飛べない翼

 自由の羽を広げること。

 それは、両翼の先にいる誰かを傷付けうること。


 あの澄みきった大空に思いを馳せ、人々は謳う。

 自由を求め、自由を愛そう、と。



 長く監獄にいた。

 それはきっと、誰が犯人でもよかったであろう罪。


「僕がこの世に生を受けたことは、きっと罪なのだろう」

 そう言って、自分を、この世界を呪った。


 僕の姿に同情こそすれど、救おうとする者はいない。

 僕をめぐって、世界中が議論した。

 それでも僕の今日は、明日は、その先は、檻の中。



 羽の生えた赤子。

 そのニュースは、たちまち世界を震撼させた。


 鳥でもない。人間でもない。

 どちらの種からも仲間はずれの僕。


 これは祝福を受けて生まれた天使か?

 それとも人間に擬態したおぞましい悪魔か?


 これまでの人生の半分を実験体に費やして

 もう半分は見世物として世界中で展示された。



 今日はサーカスの一幕に呼ばれたらしい。

 観客の歓声や悲鳴を聞くたび、心底感情が冷えた。


 劇団長にマイクを向けられた。

 インタビューに答えろ、という無言の圧力。


「……『今まで皆さんは散々、この翼を作り物だ、飾りだと言ってきた。でもそれは違う。僕のこの姿は、自由を求め、自由を愛するためにある“本物”なのです』」


 台本通りのセリフ。芝居がかって大袈裟に泣く劇団員。

 全てが嘘で塗り固められた、この舞台。

 唯一“本物”であるのは、この憎い立派な翼だけ。



「――自由の羽を広げること。

 それは、両翼の先にいる誰かを傷付けうること」


 舞台裏で、どよめきが聞こえた。

 従順だった僕が突然台本を無視したのだから、当然だ。


 僕はお構い無しに、勢いよく両翼を広げた。

 ほんの瞬く間に、近くの団長と劇団員の首が飛ぶ。


 観客は演出だと思ったのか、席を立たなかった。

 劇団員が血相を変えて逃げる様子でようやく異常事態に気がついたようで、一拍遅れて大パニックに陥る。



 研究施設から解放されて以降、僕は足先に生えている猛禽類に似た鋭い爪を集めて、大量に羽裏に縫い付けた。


 未練がましくとも、望みがどんなに薄くとも。

 僕もあの澄みきった大空に、思いを馳せていた。


 長年しまい込んできた、この翼。

 今この瞬間、反逆の咆哮をあげている。


 無駄な賭けかもしれない。

 それでも自由を求めずにはいられない。


――僕のこの愛おしき体は、飛べない翼じゃない。


  2024/11/11【飛べない翼】

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