本気の恋

「本気の恋とは、仮に銃撃戦を強いられたとき、真っ先に彼彼女の心臓を撃ち抜きたいと願うものである」



 突然そう呟いた彼は、煙草をくゆらせ遠い目をする。

 


「……誰の言葉だ?」


 俺にも寄越せ、と彼の胸ポケットから皺くちゃの箱とライターを引ったくり、返事を聞く前に火をつけた。


 咥えた瞬間、カビ臭い苦味が鼻まで突き抜ける。

 不味い煙草だと、俺は文句を垂れた。



「まァ……初恋の人ってトコ」


 失礼な俺の言動を気にも留めない様子で、彼は照れくさそうに答える。頬なんか赤らめやがって、生意気だ。


 ふぅん、と生返事をすれば、お前聞いておいてキョーミ無いのかよと笑い飛ばされる。



「お前さァ、もう俺と逃げちゃおうよ」


「……言葉と行動が一致してないようだが」


──ゴリ、と固い殺意がこめかみに押し付けられている。



「なァんで殺しちゃうのさ。お前が目指してた名の売り方ってのは、じゃないだろ?」



 罰のように、長くゴーストライターをやっていた。

 俺には才能がある。しかし名声はない。

 浅ましい女の言いなりになる自分を、幾度も恥じた。



 己の人生に失望し、世界からほとんど色が消え失せた頃、ふいに俺の視界を鮮やかな赤が覆った。

 

 思わず声が漏れるような、見惚れる景色だった。



「……お前の女の趣味、本当最悪だよな」



 旧友の目が、一気に血走り見開かれる。


 愚かにもこの男は、自分の惚れた女がまさか親友の夢を妨害し、その才を搾取し、順当に恨まれ、呆気なく殺されたとは知らないのだ。


 そしてこの男の最も愚かなところは、長年俺の傍にいながら、俺の気持ちに露ほども気付かなかったことである。



 武器を取ろう。

 お前の惚れた言葉は、俺の言葉だ。



「『本気の恋とは、仮に銃撃戦を強いられたとき、真っ先に彼彼女の心臓を撃ち抜きたいと願うものである』」


  2024/09/12【本気の恋】

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