第5話

 


 エンネはバードと共にアスラ王国へ来ていた。

 プルガトリオム・バレーは大陸の上部左らへんに存在する街だが、左隣の厳しい山岳地帯を超えた先にアスラ王国はある。

 特産は小麦。

 アスラ印の小麦は、その質の高さと低価格が特徴であり、世界的に最も流通量が多く広く知られている。

 国土の八十~九十パーセントが平地であり、大規模な農業が容易であるにもかかわらず、残りの山岳地帯でも多様な鉱石が豊富に採れるという、非常に恵まれた立地条件にある。

 また王は血統で選ばれるのではなく、国民の投票で選ばれる。

 といっても、大概は前王の息子娘たちから選ばれる傾向が強いのは間違いないが、それでも明らかにお世辞にも『向いていないな』と思われる王子や王女が選ばれることはない。

 いつだったか、前の王子がその決定に反旗を翻してクーデターを起こしたらしいという話はそれとなく噂で聞いたことはあるが、それも即座に聖剣によって鎮圧されたようだ。

 そう聖剣。この国の王は、自動的に聖剣の担い手となるのだ。『平等を以て王家の理念とする』は幾度となくどこでも聞く、王家を称える言葉なのである。

 ゆえに通称、聖剣の国とも呼ばれる。 



「顔を上げよ。さて、バード殿。何の知らせもなく突如訪れた上に、聖剣を拝見したいとは、一体どういう意図であろうか? 余に詳しく聞かせていただこう。」



 国宝を突然訪問してきた男へ簡単に見せるわけがない。

 特に、要注意人物とされている相手だと。

 豪奢なローブを身に纏い、玉座に深く腰掛けているのは アスラ王国国王、ヴァルデマル・タピオッセン・イルマリ・アスラ。その人だ。

 筆舌にしがたい緊張感と物珍しさで体は硬直していたが、昨日の出来事による衝撃で心は妙に冷静だ。

 エンネは今までただの村人であったため、当然ながら自分の国の王をこんな間近で見たことが無かった。

 神妙な面持ちで王の顔を見る。

 非常に端正な顔立ちで、王とは思えないほどがっしりした体格。

 額は広いが髪の毛が後退しているわけではないようで、髭も髪も濃く立派なものだ。

 しかし、以前にパレードで見かけた威厳のある印象とは違い、今日の王はそれが欠けているようにも見えた。

 言ってしまえば、上位者特有の緊張、空気感が無い。

 心底、面倒くさそうな顔付きでため息を吐いているからだろうか。

 対するバードさんはニコニコ笑ったまま黙って特に何も言わない。

 数秒間の沈黙ののち、王が指を鳴らすと側近たちは各々に不服そうな表情を隠すことなく黙って下がっていった。

 


 「ふむ、忠誠心が高いのは良いが考えものだな・・・。さて、お前さぁ、普通アポ取ってからこいよ。王だよ余? わかってる?」

 「誰が頑張ってその地位に付かせたと思ってる?」

 「へいへいありがとーごぜーますぅー」

 「よろしい」



 エンネは、あまりに軽薄な態度になった王の豹変ぶりに度肝を抜かれて指をさしたまま、浜に打ち上げられた魚のように口をぱかぱか開けて何も言えなくなった。


 

 「あっ! あー、すまんご。エンネ・ラウハ・マケラネンだな? これより貴殿は険しく困難な道を歩むこととなろう。余にできることがあれば、いつでも遠慮なく申し出るがよい。」

 「あ、ありがとうございます! 恐縮です!」



 慌てて頭を下げるエンネを見た陛下は首を傾げながら眉をひそめて困惑した顔でバードに問うた。



 「どういうことだ? お前のギルドに送られるのだから、当然とんでもない問題児かと思えばどう見ても農民育ちの素直ないい子ではないか」

 「それに関して『は』本当に何もしてない。こっちも逆に驚いたぐらいだ」

 「ふむ? ・・・まさか本当にあみだくじで選んだのか?」

 「お前そんなこと言ったのか?」



 陛下は威厳を増すため伸ばしている最中の髭をぞりぞり触りながら、明後日の方向を見ている。 



 「えーと、確か最初三人まで絞った、と人づてに聞いたんだよ。こういう人材を選ぶ行為っていうのは時間もかかるし、迷うのは当然だろうからゆっくり選んでねって意味も込めて文を送ったんだよ。でだ、結局決め切れなくて迷いに迷って完全体ノイローゼになったギルドマスターが、夜中に余の寝室まで忍び込んで来て、半狂乱になりながらどうしたらいいか聞いてきたんだ。どうやら余の文、ただのプレッシャーになっただけだったらしい。ハッハッハッハッハ!!! クソビビったけど眠かったし明日も早いし適当な返答して寝ようと思ったんだ。いやほら王って仕事多いじゃん? 寝たかったんだよ仕方ないだろ。眠たい頭を動かしてギリギリ記憶に残ってる返事が『じゃあもうあみだくじでよくね?』だ。そしたら憑き物が落ちた顔して帰ってった」

 「待て待て待て色々突っ込みたいとこはあるがまず警備体制どうなってんだお前」

 「気にするな。もしあいつが来たら暗部にも通せと命じてある。俺と同じ最高権力者だ。色々と他人には話せない話が多いんだろう。それに・・・」

 「それに?」

 「・・・わかってるだろうに。で、結局お前何しにきたんだ。ただ聖剣見たいだけじゃあるまい?」

 


 バードは少し考えてから何気なく答える。



 「社会勉強だよ。社会勉強」

 「ふぅん・・・社会勉強ねぇ・・・」



 陛下は目を細めて薄く笑みを浮かべたまま腕を組むバードをしばらくじっと見ていたが、ゆっくりとため息を吐いてからおもむろに右手を上に伸ばす。



 「本来であれば有事以外で呼ぶことなど有り得ないというか普通に歴代の王に怒られそうだが乙女のためならば多分怒られまい!!! 聖剣アスラディオン!!!」


 

 エンネは本当にそれでいいのかと心の中で突っ込んだが、所詮平民の身分である自分には発言権など無いに等しい。それは相手が良しとしていたとしてもだ。

 光が玉座に満ちる。

 眩しく散った光が少しずつその手に向かって収束し束ねられる。

 形は剣。装飾も少なく、華美の際立つ輝かしい宝石もない。質実剛健で実践向き。そんな印象を受ける肉厚の剣だった。

 王が持つにはいささかシンプルすぎるとも思う。



 「これが聖剣アスラディオン。王家に代々伝わる剣だが、認証した者以外は触れないようにできてる」

 「ま、抜け道があるんだけどね」

 「おい馬鹿止めろ」

 「ふふふ・・・」 



 バードは何やら不敵に笑っているが、王様は本当に慌てている様子だった。


 

 「すまない。もしそれを知ってしまったら、このいけすかない鳥野郎以外は極刑に処さないといけなくなるんだ」

 「ヒェ」



 反射的に肺から音が出た。

 声にならない悲鳴とはまさにこのことである。驚きすぎて身震いする暇すらなかった。



 「あぁ済まない、脅かすつもりはなかったんだ。ただ事実としてそうだというだけでね・・・」

 「試しに触らせてみたらどうだ? 案外握れるかもしれんぞ」

 「それで握れたら俺は王様引退だな! ハッハッハッハッハ!」



 エンネは話がよくわからず、首を傾げていると王様が簡単に説明する。

 早い話、この剣を握ることが出来れば王様になる資格が得られるとのこと。

 どういう基準で選ばれているかどうかは王様にもわからないらしいが、少なくとも今の王様――ヴァルデマル・タピオッセン・イルマリ・アスラと似たような性格の者たちが選ばれているらしい。

 宮廷魔術師や錬金術師、鍛冶師達も総出となって調べているが、未だ細かい資格条件は不明。

 強いてわかっていることといえば、王家に伝わる伝承に『勇がある者』とある記述のみ。



 「この鳥野郎がほかにもどうやら推測を立ててるみたいなんだが教えてくれないんだ。君からも言ってくれないか?」

 「そんな・・・恐れ多いのでちょっと無理です・・・」

 「お前どういう教育してるの? めちゃくちゃ怖がってんじゃん」

 「どうもこうも出会ってまだ二日だが?」



 王様とバードはああでもないこうでもないと適当なやりとりを繰り返した後、とりあえずせっかくだしどうぞと王様に差し出されたため、しぶしぶ剣の柄を触ろうとした瞬間、爆音で王の扉が開かれた。

 あまりの衝撃に蝶番すらほとんど破壊されてかろうじて引っかかっているほどである。

 埃は舞い散っており、鼻に入ったのかエンネはくしゃみをしていた。



 「王よ!!! 剣を呼ぶ声が聞こえましたぞ!!! ご無事か!!!!」

 「やかましいわ、ジャック!!! お前は何回言ったらわかるんだ! 入るたびに扉を壊すな!!!」



 王家に仕える騎士団長ジャック。人は彼を猪突猛進、一心不乱、曲がれない槍という。

 寝る時ですら常在戦場をうたっており、常に赤いフルプレートアーマーを脱ぐことはなくそのまま寝ているらしい。



 「しかし某・・・」

 「だっても、しかしも、クソもあるか! 大体、鳥野郎が来てるって時点で俺に危険があるわけねぇだろうが!!!」

 「バード殿は素晴らしい能力をお持ちではありますが、未だに信用はちょっと出来ないのでありますゆえ!」

 「それは・・・お前・・・そう、うん、まぁ、それはそうなんだが・・・」

 「え、なにこの公開悪口大会? 泣くわー。ということで目的は果たしたので帰るよエンネ」

 「っふきゅしゅん! ひゃ!ひゃい! 王様、鎧の人! ありがとうございました!」

 


 そう言ったっきり気が付けばバードは扉の向こう側で背中を向けて歩きながら手を振っていて、慌ててエンネはそれを走って追いかけた。



 「毎回某がバード殿と会話しようとするとこうでなのですがなにゆえ?」

 「んなことはどうでもいい。片付けろ」

 「イエスマジェスティ!」



 王様は肩をがっくり落としてため息を吐くと、剣をしまいながら玉座に戻る。

 当然あの鳥野郎がただの社会勉強でこの聖剣を見に来たとは考えづらい。しかし目的が全く見えない。

 これは王となった今であればこそ、いくつかの起動条件を知っている。

 国内の騒乱が落ち着いた今、散々平和主義を語ってた奴がわざわざ政争を複雑化させることがあるだろうか。

 ともあれ、何を考えているかわからない奴が一番怖いのだ。

 何が起こってもいいように、王は備えることにした。王という生き物は用心深いのだ。



 「おいジャック、掃除が終わったら訓練を急がせろ。何か嫌な予感がする」

 「王様は心配性ですなー」

 「馬鹿言え、慎重にやりすぎってこたぁ無いんだよ」



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