３．

　この日の授業を終えた放課後、学校に外出届を提出した。

　門限までに戻ってくることを条件に許可が下りたので、鳩原（はとはら）は手荷物だけ持って出発した。

　ゴシック調の石造りの建物が密集している校舎、それらを取り囲む石造りの塀。金属でできた仰々（ぎょうぎょう）しい校門を出ると、舗装（ほそう）された道があるが、その周囲には背の高い木々が生い茂る森がある。

　アラディア魔法学校は、そういう辺鄙（へんぴ）な場所にある。

　その舗装された道を三十分ほど歩くと駅に到着するが、そんなに時間をかけていられないので、友達から自転車を借りてきた。

　鳩原はその緩やかな坂道を下っていく。

　舗装されているといっても、自動車が一台と少しくらいの道幅しかない。

（戻るときは大変なんだろうなあ）

　と、坂道を下りながら思った。

　これは箒（ほうき）に乗って飛べたらそんなことを気にしなくてもいいのかもしれない。

　それこそ、びゅんっ！　と、ひとっ飛び。

（魔法使いのための学校……か）

　僕なんて場違いもいいところだ、と思った。

　建物のない木々を掻き分けるようにして作られた舗装された道を進むと煉瓦(れんが)造りの駅が見えてきた。

　この無人駅がアラディア魔法学校の最寄り駅である。

　学校に提出した届け出には『町まで買い物に』と書いたが、平日の学校終わりに電車に乗って町に出て買い物というのは、かなり慌てて動かないと門限の時間には間に合わない。

　だから、平日の学校終わりに出かける奴なんてまずいない。

　そりゃあ、届出を受け取った事務員さんも怪訝（けげん）な顔をするわけだ。

　駅の傍（かたわ）らにある駐輪場は最近になって作られたスペースである。そこに自転車を停めて、駅の待合室に入る。

　そこにはひとりの少女が座っていた。

　昨日の夜とは格好が違う――悪魔の角（つの）みたいな真っ黒な帽子は被っていないし、膝丈まである不気味なローブも着ていない。

　草臥（くたび）れた白っぽいシャツに、膝が見えるくらいまでの黒いスカートという格好をしている。昨晩では薄暗くて顔まではっきりとは見えなかったが、整った顔立ちをしている。

　その中でもやはり気になるのは、その痩せ過ぎな風貌（ふうぼう）だ。

　髪なんて適当な刃物で切り揃えたという感じでかなり痛んでいるし、爪なんて割れていて、指先はぼろぼろになっている。

「こんにちは、ダンウィッチ」

「おはようございます、鳩原さん」

　何やらご機嫌が麗（うるわ）しくないようだった。

「……ダンウィッチ、もしかして、かなり待った？」

「いいえ、なんてことありません。ちっとも待っていません。私は待つことが大好きですので。ですが、そうですね。せっかくですので鳩原さんのご希望に応えると私がここに座ったときの太陽の位置はあのくらいの位置でした」

　指差したほうは東のほうだった。

　朝じゃん。

『また明日、ちゃんと話をしよう。そうだ、駅で待ち合わせしよう』と言ったのが昨晩のことである。確かにお昼休憩の頃に『そういえば時間を決めなかったなあ』と思って不安には思っていたが……。

　これはやってしまった。時間を決めなかったのは失敗だった……。

　朝から待たされて、夕方にやってきたら……そりゃあ機嫌も悪くなる。

　まあ、仕方ない。予定していなかったわけではないが、こうなったら町に出て、何かごちそうしよう。それで機嫌が直るかわからないけど、何もしないよりはいいはずだ。

　仕送りがあるとはいえ、あまり手持ちがあるわけではないけど。

　門限を破ることになるのは……それは、まあ、怒られたら謝ろう。

　それよりも先にダンウィッチに謝らないと。

「ダンウィッチ、本当にすまなかった」

「いいですよ」

　と、不機嫌そうな表情から少し笑みを浮かべた表情に変わった。

「そんなに怒っていませんよ。ちゃんと謝ってくれたらそれでいいんです」

　ダンウィッチはすっと立ち上がった。

「それに、ちゃんとここに来ていただけたのですから。それで私は十分ですよ」

　そう言って、ダンウィッチは駅の待合室から出て行く。

「どこに行くんだ？」

「場所を変えようかと思います」

　人差し指を唇（くちびる）の前に立てて、囁（ささや）くように言った。

「内緒（ないしょ）の話をしますので」