第7話
オッド・ダーティ・ユーは、名残惜しそうに持っていた紙を丁寧に折りたたんでから金属製の箱に入れると、内側の胸ポケットへ閉まった。
嘆息しながら腰から下げた片手斧を取り出して、手慰みにくるくる回す。
天井から吊るされたランプから軋んだ音が響き渡るが、静寂しかなかった。
無音のためか、やけに気になる衣擦れの音を立てて、懐から取り出した棒付きの飴をくわえる。
「なぁ、オクゥー。これって正しいのか?」
「はぁ? 今更意味のわからんことを言わないでくれる?」
目の前に立っているのは、自分をそのまま女性にしたような姿の獣人だった。
犬とも狼ともつかない耳と人間の耳が両方頭に生えているが、どちらにしても厳密な種族までは判然としない。
鋭く射抜くような金色の瞳に、ピンクの長髪。整った顔立ちはなかなかの美人で、スタイルも良く、身体のラインが際立つスリーピースのスーツを着ている。
どうやら先ほどから何かを探しているらしく、周囲に散らばった物を乱雑にひっくり返しながら、苛立った様子で捜索を続けていた。
「あぁー! あったあった! フェリアさんにお試しで武器を色々作ってもらってるけど、どうにもこうにも耐久力が足らねぇわよねこれ」
「仕方ないでしょ、試作つってるし」
オクゥーが探していたのは、どうやら破損したハンマーの一部だったらしい。
――らしい、というのも、彼女の背に貼り付いているのはもはや柄にあたる棒きれだけで、肝心の鉄塊部分は既にどこかへ吹き飛び、粉々に砕けて原形すら留めていなかった。
それでもデータが残っていそうなコア部分を探していたようで、球体のような形をしたそれを大事そうに胸にしまう。
「で、なにあれ?」
「あれって? ・・・あ、あれか?」
彼女は両手を腰に当てて怪訝な表情で半目のまま問う。
何か喋った気はするが、それどころではなかったので全く記憶にない。
ただ、ノリノリだったことだけはなんとなく覚えている。
誤魔化す意味はないのだが、気恥ずかしいので受け流して次の話に移る。
「ま、まぁそれはいいとして、旦那からはなんだって?」
「んー、『この山のような死体の後始末は、あとでドリル君がやるから気にしなくていい。奴隷諸君にスプラッターな光景を見せるのは忍びないので、救出後はそのまま帰還せよ』──だってさ」
「お優しいこって。じゃあさっさといこう。どうせ地下でしょこれ」
「そうじゃなーい? うちはそれよりおなかすいたんだけど」
「お前がおなかすいてるってことは俺もそうなんだから言うんじゃないよ・・・」
彼女はどこからともなく取り出したタブレットで指令を確認しながら、サクサクと指先を動かしていく。
飴を舌で転がしながら逡巡する。気がかりなことがいくつかあった。
ほとんどは無視出来る内容だし、ただのちょっとした違和感に過ぎない。
二点だ。本当に気になっていることは二点ある。
「わかってるだろオークゥ。ここの護衛たちは―――」
「弱すぎる、でしょ? ここまで大規模な奴隷娼館を作っておきながら、この程度の実力で保てるほどこの世界は甘くない」
「そうだ。いくらなんでも弱すぎる。俺たちが斧すら使ってないんだぞ」
全身に無数の傷を刻まれたオダーだったが、よく目を凝らせば、それらは新しいものではなく、幾多の戦場を潜り抜けてきた歴戦の痕跡であり、最近負ったものではなかった。
二人の腰には、左右に二本ずつハンドアックスが下がっている。
柄も刃も使い込まれて鈍い光を放ち、全体的にくたびれた印象を与える。
それはすなわち、彼らが幾度も近接戦闘を繰り返してきた証でもあった。
「素手で制圧出来てる時点でおかしい」
「だからなにかい」
オクゥーが言葉を続けようとした瞬間、背後の壁が鈍い衝撃音とともに粉砕された。
瓦礫を突き破って現れたのは、赤黒く鈍光を放つ巨大な両刃の大剣――それを握る巨体だった。
オダーたちが小柄なわけではない。ただ、その男があまりに規格外なのだ。
濃緑のロングコートに覆われた体は丸太のように分厚く、球根めいた異様な迫力を放っている。
腕を振り回すたびに瓦礫がはじけ飛び、空気ごと押し潰す勢いで突進してきた。
二人は驚きのあまり斧に手をかけることすら遅れ、わずかに硬直する。
しかしそれが良くなかった。
その刹那、大剣が振り下ろされ、オダーは咄嗟に両手を組み合わせ、正面からまともに受け止めようとしていた。
「オダー!!!」
大声で叫んだオクゥーは、オダーを窓へ突き飛ばした。
空中に投げ出された彼はもがきながらオークゥに目をやる。
戦え。そう言ってるようだった。
「っま!!! ・・・・・・っぶがっ!!! あああああああ!?」
まともに受け身も取れず、石畳に叩きつけられたオダーは一瞬息が出来ず、空っぽの肺をどうにか動かしてやっと息を整える。
「んがっ!!! ぶぁっ!!! ぜぇー!!! ぜぇー!!!ぜぇー!!! ばああああ・・・ぜぇ・・・ぜぇ・・・ぜぇ・・・」
しかし荒い息をまともに整える時間は無い。
何故なら、続けざまに先ほどの緑たまねぎ大男が赤黒い大剣を振り下ろしながら飛び出してきたからだ。
「っく!?!?!?」
あの巨体と剣を正面から受け止めるのは無謀だと判断し、オダーは即座に身をひねって回避した。
切っ先が石畳を叩きつける。
地面は震え、耳をつんざく轟音とともに土埃が舞い上がる。
瓦礫をはね飛ばしながら、緑の外套をまとった巨躯は悠然と大剣を引き抜き、改めて構えを取った。
「パイルバンカー残しときゃ良かったぜ・・・」
横転しつつ、腰に下げていた斧を引き抜いてハンドアックスを両手に構えた。
大男は即座に動く。まるで機械仕掛けのように、正確で淀みない斬撃を繰り出してくる。
大剣の攻撃は基本的に三つ――振り上げ、切り上げ、横薙ぎ。
しかし、使い手次第でその単純さは意味を失う。
これほどの速度と膂力を兼ね備えた相手ならば、いかにオダーといえど押される一方となる。
大剣は唸り、空気を切り裂く轟音を響き渡らせる。
金属同士がこすれ合う、不快な音と火花が幾度も響き合い散る。
そもそも得物の重量差は歴然だ。
オダーの手にあるのは短い射程のハンドアックス。敵の懐へ踏み込まねば、まともに傷を負わせることすらできない。
それでもオダーは踏みとどまる。
直撃を食らわないように振り上げを受け流し、切り上げを弾き、横薙ぎを斧で逸らして跳躍してかわす。
十秒足らずで十度以上の攻防――。
もし見ていた者がいれば、その異常な速度と、オダーの人間離れした受け流しの技量に戦慄しただろう。
そろそろ我慢出来なくなったのか、オダーは恨みが込められた大声で叫ぶ。
「オークゥ!!! おめぇサボってんなよ!!!」
その瞬間、突如大男の背後に出現したオクゥーは既にハンドアックスを振り下ろした後であり、つまりは攻撃が通ったはずだった。
「「マジ?」」
その攻撃は大男の背面の地面に刺さった大剣に受け止められており、次の瞬間には大剣を利用して思いっきりオークゥは蹴り飛ばされていた。
「ぶあああああああああああああ!!! あふん!? おぶっ?!」
無様に地面に転がされたオクゥーはあまりの反射速度に切れて抗議の声を上げる。
「てめっいくらなんでもその反応速度はおかしいだろなんかやってんだろチートだチート!!!」
向こうもさすがに小休止らしい。
大剣を地面から引き抜いて、埃を払うとこちらの様子を伺っている。
オダーはその対面でしばし何か考えていたようで、ようやく思い出したかのように手を叩く。
「・・・オクゥー!!! あれヴォーパルソードじゃね!?」
「は? そんなピンポイントでうちら殺せる武器持ってるわきゃ・・・いやあれ旦那に聞いたヴォーパルソードまんまじゃん今気づいた・・・」
「まぬけ・・・俺らってほんとおばか・・・」
一、ヴォーパルソードと言われている武器は破壊できない。
一、人と機械以外の特攻武器である。
一、その大剣は赤黒く、使用者は例外なく狂っており上記以外の生命を全て止めようとする。また、特攻状態では身体能力も著しく向上する。
だから気を付けてね。当たると凄く痛いよ。
そういう風に旦那に説明を受けていたことを今更思い出したこの間抜けな二人は、お互いに頭を抱えながらも違和感に気づく。
「待て、じゃあなんで今こいつは足を止めてこっちの様子をうかがってんの?」
「知らんよ、トイレにでも行きたいんじゃねぇのッ!?」
瞬き一つの間に、次の瞬間にはすでに目前へと迫っていた。
信じがたい速度に感嘆しつつ、オダーは再び刃を交える。
「いや待て、再起動だと!? あり得るのかそんなことが・・・」
「遊んでないで手伝って貰っていいですかオクゥーさぁん!?」
「しょうがないにゃぁ・・・引き付けてよ」
オクゥーが渾身の力で大地を蹴りつけた。
しかし大男はそれに反応したくても、目前のオダーを相手取っているため振り向けない。
「さっきの仕返しだあああああああああ!!!」
怒号と共に、全身をバネにした両足蹴りが地を裂く勢いで放たれる。
とんでもない速度で射出されたその一撃は、見事に大男の胴へと直撃した。
轟音を響かせ、壁ごと叩きつけられた巨体は瓦礫に呑み込まれていく。
「・・・やったか?」
「マジで止めてオダー。古今東西、そう言っちゃったらほらもう起きてきたじゃん!!!」
大男はあれだけ吹き飛ばされても大剣を手放さず、それを支えにゆっくりと立ち上がった。その姿はまるでゾンビのようで、背筋に薄気味悪さが走る。
――いくらなんでもタフすぎる。
そもそもヴォーパルソードは人族しか握れないはずだ。
つまり、それ以外の種族ではない。
自分たちのように超常の反則技を持たない限り、到底あり得ない。だから、こんなことは本来不可能なはずなのだ。
「何かからくりがある。・・・いやまてよ? まるでゾンビみたい?」
「そんなんジョージとかカラスマさんじゃあるまいし・・・。あ、そういうこと?」
二人は目を合わせることすらなく、ほぼ同時に走り出した。
何度かの交錯の末、オダーは気づいたことがある。
それは何度か打ち合えば必ず強力な振り下ろしがくることだ。
多分生前、いや今も生きているかもしれないが、彼の十八番だったのだろうというのは想像に難くない。
何度か打ち合った末に、やはり繰り出してきた強力な振り下ろしをオダーが渾身の咆哮とともに正面から受け止める。
金属が悲鳴をあげる。
斧が金切り声を上げている。
無理もない。ろくに調整もせず、ここのところ戦闘、戦闘、相次ぐ連続戦闘で酷使しすぎている。
「ぐぎぎぎぎっ!!! オクゥー!!!」
呼応して大男の背から現れたオクゥーが、濃緑のロングコートを裂き裂いた。
しかし巨体は即座に反応し、大剣を片手から外すや否や裏拳を叩きつける。
オクゥーは髪の毛をかすらせながら、紙一重でそれをかわした。
馬鹿げた速さで放たれた拳が巻き起こす烈風に、思わず顔をしかめる。
「っく!?」
体勢を崩しながらも、反動を利用してハンドスプリングで距離を取る。
一方の大男は、その威力を逆に活かすように、大剣を支柱にして両足蹴りをオダーに叩き込む。
「だああああああああッ!!! クッソッ!!!」
オダーはあまりに威力の乗った衝撃を受け止めきれず、地面を転がりながら吹き飛ばされた。
だが、その瞬間――確信が事実へと変わる。
斬り裂かれたコートの隙間から覗いたのは、人の皮膚ではなく、むき出しの骨だった。
「がっ! ゴホッ! オェッ!!! ・・・やっぱりな」
「死んでる? で、いいの、あれ?」
濃緑のロングコートが動きを阻害したのだろう。大男は強引に残った布を引き裂いた。
月光に照らされるその肉体は、頭部を除き、全て骨。
筋肉も皮もなく、真っ白な骨が不気味なほど整然と並んでいた。
オダーは呼吸を整えながら答える。
「フー! フゥウウウ・・・。いんや死んでない。じゃなけりゃ人族扱いにならない」
「つまり?」
『あれは魔術で生かされてる。半分リビングデッドみたいなもんだよ』
いつも胡散臭い男性の声が響き渡る。
あまりの唐突な声に二人はきょろきょろして声の主を探そうとするがどこにもいない。
「旦那!? どこどこ!?」
『おばか。タブレット渡したでしょ』
「あ、そっか」
旦那・・・エンド・バードだ。クランのリーダーでいつも胡散臭い動きをしている。
オクゥーは腰に差していたタブレットを引き抜き、画面を覗く。
“音声シグナルオンリー”と表示されており、魔術的な通信機能らしいと察した。
『僕が調べたところ、そいつ――ヴォーパル使いは数百年間、亜人を殺し続けてる。今じゃ絵本にまでなってて、子供のしつけに「ヴォーパルが来るぞ!」なんて使われてるくらいだ』
紙をめくる音が合間に混じる。どうやら手元の資料を読み上げているようだ。
オクゥーは画面に向かって疑問点を口にする。
「あっちでいう鬼とかそういうもん?」
『そうだ。だからこれは俺たちの仕事だ。終わらせないといけない。いや、正確に言えば、終わらせてあげないといけない』
旦那にしては珍しく優しい声色だった。何か思うところがあるのだろう。それはこちらも同じである。
二人は神妙な顔つきのまま、ぽつりと呟く。
「・・・・・・死ねる時に死ねないのはきついもんな」
「喉に魚の骨が刺さったときとかね」
『やめい、そのくらいで死のうとするんじゃない。とにかく、終わらせ方は任せるよ』
「わかった」
「りょー」
手短な返事の後、通信は途切れた。オクゥーはタブレットを腰に差し込み、二人は改めて斧を構え直す。
いまや大男はズボンと靴だけを残し、上半身は白骨だけとなっていた。
その異様な身体で大剣を振りかざすと、すぐに下段に構えを切り替え、地面を踏み込む。
あまりの踏み込みで、轟音とともに石畳が粉々に砕け散る。
先ほどまでとは段違いの速度。オダーは反射的に防御の姿勢を取るしかなかった。
反射的に、オダーの脳裏を「無理だ」という言葉がよぎった。
何度も打ち合ったからこそ理解している。
膂力の差ではない。――武器がもたないのだ。
「まずった……!!!」
大剣を受け止めた瞬間、両手の斧は甲高い音を残して粉々に砕け散った。
威力そのものはどうにか殺せた。だが、次に切り上げが来れば耐える術はない。
――そうだ。耐えられなかった。
間髪もなく振り上げられた刃に、オダーの腕が斬り飛ばされた。鮮血が噴き出し、辺り一面を真紅に染めていく。
「オーノーだな! オクゥー! やるぞ!」
「さんきゅーオダー!もう喋んなくていいよ! 了解ッ!!!」
もはや一刻の猶予もない。
オダーは切断された腕を気にも留めず、残った右腕で投げ渡されたオクゥーの斧を受け取りながら詠唱を始める。
短いながら、祈りのような、否定のような、それは心の叫びのような。
この世界に来た時、戦うための理念を形にした言葉だ。
二人はシンクロしながら叫ぶ。
『神すら描かぬ獣を纏い!!!』
全身を傷だらけにしながら、何度も何度も二人は交互に打ち合う。
オクゥーもオダーも、実質一手しかないため、次第にその傷がもっと増えていく。
血煙が舞い、皮膚が飛び、吐血し、魂が削れるような音がする。
それでも。
『理を砕き、常世を穿ち!!!』
答えない世界に嫌気が差したあの時代。
理由も無くただ毎日生きていたあの世界。
そこに別れを告げて、何のためにここに来たのか。
『八百万の命へ、冒涜の御旗とならん!!!』
一度でもいいから、思い通り生きてみたかったのだ。
それが叶うならなんだって構わない。手を伸ばす。
破顔一笑。
オダーとオクゥーは内から湧き出る思いに溢れ、満ち、生を謳歌していると心から感じて笑う。
化け物をやるのは楽しい。心の底から楽しい。
だから、もっとやりたい。
オクゥーが両手でハンドアックスを使い、大剣の振り下ろしを受け流した瞬間、
『―――亀毛兎角』
絞り出すような声と共に、音もなく大男の首が空中を舞った。
切り落とされたはずの右腕には、鎌のような真っ黒い鳥の腕がついており、斬り終えたオダーの姿勢は微動だにしない。刃を振り抜いた形のまま、呼吸すら殺して立ち尽くしている。
その眼光だけがなお、敵がまだそこに立っているかのように射抜き続けていた。
次の攻撃が来ないことを肌で感じ取った瞬間、二人はその場に崩れ落ちた。
「ぶっはああああああああああああ・・・今までで一番やばかったんじゃないこれ」
「うちもさすがに負けたと思ったわ」
「憎しみの重さなら俺達は負けてた。頼る先が悪・・・くわないか、相性良いし。相手が悪・・・くもないな、俺等に相性ドンピシャだし。・・・なんで勝てた?」
「執念じゃない? だってほら、そこ見てみて」
変化した腕を元に戻しながら落ちていた自分の腕を拾って繋ぎ合わせると、オクゥーが指さした方向に視線を向ける。
そこに『多分人』がいた。
何故『多分』なのかといえば、朝日に照らされたその姿は輪郭がかろうじて残っている程度で、今にも消え去りそうだったからだ。
声もなく、その人影は頭を下げようとする。
だが二人は同時に、それを制した。
「勘弁してくれよ。俺らはやりたいようにやっただけだ。お前を救おうとして戦ったわけじゃねぇ」
「強いて言うならそのでかぶつが悪い」
オクゥーは地面に突き刺さったヴォーパルソードを指さし、不機嫌そうに言い放つ。
大男の幻影は、体を震わせて大笑いすると軽く手を振り、残された骨も一緒に霧のように消え去った。
二人はやれやれと腰を上げ、躊躇なくオダーが地面に突き刺さったヴォーパルソードを引き抜く。
途端に、憎悪、悲嘆、怒り、後悔――数え切れぬほどの記憶が流れ込んでくる。
だが知ったことではない。それは自分たちの感情ではないからだ。
―――黙れと念じると流れは唐突に止まり、ヴォーパルソードはただの大剣となり沈黙した。
オダーはうんともすんとも言わなくなった刃を拳で軽く叩く。
本来自分たちのような者に対する特攻武器だが、ここまで頑丈であれば乱暴に扱っても問題なさそうだ。
壊れた斧の代わりに、しばらくは予備武器として使えるだろう。どうせ拠点に帰れば、あの引きこもり錬金術師が新しい武器を用意してくれる。
「花でも供えるかオクゥー?」
「いらないでしょ。あれからすれば、うちらだって嫌われ者だし?」
「それもそうか」
「というか、残りの奴隷ちゃんたちどうすんの。うちら満身創痍だよ?」
オダーはすっかり失念していた本来の任務を思い出すと、うんうん唸って嫌そうな顔でぽつりと答えようとする。
だが、オクゥーにはわかる。オクゥーだけは、次に出てくる言葉の危うさを察してしまった。
慌てて飛びつき、オダーの口を両手で塞ぎ込もうとするが一歩遅い。
「待って駄目言わないでま」
「・・・ドリルを呼ぼう」
「言わないでって言ったじゃんうちら同一人物なんだからさぁ! わかるでしょ!?」
オクゥーは飛びのいて足を踏み鳴らし、半ば地団駄を踏む。
無表情でオダーは肩をすくめた。剣の切っ先で地面の石を弄びながら、淡々と告げる。
「そうだが、もう俺たちだけじゃ収集つかねぇし人手が足りねぇよ。元々そっちは別口用意されてる予定だったろ?」
「このでかぶつのせいで絶対絶対死んでるって!!! 旦那も想定外でしょこれ!!!」
『想定外デース』
オクゥーは両手を振り回しながら大男の残骸を指差す。
そしてタブレットから間の抜けた声が応えるが、どう聞いても棒読みである。
「ほらやっぱりそうじゃん!!!」
「絶対嘘だゾわかってたゾこれは」
オクゥーは取り出したタブレットの画面に向かって指を突き立てて叫ぶ。
苦笑しつつ、オダーは倒れた瓦礫に腰を下ろす。
『でもね、残念なお知らせがあるんだ』
「「何?」」
「スピーカーにしてたせいでもうドリルがそっちに向かって走ってった」
ドドドドッと地響きが迫るたびに、森の奥からバキバキと木々が折れる音が連続して響き渡る。
遠くからでもわかるほど、空へ向かって枝葉が四方に飛び散り、慌てた鳥たちが一斉に飛び立つ。
まるで森ごとブルドーザーで削り取られているかのように、一直線の破壊の道が刻まれていく。
「「爆発オチなんてサイテー!!!」」
二人同時に天を仰ぎ、両手を広げて叫んだ。
異世界日報 本編 神田進 @kanda_3
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