第25話

 結局、先生の言葉が決定打となって僕がチームの指揮を執らざるを得なくなってしまった。元大尉たちも、先生が何者なのか知るはずもない。けれど、先生の纏う歴戦の強者といった雰囲気から何かを察したようだった。

 これ以上駄々をこねても時間を浪費するだけだろう。そう悟った僕は渋々、チームリーダーの役を引き受けた。何事に掛けても手際のよいアダムスがどこからか仕入れてきた首都の地図を三人の元大尉たちとともに覗き込んで、目指す病院までのルートを検討する。

「嫌なもんだな」

 基地と病院を結ぶ主要な通りを赤いペンで塗りつぶしていると、海兵大尉がふと呟いた。

「まさか、自国の首都の地図を兵隊の目で見る日が来るとはな」

 悔しさに満ちた声で吐き捨てる海兵大尉に、陸軍大尉と空軍大尉も同意するように唸りを漏らす。

 言われてみれば、確かにそうだな。僕は何処までの他人事のように思いながら、地図へ目を落とした。僕としてはむしろ、勝手知ったる街だからこそルートの策定に困らないと思うのだが。

 ルートの検討中、陸軍大尉から道中で出来るだけ多くの市民を助けたいという要望が出されたが、僕はこれを却下した。精々三十人足らずのチームで敵と戦いながらでは、助け出せる市民の数にも限度がある。何より僕らに与えられた任務は現在進行形で襲撃を受けている病院への救援だ。市民の救出は別グループに任せて、僕らは自分の仕事に集中するべきだろう。僕は言い返しようのない正論で却下の理由を説いた。それに陸軍大尉のみならず、他の者たちからも恨みがましい目を向けられてしまう。僕は努めて彼らの無言の抗議を無視した。一度、腹を決めてしまえば自分でも驚くほど指揮官としてふるまうことに躊躇いを憶えなかった。

「車両を貸してもらえるのなら、そうしてもいいけど」

 そうでなければ、助け出した市民の安全を確保できない。と、クソったれな指揮官の仮面を被った僕は基地を見回しながら言う。

「無理だろうな」

 絶好のタイミングでアダムスが口を挟んでくれた。

「ここにある車両は防衛のための必要最低限を残して、全部出払ってるはずだ。貸しちゃ貰えないだろうよ」

 その通り。こんな事態なのだ。貴重な戦闘車両を遊ばせておくはずがない。


 現実を突き付けられた陸軍大尉は渋々ながら市民の救出を諦めてくれた。しかし、態度は頑ななままだ。さて、ここまで来たら次は懐柔策である。

 僕はチームの義勇兵たちを二つの班に分けて、それぞれの指揮を海兵大尉と陸軍大尉に任せることにした。僕の提案に二人は驚いたように何故かと聞いてくる。狙い通り、その声にはわずかに好意的な響きがある。

「理由は二つある」

 上手くいったようだと内心でほくそ笑みながら、僕は指を二本立てた。

「一つは、僕が慣れているのは少数のチームを指揮することで、一般歩兵部隊の指揮には慣れていないから。二つ目は、実は市街戦の経験が余りないからだ」

 指折り説明した理由の前者は真実だが、後者は嘘だ。市街戦の経験など片手の指では足りないくらいある。だが、敢えて僕は嘘を吐いた。部下の反感を無理やり抑えつけてでも従わせるのが軍隊という組織ではあるが、現場の指揮官には部下が積極的に従ってくれるように仕向ける手腕も必要になる。つまり、任務のためならば部下を気持ち良く騙してやるのも指揮官の仕事というわけだ。

 ちなみに、空軍大尉は杖の取り扱いすらままならない様子だったので、自衛のため以外戦闘には関わらなくていいようナビゲーターの役目を押し付けておいた。


 大まかなルートを取り決めたところで、僕らは基地を出た。病院に辿り着くまで、可能な限り敵との交戦を避けるため主要な大通りは避けて進む。基地周辺は比較的静かだったが、首都の中心街に入るとなおも暴れている暴徒たちの騒ぐ声が聞こえだした。街の有様は酷いものだ。あらゆる商店のショーウィンドウは割られ、店内は滅茶苦茶に荒らされているし、道のそこかしこには市民の遺体が転がっている。中には酷い暴行を受けた跡のある死体もあった。

 兵の誰かが、地獄だ、と呟くのが聞こえた。地獄から地獄へと渡り歩く仕事をしていた僕にとっては見慣れた光景だが、元兵士だからといって誰もが戦地に派遣された経験があるわけでもない。死体を見るのが初めてだという兵もいた。中には耐えきれず、嘔吐してしまった者もいる。

 ある路地に差し掛かった時。その先で暴徒の一団がたむろしていた。こちらには気づいていない様子だったので、僕はやり過ごそうとしたのだが。

 ここで、即席チームであるが故の問題が発生してしまった。

 哀れな犠牲者たちの遺体を改めて目の当たりにしたからか。みんなとても怒っていて、暴徒たちを見るなり我先にと攻撃を仕掛けてしまったのだ。兵だけならまだしも、本来ならば彼らの暴走を抑えるべき大尉たちやアダムスまでもがそうなのだから始末に負えない。

 攻撃を加えたこと自体は大した問題ではない。完全に相手の虚を突けたことから、二十人近くいた暴徒の半分以上を一瞬で屠ることができた。残る半分はただ茫然としているか逃げ出すかした。奇襲としてはほぼ満天に近い戦果だ。とはいえ、驚くようなことでもない。元とはいえ、世界でも最高度の軍人訓練を受けたアメティカの兵士たちなのだ。まともな装備さえあれば、杖を持っただけの素人集団など相手にならない。

 問題は、逃げ出した暴徒たちを義勇兵たちが追いかけ始めたことだった。行く手を阻む敵は当然、打ち破らねばならない。けれど、戦意を失って逃走する敵を一々追いかけて殺していてはいつまで経っても目的地にたどり着けない。それに魔力切れの問題もある。基地を出る際、全員に持てるだけのマガジンを持たせてはいるが、およそ街中で暴れている暴徒を皆殺しにするにはとても足らないだろう。

 僕は義勇兵たちを必死に宥めた。気持ちは分かる。何時かように、僕は何度もその言葉を使った。気持ちは分かる。市民を虐殺した奴らは許せない。皆殺しにしてやりたいのは僕だって同じだ。しかし、今僕らがすべきなのは逃げ回る敵を追い詰めて殺すことではなく、暴徒に襲撃されている病院で助けを待つ人々の下へ一刻も早く辿り突くことだ。あそこでは三百人の病人が逃げ出すこともできずに、死の恐怖に怯えているんだぞ。

 そんな分かったようなことをいって、僕はクソったれの指揮官を演じ続ける。感情抑制暗示処置の重要性を思い知らされた。唯一、先生だけが何も言わずに僕に協力してくれたことが何よりもありがたかった。


 辛抱強く説得を繰り返していると、徐々にみんなも冷静さを取り戻してくれた。といっても、それは僕の奮闘の賜物というよりも、途中で保護した市民たちの影響が大きい。辺りの建物に隠れていた市民たちが戦闘音を聞きつけて集まり、保護を求めてきたのだ。流石に断るような真似はできず、彼らを連れて病院へ向かうことになった。

 守るものが出来たおかげか。義勇兵たちも暴走することなく指示に従うようになってくれた。

 とはいえ、これで当初の目的通りに事を進めることはできなくなってしまった。派手な騒ぎを聞きつけて集まってきたのは隠れていた市民たちだけじゃない。そこら中から暴徒たちも集まってきた。この段階で敵に見つかることなく病院へ辿り着くのは不可能と諦めた僕は、危険を承知の上で大通りを行くことにした。僕とアダムスが先頭に立ってチームを導きつつ、保護した市民の左右を義勇兵たちで固める。市民の中には元兵士もいたので、希望する者には敵から奪った杖を持たせた。


 大通りに出ると、予想通りそこら中から呪いの弾が飛んできた。僕とアダムスは目についた敵を片端から排除して道を切り拓く。海兵大尉と陸軍大尉は任せた義勇兵たちを的確に指揮しつつ、市民の安全を確保している。特に、期せずして当初の望みが実現した陸軍大尉の張り切りぶりは大したものだった。

 けれども、僕にとって何より心強かったのはやはり先生の存在だ。積極的に戦闘へ参加することこそなかったが、全体の状況を見て先導役の僕らが前に出来過ぎないように、後続が遅れないようにと適時、指示を出してくれる。その指示の的確さは僕など及びもつかない。おかげで、僕は何の心配もすることなく自分の仕事に集中することができた。

 その道中でも多くの市民が助けを求めて集まってきた。彼らを受け入れつつ、病院に着いた頃には僕らは百人に近い大所帯になっていた。言うまでもなく、全員が無事というわけにはいかない。誰も彼も傷だらけだ。途中で命を落としてしまった者もいる。戦場なのだから、それは致し方のない事だ。それに、僕らが殺した敵はもっと多い。


 ようやくたどり着いた病院の正面ゲートでは、警官隊と暴徒たちが激しく呪いを撃ち合っていた。見たところ、警官隊側の方が旗色は悪いようだ。しかし、所詮は素人。暴徒たちは目の前の獲物に夢中になり過ぎていて、周囲にまるで気を配っていない。

 僕らは駆け足の勢いそのままに暴徒たちの側面から襲い掛かり、彼らを蹴散らした。病院を襲撃していた暴徒たちは、まさか自分たちが襲われる側になるとは思っていなかったのだろう。あっという間に半分以上が死に、生き残りは蜘蛛の子を散らしたように逃げ帰っていった。

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