最終話

「チェックメイトだ」

 男を背後から羽交い絞めにして、その喉元にナイフを突きつけて僕は告げる。もちろん、その前に喉を潰しておくことは忘れない。

「アメティカの暗殺部隊だな」

 しばらく苦しそうに咳き込んでいた男が、地獄の底から響くような声を出した。

「お前らが私の祖父を殺したんだ」

 何のことだか分からないな、と僕は男の横顔に目をやる。面立ちからいって、砂漠の国の出だろう。相手の出自に当たりをつけた僕に、男が名乗った。それは随分と前に殺した、砂漠の民の族長の名前とよく似ていた。だからといって、僕は知っている素振りなどみせない。アメティカは公式に暗殺など行っていないからだ。

「お前らが祖父を殺したんだ」

 男は繰り返した。

「そうすれば、残された我ら一族が蜂起して駐留するアメティカ軍を攻撃すると知っていたんだ」

「まるで話が見えないな。いったい、何を言っているんだ」

 僕は惚け続ける。

「祖父は親アメティカでは無かったが、武力を持ってお前らの国と対立することには否定的だった。自分たちの誇りを守るという理由だけで、多くの罪もない民を危険に晒すことはできないと。賢い人だった。だからこそ、祖父が生きている限り、一族の若い者たちも祖父に従って血気に逸る行動は控えていた。だが、その祖父はある日突然、殺された。お前らによって」

「どうしてそうなるのか分からない。証拠も論拠もないじゃないか」

「証拠も論拠もある」

 あくまでもしらを切り続ける僕に、男が語気を強めた。

「殺された祖父を発見した時、我々にはすぐにこれがアメティカの仕業だと分かった。反アメティカの重要人物を暗殺している極秘部隊があることは知っていたらからな。怒りに駆られた一族の者たちが戦士を引き連れてアメティカ軍の基地を襲撃するのを、私は止められなかった。襲撃は祖父の死から翌日のことだ。計画された行動じゃなかった。完全に突発的な、感情による暴走だった。だというのに、どういうわけかアメティカ兵たちは戦士たちを迎え撃つ準備を整えていた。それも、完璧にだ。我が一族の中でも特に過激な反アメティカ派の戦士たちはたったの一戦で壊滅的な損害を受けた。生き残った者はほとんどいなかった」

 そして、時のアメティカ政府は襲撃に対する報復として彼らの国へと侵攻した。地域の治安維持のための、平和強制作戦と銘打って。初戦で壊滅的な被害を被っていた反アメティカ派には抵抗する術もなく。彼らの国はたちまちアメティカ軍の占領下に置かれることになった。その後はあえて語るまでもない。アメティカお得意の自由化政策が行われ、軍は復興支援と治安維持の名目で駐留を続け、彼らが聖地として崇める魔力湧出地を管理下に置いた。

「何もかもがアメティカ人に有利になるよう動いていた。まるで、神がそう計らったかのように」

「じゃあ、神がそう計らったんだろう」

「我々の神はそんなことをしない」

「僕らの神がそうしたのかもしれない」

「お前らに神はいない」

 男が吐き捨てた。

「神がやったのでなければ、人がやったのだ」

 彼は首を捩じって、憎悪に塗れた瞳で僕を睨む。僕は思わずにやけてしまいそうになった。男は怒りを抑えるように長く息を吐いてから、続けた。

「しかし。私はお前らの統治を受け入れることにした。少なくとも、大人しく従っている間は子供が武器を持つ必要も、女が牛や羊のようにやり取りされることもなかったからだ」

 もちろん、受け入れなかったものは容赦なく殺されたのだろう。反体制派、魔法支配主義者、テロリストなどの烙印を押されて。

「それが三年前だ。お前らは我々の国の復興も終わらぬうちに、突然引き上げていった」

 アメティカ軍の撤退に伴い、治安悪化を懸念したアメティカ企業も同時に撤退していったという。アメティカの同盟国の軍隊や企業もそれに続いた。後に残されたのは戦争でズタズタになった国土と飢えて傷ついた国民たち。

「お前らは、我々の国を燃やすだけ燃やし、壊すだけ壊し、殺すだけ殺して、満足したら去っていった」

 怒りと憎しみをぶつけるように男はいう。

「だから、我々もお前らに同じことをしてやる」

 それを聞いて、僕は笑ってしまった。声をあげて笑うなんて、随分久しぶりだ。それほど愉快な気分だった。

 だから、僕は彼には本当のことを教えてあげることにした。


「貴方のおじいさんを殺したのは僕だ」

 僕は彼の耳元で囁いた。

 こんな風に羽交い絞めにして、喉を切り裂いたことを。それからナイフによる致命傷を隠すために喉へ呪弾を撃ち込んだことを。そのせいで頭がもげてしまったことについては本気で謝った。

「けれど。僕は貴方のおじいさんを殺して、本当によかったと思ってる」

 穏やかに告げると、男が目を剥いた。

 僕が狂っているとでも思ったのだろうか。そうだ。僕は狂っている。でも、それは僕だけじゃない。

「貴方のおじいさんを殺したおかげで、貴方もこうして僕と同じ場所まで堕ちてきてくれたのだから」

 今や、僕と彼は仲間だった。兄弟よりも強い絆で結びついた同胞。暴力と殺戮に満ちた舞台の共演者。

 それを聞いた瞬間。彼の横顔にさっと絶望の影が差した。

 大丈夫だよ。

 僕は心の中で語り掛ける。

 絶望することなんて、何もないんだ。だって人間は愚かなのだから。愚かであっていいのだから。その行動がどれほど不合理で不条理なものだったとしても、その愚行を犯す権利が人間にはある。それは魔法の才能もない、人間の出来損ないのような僕なんかにも神さまが与えてくれた、唯一の贈り物なんだ。

 僕は祝福するようにナイフの刃を引いた。ごぼごぼと溺れるような音とともに、ゆっくりと腕の中で抵抗が消えてゆく。吹き出す血を浴びないように気を付けながら、僕は彼の身体を床に寝かせてやった。

 僕はゆっくりと上昇してゆく光の粒を名で追いかける。

 そういえば、この国の大統領は魔法使いだ。そんなことを、ふと思った。

 前の大統領も、その前も、その前の前も。この国の大統領はいつだって魔法使いだった。いや、なにもアメティカだけじゃない。民主的であれ、独裁であれ。共和制であれ、専制であれ。国家の在り方は違っても、どんな国でもトップは必ず魔法使いだ。

 なぁんだ。世界は初めからちっとも変ってなどいなかったんじゃないか。

 だったら、僕が僕のままでいることに誰が文句をつけられる。

 今さらそんなことに気が付いて、あまりの馬鹿馬鹿しさに僕は笑った。笑いながら、そういえばアダムスはどうなっただろうかと辺りを見回すが、姿はない。退避したのだろうか。それとも死んだのだろうか。もしも死んでいたとしたら、ミシェルの弟か妹は父親を知らない子供になってしまう。可哀そうだけど、仕方ないとも思った。

 だってこの世界はそういう場所で、だから僕らはこの有様なのだから。


 これから忙しくなるだろうな。

 男の死体を見下ろしながら、僕は思った。

 これから、この国は再び世界を席巻するだろう。

 そしてきっと、誰もそのことを咎めはしない。

 世界平和を謳い、不戦を貫いたこの三年間。その挙句、僕らの国は国土を蹂躙され、国民を虐殺された。

 そんな僕らの復讐を一体誰が止めるだろう。

 きっと。その先陣を切るのは僕なのだろう。復讐に燃える国民の総意を背負って、世界中を飛び回り、殺して殺して殺しまくる。

 この国はもう誰も叱ってくれない。

 僕と一緒だなと思うと、少しだけ可哀そうだった。

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愚者ノ帝国 高嶺ノ悪魔 @takanenoakuma

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