第29話
俄かに正面ゲートの方が騒がしくなった。みれば、軍用車両が数台、ゲートをくぐって入ってくるところだった。
「どうやら、軍の救出部隊がようやくおでましのようだね」
先生がやれやれと呟く。続々と降車して展開し始める兵士たちに混じって、見慣れた魔導軍の制服を着た将校が二人、こちらへやってくる。その内の一人が懐かしい顔だと気付いた僕は驚いた。
「ロックウェル大佐」
「久しぶりだな、クロード大尉」
僕は思わず背筋を正して敬礼した。
「ウィリアム・クロード大尉ですね」
答礼を返す大佐の横にいた、見覚えのない魔導軍の中尉からそう訊かれて僕は頷いた。
「出頭命令が出ています。ご同行願えますか」
それに僕は戸惑った目を大佐に向ける。どこまで、と僕は訊いた。特殊作戦軍司令部までだとロックウェル大佐が答える。
「しかし、大佐。僕らは……」
「質問は後だ」
大佐からそう言われてしまえば、僕はただ「はい」と答えることしかできない。
「アダムス曹長はどこだ? 彼もここにいると聞いているが」
「ええ、はい。呼んできます」
答えて、僕は急いでアダムスを探しにいった。警察車両の中で眠りこけていた彼を叩き起こして、大佐のもとへ連れて戻るとすぐさま車に乗り込むよう言われる。僕とアダムスは互いに顔を見合わせてから、それに従った。と、その時。
「ウィル!」
名前を呼ばれて振り返ると、ルアハが病院から飛び出してくるところだった。
「ウィル……行くのね?」
「うん。ごめん」
息を切らせて駆け寄ってきた彼女に僕は謝った。彼女の必死に努力にも関わらず、結局、僕は人殺ししか能のない社会不適合者のままだった。そんな僕に、ルアハは「うん」と頷いてから、そっと顔を寄せてきた。その唇が、僕の額に優しく触れる。
「気を付けて」
願うような口ぶりで彼女は言った。
「アイツら、全部やっつけて」
「分かった」
彼女の望みを今度こそ誤解なく理解して、僕は頷いた。
「皆さんには、ただちに現役へ復帰してもらいます」
懐かしの古巣に舞い戻った僕らの前で、国防省から来たという役人がそう口を開いた。さほど広くはない会議室の中には懐かしい顔が揃っている。僕とアダムス、ベックウェル大佐を筆頭に元先進魔導戦開発グループの隊員たちが十二名。他にも居場所を特定できている隊員が数名おり、順次到着する予定だという。しかし、国防省の役人は時間がないらしく、全員の到着を待つ前に説明を始めた。その開口一番のセリフが先ほどのものだ。
「しかし、俺たちはですね……」
口を挟んだのはアダムスだった。最後まで言い切らずに言葉を濁した彼は、パイプ椅子の背もたれに思いきりもたれかかりながら、「なあ?」という目を元同僚たちに向ける。僕はそれに黙って頷いた。アダムスが言わんとしたのはもちろん、僕らが軍を辞める際に現政権との間で交わした「二度と軍務には就かない」という誓約の事だろう。しかしそのことを第三者に口外することは禁じられているため、言葉を尻すぼみにせざるを得ない。しかし。
「事情は存じています。そのうえで、問題ないと言っておきましょう」
国防省の役人は事も無げにそう答えた。どういうことか、と視線で尋ねる僕らに、彼は咳払いをすると続けた。
「大統領は今回の事態を大規模なテロなどではなく、外国の敵対勢力による我が国への攻撃であると位置づけました。そのため、国防長官ならびに統合参謀本部に対し、事態解決のため必要な全ての処置をとるようにと命じられた」
言いながら、役人は机の上に置いた映像投影用の水晶球へと手をかざす。映し出されたのはこれまでに判明している各地の被害状況が書き込まれているアメティカの地図だ。見たところ、大規模な都市ほど被害が大きい。というのも、敵は各地にある移民コミュニティを拠点に行動しており、大きな都市ほど大規模なコミュニティがあるからというのがその理由のようだ。
これに対し軍は比較的被害の少ない地域から順に全州兵と予備役を動員して、各都市へ救援に向かわせているという。しかし、統合参謀本部はこの三年間繰り返してきた軍縮の結果、全軍の予備をありったけ投入したとしても、事態解決のために必要とされる兵力にはまるで足らないのだという。
「統合参謀本部からの報告を受け、大統領は既に退役している元軍人を即座に現役へと復帰させるための大統領令を発した。この命令が発せられた時点で、貴方たちが軍を退役する際に政府と交わした誓約も破棄されました」
それを聞いて、隊員たちは不満とも満足ともつかない唸りを漏らした。僕もその気持ちは分かる。軍務に復帰できるのはまあいいとして。
「随分と勝手な話ですな。半ば強制的に約束させておいて、いざこんな事態となれば一方的にそれを破棄して軍務に就けとは」
ベックウェル大佐がみんなの気持ちを代弁して、恨み節を吐く。僕らはその通りとばかりに頷いてみせた。
「お気持ちは分かりますが、しかし、今は貴方たちの力がどうしても必要なのです」
口ではそう言いつつも、役人は自分には関係のない事だと言わんばかりの態度だった。再び彼が水晶球に手をかざすと、壁に投影されていたアメティカの地図が工場のような施設を上空から撮影した写真に切り替わる。
「サイコンダコタ。東海岸最大であり、首都にもっとも近い大規模魔力湧出地です。同地に建設されている魔力精製炉は、首都圏全域に魔力を供給しています。ここが敵の手に落ちました。早期に奪還できなければ、首都はその機能を失ってしまう」
役人はそこで説明を区切ると、僕らに向き直った。
「しかし。敵はこの場所に多くの術士を送り込んでおり、一般部隊では手も足も出せない」
「なるほど」
誰かが失笑のようなものを漏らした。僕もおんなじような気分だった。
なるほど。それは僕らが呼ばれるわけだ。そう納得したからだった。
一方の役人は馬鹿にされたと思ったのか、嫌そうに顔を顰める。
「良いですか。もはや一刻の猶予もないのです。もしも明日までにこの場所を奪還できなければ、我が国の首都は原始時代に逆戻りしてしまう」
確かに、現代のアメティカはインフラのほぼ全てが魔導機関化されているといっても過言ではない。通信や交通はもちろん、照明や水に至るまで。魔力なしに日常生活を送ることは不可能だ。それだけではない。重要施設のセキュリティや、国土を敵の大規模魔法攻撃から防衛するためのシステムだって機能しなくなる。そうなれば、この国は裸も同然だ。世界中にいるアメティカへ恨みを持つ者たちがこぞって押し寄せてくるに違いない。
「作戦立案と指揮はベックウェル大佐に一任します」
「そう言われまして、ブランクがありますからなぁ」
名指しされた大佐が困ったように顎を撫でながら天井を仰ぐ。口調こそ冗談めかしているが、虚空を見つめる眼光に遊びはない。それは、その瞳の奥にある脳髄が全力で回転していることを示している。
「……オーダーは魔力湧出地の奪還。それだけですか」
大佐が訊いた。
「可能な限り、施設は無傷のまま取り戻してほしい」
国防省の役人はほとんど表情を動かすことなく答えた。
「厄介ですな」
大佐がくしゃくしゃと後頭部を掻く。
「となると、航空機や魔導砲による火力支援も受けられないと」
「それじゃあどうやって中に入るんですか。敵の術士たちが守りを固めている魔力湧出地なんて要塞と同義ですよ。まさか、そんなところに正面から突っ込めっていうんじゃないでしょうね」
そんなのは自殺行為だとアダムスが憤る。
「あの、そのことなんですが」
と、そこで口を開いたのは国防省の役人以外にもう一人いた部外者。ベックウェル大佐とともに僕らを迎えに来た魔導軍の中尉だった。ずっと大佐の横で大人しくしていたので存在を忘れていた。彼も一応、魔導軍の特殊戦術群の徽章を付けていた。
「実はですね、中に入り込むのは簡単なんです。正面突破なんてする必要もありません」
「どういうことだ?」
中尉の発言にアダムスが食いついた。中尉はこほんと咳払いをしてから、国防省の役人になにかの許可を求めるような視線を送る。役人が頷くと、彼は立ち上がって説明を始めた。
「サイコンダコタの敷地内には転移陣が設置されています。これを使えば、一瞬で内部に入り込めます」
その発言に、隊員たちがどよめく。転移陣の存在は最重要機密だったはずだ。それがどうして、特殊戦術群所属とはいえ平の中尉風情が知っているのか。というどよめきだった。
そんな僕らに対して、中尉は僕らが退役し、先進魔導戦開発グループが解散すると、転移陣の機密度が一段階引き下げられたのだと答えた。
なんとなく、自分たちだけの秘密だと思っていたものが公になっていたことに若干の寂しさを感じつつ僕らは中尉の話を聞いた。
機密度が引き下げられたことにより、転移陣の使用や運用のハードルは大きく下がった。そこで有事の際、重要な施設へ速やかに戦力を展開させるために転移陣を用いる計画が立ち上がったという。もっとも、上層部では随分と前から計画されていたことらしい。運用の実績とノウハウが培われるのを待っていたのだろう。
しかし、計画は実行されたのは良いものの、途中で政府から予算を削減されてしまい、結果的には未完のまま凍結してしまった。それでも、計画がストップする前に国内の主要な魔力湧出地に転移陣を設置することはできたのだという。
「失礼します」といいながら中尉が水晶球に手をかざすと、サイコンダコタ魔力湧出地の詳細な見取り図が映し出された。
「転移陣が設置されている場所はここです。転移先は倉庫に擬装された小さな建物の中になります」
そういって彼が示したのは周囲を高い壁で囲まれている敷地内へ入るための唯一の道。正面ゲートのすぐ傍だった。僕は湧出地の見取り図を頭に叩きこんだ。それから、大佐をみやる。
「隠密ですか。強襲ですか」
藪から棒にアダムスが尋ねた。
「そうだな」
大佐は顎をつるりと撫でてから、少し悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「そのどちらも、というのはどうだ?」
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