死にたいヒーローと〇〇たい彼女

中々花

ヒーローを拾う

 平々凡々な世界。平々凡々な毎日。平々凡々な私。特別なんてなにもなくて、ある程度の幸福がある大学生活。上京してきて一人暮らしになったけど、親との関係も良好。二年生にもなると友人もそれなりにいるし、一緒に上京してきた親友だっている。

 普通で、少し贅沢な毎日。


 ……だったのに。


「紅茶、ちょっと渋くない? いや、淹れてくれたのはありがたいけど、お茶菓子みたいなのはないのかな? ねぇ空、聞いてる?」


 私の日常は、ヒーローによって壊された。


 例えば、例えばの話。もし、目の前に死にそうになっている女の人がいたら、みんなはどうするだろうか。声をかける? 無視する? 警察、救急車を呼ぶ? 私はまず話しかける。大丈夫ですか? この一言が全ての間違いだった。


 女は私の言葉を聞くと、むくりと顔を上げ、『あぁ、良かった。見ていただろ? 死にぞこなったんだ。とどめを刺してくれないだろうか。ほっといても死ぬと思っているんだろうがそれは無理だ。弱っている今がチャンスなんだ。頼むよ』と、まくしたてるように言って気を失った。


 ここで私の間違い、その二が発生する。あろうことか、私はこの女性を家に連れ帰ってしまったのだ。だが、これにはある程度の理由がある。本当は救急車を呼ぼうと思ったが、先ほどまで血が滴っていたお腹の傷が全くに塞がっていたのだ。これでは救急車が来てもなんて説明すればいいか分からない。……それに少し、気になることがあった。


 いや、本当はここまで冷静じゃなかった気もする。少なくとも血みどろの人間を見て平静を保てるほど、恐ろし人生を歩んできたつもりはない。


 そんなこんなで私の一人暮らしのアパートには、奇妙な女性、相良真白さがらましろさんが住みついてしまった。


「出て行ってください」


 お互い、名前だけの軽い自己紹介を終えた後、私は相良さんの質問には答えず、ピシャリといった。


「おいおい、君だって見ただろ。私がどれだけ重傷だったか。そんな私に出ていけだなんて……相名空あいなそらくん、君はそこまで非道な人間には見えないけどね」

「すっかり元気じゃないですか。あなた、色々怖いんですよ」

「素性の知れない相手を部屋に招いておいて、今更ねぇ」


 やれやれ、と相良さんは首を横に振り、


「ならば、すべてを知ってもらおう。それなら恐れる必要もないだろ?」

「居座るための時間稼ぎにしか感じませんね」

「疑り深い性格だな。生きづらいだろ、君」


 そう言った後、相良さんは部屋にある、かけ時計をチラリと見た。つられて私も時計見る。

 午後八時三十分。明るい時間が長い夏といえども、さすがにこの時間になると辺りは真っ暗だ。確かに、この時間に女性を一人で外に出すのは酷かもしれない。

 私は小さくため息をつく。


「わかりました。聞きます。ですが、後でいいので私の質問に答えてくださいね」

「ホントかい!」


 パァっと、相良さんの顔に満面の笑顔が浮かぶ。

 ……改めてみるとすごく綺麗な女性だ。少し気の強そうなキリっとした顔だが、その中にどこか……隙というんだろうか、愛嬌というのだろうか。そんな女性らしさを感じる。見た目は私よりも年上に見えるけど、実際のところはどうなんだろう……。

 あれこれと考えていると相良さんは続けた。


「それでは、まず私の正体から教えよう。君も見ていたと思うが……」

「…………」

「私はヒーロー! この国を守る、みんなのヒーローだ!」


 その言葉に、ざわつく心を必死に沈める。


 ……あぁ。やっぱり。

 ……あぁ。なのに、どうして。

 ……あぁ。私は、我慢しているのに。

 ……あぁ。ほんとうに。


「そうだったんですね。それでその回復力ですか」


 無機質に、私は笑う。薄く伸ばした感情は誰にも言えない。染み出した先にあるのは不快感だけ。

 でも、この人の話を聞けばなにか、分かるかもしれない。


「…………」


 私はテーブルの上に置いてある、ティーカップを手に取る。薄い鮮紅色の紅茶が静かに波立った。


 うん。確かに少し、渋いかな。

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死にたいヒーローと〇〇たい彼女 中々花 @nakanakahana

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