くらい拝借したいが、果たしてどうすべきか。

「…………」

(ま、こうするしかないか。普段からよく逃がしてるし。今回の違いは人為的ってことだけってことで。――カテリィン)


 ――トクン


 キャサリンの意思を受け取り、手前の小籠のかんぬき型のつっかえをズラしてマウスの脱走の手助けをしてやる。

 あとはキャサリンがチャーリーに目撃させて……。

「あ、パパ! マウスが逃げるわ!」

「え!? どこ!? どれ!? あ〜もうまたっ!」

 慌てて駆け寄るが、マウスはすぐに隙間に逃げ込みチャーリーの視界から消えてしまった。

 目撃と逃走はさせたならあとは簡単。

 見えないところでカテリィンに捕獲……いや、捕食させとく。

(食べた? その感覚覚えといてね。じゃ、一個とってくれる? あ、食べちゃダメよ?)


 ――トクン


 わかっていると鼓動へんじを一つ。そして木箱からマウスの死骸と内臓を一匹分とってキャサリンの足元へ置き、彼女はそれを。

「きゃ!」


 ――ぶじゅぎゅちッ


「え!? あぁ……」

 思い切り踏むつける。血肉は嫌な音を立てて細かく飛び散り、靴にもこびり付いてしまう。

 その様子を見たチャーリーは頭をかき、タオル数枚を持ってキャサリンへ近づく。

「キャサリン。足を上げて」

「うん。パパ、ごめんなさい」

「いいや。元は逃がした私が悪いんだ。見逃してもしまったしね。驚いたろう? こっちこそごめんよ」

「ううん。パパは悪くないわ」

(逃がしたのわたしたちだし)

 死骸を拭き取り、キャサリンの靴を拭い、共に木箱へ入れて立ち上がってまた実験へ。

 キャサリンを背に、言葉をかける。

「あとで靴は煮沸消毒をするように。靴下もね。それと、木箱を焼却炉に入れる時は気をつけなさい。手のアルコール消毒も忘れないように。わかってると思うけどね」

「うん。じゃあ、持っていくわね」

「あぁ」

 研究室へ来てほんの二分程度の会話、踏みつけたマウスを拭う時間を含めても十分満たない短い時間で目的のモノは手に入れたキャサリン。

 木箱を持ち、研究室から焼却炉へ向かうその様子は。

「〜♪」

 随分。ご機嫌なようでなにより。

 それが良いことかはわからないけれど。



 ✣*✣*✣



「よいしょっと……ふぅ。それじゃあカテリィン。一匹分食べてみてくれる?」

 焼却炉の前まで来て、木箱を下ろして早速第一比較試験開始。


 ――トクン


 カテリィンは言われた通りに木箱から腹開きマウスに内臓を一匹分詰め込んでキャサリンの眼の前でいただく。

「どう? 生きてるのと比べて」


 ――トクン


「ふぅん。やっぱり生きてるほうが良いのね。じゃあおじ様と比べたら?」


 ――トクン


「ん。おじ様のがギリギリお腹に溜まるのね。量で言えば数十匹から数百匹分くらいあると思うのだけど」

 マウス一匹百グラム、成人男性が七十キロとすれば約七百倍。

 それでも、生きてるマウスは成人男性の死体に匹敵するエネルギー量らしい。

「じゃあ生きてる人間と生きてるマウスなら? 聞くまでもないけど、でも比較したらどのくらい違いがあるか気になるわ」


 ――トクン


「あぁ……やっぱり比べ物にならないのね。となると……」

 キャサリンは頬に手を当てて、首を傾げて考え込む。

 仮説を考えているというより、どう立証するか。その手段をどうすべきか考えている。

「ふむ。やっぱり野良猫と野良犬、それと野ネズミもかしらね一応。それから手軽なのはトカゲとカエルかしら? それらと比較して、立証といったところかしら?」

 ひとしきり考え終わると、木箱の中身を見つめる。

「ま、良いわ。カテリィン、食べてしまって良いわよ。それでどれだけ保つかわからないけれど、食べないよりはマシでしょう?」


 ――トクン


 返事の直後には木箱の中身はスッカラカン。血まで全てカテリィンの腹の中。残るは木箱のみ。

 では残った木箱はどうするか。考えるまでもない。

「…………」


 ――ポイッ


 元々捨てる為に持ち出したのだから。当然焼却炉の中へ放るだけ。

 ゴミの入ってない木箱など、最早薪と相違ない。

「ゴミも片付けたことだし、消毒しないとね。カテリィン、お願いして良い?」


 ――トクン


 返事をするとキャサリンの全身を一度覆って、すぐにへ戻る。


 カテリィンがやったことは至極単純。キャサリンの表面についている血やゴミなどを全て拭い去っただけ。

 これで消毒は必要ない。

「じゃ、パパに片付けたことを報告したらその辺の小動物や昆虫を試しましょ。今日のところはそれでおしまい」


 ――トクン


 その後、キャサリンはチャーリーへゴミを焼却炉に入れたことを報告し、研究室を後にした。

 庭にいる虫や迷い込んでいた野良猫、飛んでいた鳥などを平らげ、比較。

 答えを見る度にキャサリンは己の仮説への信頼を高めていった。

 仮説が仮でなくなった時。彼女は次に何をするのだろうか。

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