第6話

 バードとエンネは下町の喧騒の中、何かの肉の串焼きを食べていた。

 結局何の肉だかわからなかったが、少なくとも鳥ではなさそうだった。



 「平和だねぇ・・・」

 「そうですね」

 「ここに不穏をひとつまみ・・・」

 「止めてください平和主義はどこにいったんですか」



 バードさんは何か含んだ笑い声を上げながら手に持った木のジョッキをあおる。昼過ぎからビールを飲むとは、身綺麗にもしているのでいかにも暇人といった風体である。

 エンネはなんとなく空になった木のジョッキを両手で持ち、太ももに置いてじっと見つめていた。

 小市民どころではない極貧農民であったエンネは、ビールのような嗜好品を嗜む暇もなければお金の余裕すらなく、暇さえあれば森に入って弟のために獣を狩る毎日だった。

 家を出て冒険者になった後でも、せっせと仕送りをするためにゴブリンを狩り、ホーンラビットを狩り、たまに臨時PTでオークを狩り・・・どうにかこうにか出したであろう弟の手紙を読んで泣きそうになりながら再び狩りを行う毎日だった。

 そして掴んだこのチャンス・・・チャンスなのだろうか。とにかくチャンスとしておくが、こうやって名実ともに王国内最強のクランに所属することが出来たのは本当に幸運な話だ。

 ふと横を見ると、バードさんが腰から下げている本を読んでいる。



 「バードさん暇さえあればそれ読んでますけどなんなんです?」

 「んー? 内緒。でも面白いよ」



 本をすぐ閉じた彼は、こちらを向いてニカッと笑う。一見爽やかに見えるが、付き合いはとんでもなく短いのに何故かろくでもないことを考えている笑顔だということはすぐわかった。

 


 「あ、串食べて喉渇いたでしょ。ちょっとそこでビールのおかわりついでにジュース買ってくるよ。ほら、何がいい?」

 「そんな、先ほどから奢っていただいてばっかりで・・・」

 「いうてギルドマスターだから金は持ってるんで気にしなくていいよー。そうだな、ベリージュースでいい?」

 「はい、それで」

 「はいはい」



 そう言ってさりげなくエンネの手からさらっとジョッキを取っていく。

 気にするなといっても気になるのが人の情というものである。

 申し訳ない気持ちになりつつも、奢られるもの特有の息苦しさを感じながらなんとなく辺りを見回した

 狭い路地では子供達が何かで遊びながら歓声を上げている。

 エンネもまだ十六歳だ。いくら大人の中で生きていくことを決めたといえども、すぐに精神が成熟するわけではない。

 あんまりにも少女らが楽しそうだったものだから、気になってしまった。 それがいけなかった。

 手に持っていた皿を椅子に置くと、立ち上がって数歩近づく。

 子供たちの手に持っているのは枝とお菓子だ。少年は枝を、少女たちはクッキーを、それぞれ手に持って思い思いに身振り手振りを交えながら興奮気味に会話している。

 こんなに楽しそうな原因は何だろうと、子供達の中心で遊んでいたものを見る。

 一瞬で感覚が狩人のカンのようなものに引っ張られた。

 ひゅっと息を飲んで全身が強張り、身を固くして右手を胸に添える。

 それは人ではなかった。

 どう見ても、人ではなかった。

 それに気づいた瞬間、エンネは酷く後悔した。

 人の影を象ったような曖昧な黒い輪郭に、頭部の代わりとして白く大きな花が咲いている。

 白く眩しく咲いたその花には、黒いつば広の三角帽子――いわゆるとんがり帽子がかぶせられ、青いマフラーがふわりと巻かれている。

 どう見ても知性を感じさせる化け物だった。

 脳裏に響くのは危険だということ。

 バードさんを今すぐ呼びにいかないと大惨事になるということ。

 そもそも、何故街中に魔物がいるのかということ。 

 思考すること体感的にほとんど一瞬の中、エンネはすぐさま後退り、化け物に気づかれぬよう、少しずつ、少しずつ後退する。

 直感的に、自分の手には負えない存在だと理解していたからだ。

 非常に賢明な判断だったと思う。通常であればそれはほとんど最適解に近い。

 が、バードへ報告すべく背を向け――その瞬間。



 「私に気づいたの?」



 あまりにも無邪気な声が聞こえた。

 同時に再び全身から冷たい汗が吹き出た。気づけば、肩は小刻みに震えていて生唾を飲み込む。

 気づいたからなんだというのか。もしや気づいたエンネのほうが例外だったのか。

 疑問と冷たい汗は滝のように流れて顎を伝い歩道に落ちていく。

 無邪気すぎて子供の声と勘違いした程度には幼い女の子の声だ。

 しかし、違う。くだんの化け物が発した声に違いない。

 確信できたのは、どこが目なのかはわからないが、こちらと目が合ってしまっている感覚があるからだ。

 言葉にならず、何かを言おうとして喉から漏れたのは風のような音と口の動きだけ。



 「・・・おかしいな。悪いひとじゃないみたいだけど」

 「ま、いっか。見つかっちゃったんならやることは一緒だし」



 見つかったから、何なのか。

 こんな街中で化け物と遭遇するなど、一体どういうことなのか。

 子供たちは相変わらず歓声を上げたまま、何ひとつ変わらない。

 あれを化け物と認識していない? 本当に?

 振り向くことすらできずその場で立ち尽くす。

 動けぬ足に、何かが絡みついた。

 引きずり込まれて、殺される。

 そう覚悟した、その瞬間。



 「・・・あれ? ロシェちゃん? え、こんなところで何してんの?」

 「なんだとりさんじゃんそっちこそなにしてんのぉー?」



 彼女(?)の名前はロシェ・シュクルリィ。ギルドメンバーの一人である。

 エンネはそのまま緊張の糸が切れた安堵感により昏倒したが、しばし経って説明をされた際、そりゃぁもうめちゃくちゃ憤慨した。

 なお、彼女を介抱したロシェは、エンネの下半身が特に濡れていたことについて、彼女の名誉のためにもあえて口には出さなかった。その程度には空気を読める女(?)であった。



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