2.魔女との約束は放課後に(2)


     2.


「あら、ウッドロイさんじゃない。ごきげんよう」


「ごきげんよう。私は非常に機嫌がいい。貴殿きでんのご機嫌は、どうやらうるわしくなさそうだな」


「たった今よ。麗しくなくなったのは」


 冗談を聞き流すように肩をすくめるウッドロイ。


 ウッドロイの少し後ろにひかええている女子生徒は副会長だ。何も反応をせず、鳩原はとはらたちと目を合わせようとしない。


霞ヶ丘かすみがおかさん、貴殿を含めたドロップアウトたちについてだが――」


 特に目を合わせることもなく、ふたりは会話する。


「何か? 昨晩、学校内に侵入者があったみたいなんだ」


「どうしてそれでドロップアウトに矛先ほこさきが向くのよ。侵入者がいたら侵入者に聞くべきじゃないの? 私やドロップアウトも、この伝統ある学校の誇りある生徒のひとりじゃなくて?」


「その通りだな」


 笑うような仕草を見せたウッドロイだったが、目が一切動いていない。とてもじゃないが笑っているようには見えない。


「それに」


 霞ヶ丘は強い口調が言う。


「侵入者があったというなら防犯を担当しているそこの副会長サマの責任じゃないの?」


 隣に立つ副会長――ハウス・スチュワードは、


「…………」


 と何も言わない。


「彼女から報告があったんだ。侵入者があったとね。かばうみたいだが、彼女はその最低限度の責任を果たしていると私は考えている」


 霞ヶ丘ゆかりと、ウッドロイ・フォーチュン。


 構図としてはドロップアウトの代表と、エリートの代表の対立である。そうでなくとも、このふたりは以前から衝突があった間柄だ。


 下手に口を挟まないほうがいい。鳩原はハウスのほうを見る。


 すると、ハウスは一瞬だけこちらを見て目が合った。ハウスは嫌そうな表情を一瞬だけ浮かべて、すぐに目を逸らした。


「詳しくは調査中。もちろん、誇りある生徒である貴殿らとは無関係だと私は信じている。しかし、貴殿らを疑って止まない連中もいる。一枚岩ではないのだよ」


「それは生徒会長の責任じゃないの?」


「随分と責任を追及するではないか。学校を一致団結させるために生徒会長になった私だが上手くいかないものだ。そうやって言い逃れできない箇所を突かれると負けを認めるしかない。私は貴殿らが『誇りある生徒』であると信じて止まないが、そうではない人たちもいる。無関係であることを証明することが、その第一歩になると信じている」


 ここまでわざとらしく皮肉とか嫌味とかを言うのは相当である。


 エリート側もドロップアウト側と相容れようという気がないのだと、鳩原は聞きながら思った。


「それにしても、貴殿が落第らくだいしてからというもの、ドロップアウトの様子が変わったな」


「それは随分な言いがかりね。頑張って課題提出して補習授業を受けているのを『様子が変わった』なんて言い方は失礼じゃない? みんなで頑張って『脱・落ちこぼれ』を目指しているんだから活気づいているのよ。勉強を教えるために私はドロップアウトしたのだから」


「…………」


 何か言いたそうに沈黙したあと、ウッドロイは『かつかつ』と靴先を鳴らす。


「『気に入らない』と言っていたな」


「? ああ、さっきの鳩原はとはらくんに対しての評価のことね。そうよ、気に入らないわね。頑張ってる奴が評価されないのって――」



「頑張っていれば評価されるような場所ではないと自覚してほしいところだ」



 あまりにも強い口調でその言葉は放たれた。


「あら、あらあら。学校って頑張ったところが評価される場所なんじゃないの?」


「今までどんな学校にいたのか知らないが、頑張りが評価されたいならその評価をされる学校に行くべきだ。ここは


「……あっそ。肝にめいじておくわ」


「そうしてくれると助かるよ。それでは」


 ウッドロイは軽くお辞儀をしてその場を立ち去る。


 副会長に同じようにお辞儀をして、そのあとをついて行く。


 エリートの代表である生徒会長のウッドロイ・フォーチュンと、ドロップアウトの代表になった霞ヶ丘ゆかり。


 ふたりの衝突を遠巻きに見ていた生徒たちは掲示板の前から立ち去って行く。掲示板の前に取り残されたのは霞ヶ丘と鳩原のふたりだけだった。


「……さっきの言い合いは私の負けね」


 少しの沈黙のあとに、霞ヶ丘はそう言った。


「『脱・落ちこぼれ』とかなんとかって、もしかして、ドロップアウトしたのって、それが理由なんですか?」


「まさか。本気にしないでよ。でも、まるっきり嘘ってわけじゃない」


 霞ヶ丘は言う。


「少しだけ本当のことを言うとね、私はこんな学校を変えてやろうって思ってるのよ」


「学校を、変える……」


「具体的な方法はまだ何も思いついていないけどね。でも、あのままエリートで居続けたら、そんなこともできないと思ったのよ」


 霞ヶ丘は堂々と胸を張って、こう言った。


「だから、ドロップアウトしたのよ」


 鳩原は言葉が出てこなかった。


(……この人は)


 そんなことで、自分の今までを棒に振るような真似をしたというのか。


 これを聞いて、改めて――この人はめちゃくちゃだと思った。


 それはあまりいい意味ではなく、だ。


(変わった人というか、少し常軌を逸している)


 基本的に向上心の高い人で開拓かいたく精神の強い人だが、そんな中にこういう破滅的な行動が見え隠れしている。


 こういう奇抜なのにかれてしまうのが鳩原那覇なはという少年なのだが――そんな鳩原でさえ、この人物は避けるべきだと思っている。


(ああ、でも、それは今も同じか……)


 そういうものに魅かれているのは今も同じだ。



 昨日の夜のことを思い出す。出会った侵入者のことを思い出す。


 ダンウィッチ・ダンバースと名乗った、あの魔女のことを思い出すのだった。





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