眠りにつく前に

 眠りにつく前に、ケーキを頬張りたい──

 そんな夜もある。


 裸足でベランダに出よう。毛布はいらない。

 淡い月光に照らされ、ショートケーキの苺が鈍く光る。

 

 あたし好きな物は最初に食べるタイプなの、と言わんばかりに、無遠慮に苺をフォークでぶすりと突き刺した。


 

 ふと「もう死んでもいいかなぁ」って夜がある。

 そんなことを いつの日かの君に言った。


「死にたい時は甘い物でも食べて寝るんだよ」


 そう提言してくれた君は、程なくして首を吊った。

 彼の傍らに、甘い物は見当たらなかった。



 人の心のゆとりには旬がある。

 それはまるで苺のように。時に甘く、時に酸っぱく。

 彼の死に際の心は、どんな味だったのだろうか。

 

 

 ふと我に返ると、足の指先が霜焼けていた。


 蚊に刺された時もそうだけれど、痒みというのはなぜ自覚してから酷くなるのだろう──ぼそりと悪態をつきながら、指同士をぐにゃぐにゃと擦り合わせる。


 

 今夜はまだ、大丈夫。

 口端に付いた生クリームを拭って、ため息をひとつ。


 睡眠薬のように、私は毎晩甘い物を胃に流し込む。

 眠りにつく、その前に。


  2024/11/02【眠りにつく前に】

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