第225話

 なんとなく親しくなって恋が始まる……というのを疑わないで、ケリーという青年は、双子のメイド姉妹からある意味がんばれと応援されている。

 応援されているけれど、惚れられないというところが、なかなか厳しいところではある。


 村からレルンブラエの街に来て可愛い服を着て、がんばってお仕事もしていたら、恋してくれる人があらわれて……というのを信じていて、働いているけど、ちっとも恋が始まらない。

 なんでなんだろうと考えて、顔立ちとか体型とか、雰囲気みたいなものに差があって、どうしようもないけど、優しい人と恋をしたい。

 そんな理想と現実のギャップに悩んでいる村から出てきて二年目の乙女が、誰かに大丈夫だよって嘘でもいいから言われたいと、エリザの占い屋さんに訪れた。


 青年ケリーと占い屋に訪れた乙女も一生懸命がんばっているけれど、恋人ができたり婚姻したりすれば、何かとても幸せな気持ちで毎日が楽しくすごせると信じきっている。

 生まれてきたからには、絶対に幸せになるはず、と疑わないのと同じ延長線に恋愛や婚姻がある。


「ねぇ、知ってる?」

「えー、そんなおまじないを信じてるの?」


 不思議な銀貨の噂が囁かれている。赤く錆びた銀貨の噂。

 逆さに刻印が入っていることはまだ知られていない。

 ただし、この赤い銀貨を握って寝ると気持ちいい夢がみられると噂になっている。

 厄介なことに、この赤い銀貨を持っていると、恋人ができるという噂になっているのである。


 青年ケリーや相談に来たウエイトレスの乙女、そして、エリザもその噂を知らない。


 レルンブラエの街に来て二年目の、同じ店で働くウエイトレスの先輩と同居中の乙女ユウは、青年ケリーと、エリザの占い屋で出会った。

 ケリーは元ロイド盗賊団の最年少メンバーなのを、実はエリザは知らない。


 青年ケリーは、のちにヨハンネスに仕える執事となる人物。

 18禁オンラインゲームの聖戦シャングリ・ラには未登場キャラクターで、エリザの知らないマンガ化とノベライズに登場する人物なのである。


 もしも、青年ケリーがロイドの盗賊団の仲間だとエリザが知っていたら、雑用係の従業員として働いているのを許さず、強引に次の水が涸れた井戸の村や、ロンダール伯爵のところの予知夢の少女たちに会いに行くと言い出していたにちがいない。


 レルンブラエの街は、王都トルネリカに似せて建物や大通りが整備されている。

 ブラウエル伯爵の父親ケストナー伯爵が、トルネリカの華と呼ばれた恋の噂の多き美貌の貴族令嬢ジャクリーヌを妻に迎えたいとプロポーズした時、このレルンブラエの街の大整備もジャクリーヌから婚姻の条件に出され承諾した。


 この時すでに、レルンブラエの街にも、王都トルネリカが蛇神の都と呼ばれていた過去の因縁が準備されてしまったといえる。


 しかし、ジャクリーヌはそんな遠い過去のターレン王国建国前の歴史を知らない。

 ターレン王国建国前の蛇神の都について、よく知っている人物がいる。

 前世では、蛇神信仰の女神官たち生贄にされてしまった巫女であった記憶を持つ貴公子リーフェンシュタールである。


「ここらがよく女遊びをする奴らが、夜になると声をかけて交渉してる裏通りだ」


 蛇神の都の神殿へ向かう途中の石造りの家が並ぶ通りは、満月の儀式の夜には厳重に扉を閉ざして外で何が行われていても、一切関知しないようにしていた。


 ロイドに裏通りへ案内されて、リーフェンシュタールは、遠い過去の蛇神の都の乱痴気騒ぎの喧騒を聞いたような気がした。


「どうした?」

「大丈夫です、何でもありませんから」

「それならいいが、なんだか顔色が悪いぞ」


 リーフェンシュタールは、ぐっと恐怖を抑えこむ。

 まさか、レルンブラエの街で恐怖の感情の記憶が、じくじくとうじが湧くように呼び覚まされることになるとは、リーフェンシュタールにとって想定外であった。


 金貨と銀貨が取引で使われるのは、レルンブラエの街の掟を破っている素人娼婦に報酬を渡される時である。

 素人娼婦に渡される報酬の銀貨の中に錆びた赤い銀貨が混ざっている可能性が高い。

 ロイドとリーフェンシュタールは、素人娼婦と男性客が関係を持っている真っ最中の現場を衛兵たちと踏み込んで、このあたりの一斉摘発することにした。

 今は昼間で、下見に来たところなのである。


 アルテリスは何をしているかというと、ジャクリーヌ邸の客室で一人で、瞑想を行っていた。


 呪物をあえて使用して、意識を同調させることは危険な行為である。アルテリスは、逆さ刻印の赤い銀貨の偽りの夢をみさせる力の根源と銀貨のつながりを絶つことを考えていた。

 根源にあるのは、蛇神ナーガの力。それを取り込んでいる何かのものを想像してつかんで、夢の中で破壊する。

 今はまだ、それが何か想像しきれていない。

 自分の意識が取り込まれてしまっては目も当てられない。


 ジャクリーヌはブラウエル伯爵邸で政務の処理をこなしている。

 ロイドとリーフェンシュタールを一緒に行動させている以上は、一人で政務を行う必要がある。

 夫のケストナー伯爵が亡くなってブラウエルの後見人として、女伯爵と同等の立場で政務をこなしていた時期をジャクリーヌは思い出した。

 最近はロイドと仲良くのんびりしていた気分から、気合いが入っていた時期の自分に戻っていくような感覚がある。


 エリザは占い用の特別室で、相談客のユウに、恋愛運をまじめな顔つきで占っている。

 

 シン・リーは、怪しい客が来ないように占い屋の店の柱に爪とぎをして、術を施している。

 肉体がある相手とは限らないからである。


(あー、爪とぎしちゃってるよ。まいったなぁ)


 青年ケリーは、家の掃除の手を止めて、シン・リーの真剣な爪とぎを、ため息をもらしながら見つめていた。




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