9-2
例のごとく女子三人組とアジトへ到着すると、他のメンバーはもう到着していた。しかしリビングにいるのはレッドさんと麗子さんだけで、光里さんと忠義さんはいなかった。忠義さんはどこかの部屋で瞑想しているそうで、光里さんは図書室に行っているそうだ。
イリスも到着次第図書室へ向かったし、殊袮も一人になれる部屋で何かの作業があるということだし、相沢さんも何の用事があるのかわからないが「ちょっと出るね」と言って別の部屋へ行ってしまった。よって今リビングにいるのはパソコンをカタカタ打っている麗子さんと、書類仕事をしているレッドさんだけということになった。なのでぼくは静かな空間で宿題を始める。
「勉強熱心だね、トキオ」
と、書類を書きながらレッドさん。
「宿題なので」
「最近の若者は真面目だ」
ふむ、とぼくはレッドさんを見る。すると作業を中断した。
「レッドさんにしては珍しい物言い」
「これは世間話のきっかけ」
「じゃ、どうぞ」
と、ぼくは投げかける。
「“最近の若者は”っていう言葉は汎用性が高いんだよね。最近の若者は全然勉強しない、って言い方もできれば、最近の若者は勉強ばかりしている堅物だ、とも言える。まあ若いということ自体が気に入らないってわけさ」
「困っちゃうなぁ、そういうの」
「まあ、若さは富に匹敵するからね」
「そうですかねぇ」
「そうとも」
と、ここでレッドさんは微笑みながらも真面目にぼくの目を捉えたので、ぼくも少し緊張する。麗子さんも邪魔をしないようにと考えてくれているのかひたすらパソコンに集中している。
「初めて会ったときも言ったが——君たちは気づかないかもしれないが、君たち若者は無限の可能性を秘めているんだよ」
どうやら対話が始まりそうだった。
が、ぼくは「え〜」とレッドさんの言葉に疑いが隠せない。この一年、特に何かを成し遂げたということもないことを思う。だがレッドさんは続けた。
「これは嘘偽りでも何でもないこの世界の真理である」
「そうですかねぇ」
「そして、三十代を半ばも過ぎる頃に、無限の可能性は有限の可能性になる」
「体が衰えてくるからですよね」
ふふ、とレッドさんは笑う。
「夢を追うにしろ現実を生きるにしろ、体が資本なのさ、って話さ。だからこそ君たちは無限の可能性を持っているってわけだ。だって体力もエネルギーもあるからね」
「ふむ……」
「これが年を取ってくるとね」
「レッドさんまだ二十代でしたよね」
「でもアラサーだ。今のところは日常生活に支障はないけど、いつかそのときがと思うとオレも不安である」
「でもあの」と、ぼくは反論した。「今の話、四月のときも同じ話してましたけど、でも、いくら無限の可能性を持っているからって無茶なことはできないですよね。例えば若さは富に匹敵するって言いますけど、だからといって若いんだから貧しい暮らしをしてでも夢を追えっていうのも違いますよね」
「そうだね。だからここで『昔はよかった』『私たちの若い頃はもっとまともだった』が発動するわけだよ。おれたちが若い頃はがむしゃらにやってたぞ、最近の若者はなっとらん的な」
「本当に、困っちゃうなぁ、そういうのって」
「でも無理もないんだよ。四十代になって若い頃できたことが一つ一つできなくなっていって、五十代になれば不慮の事故とかではなく同級生が死に始めるし、六十代ともなれば認知症のリスクもある。要するに、年を取っていけばいくほど一日一日に焦りが出てくるんだ。人生を逆算して考えなければならなくなっていく……」
「うーん、切ないなぁ……」
「みんな、この世界にうんざりしているのさ」
世界?
「みんな、色々限界なんだよ。目指すべきものや嫌なことがあって、それと闘って、そして勝利して手に入れたいものを手に入れればいい、というやり方に、もうみんな飽き飽きしているんだよ。でも他のやり方を知らないから、仕方がないのでこれまでやり続けていたことをこれからもやり続けるしかできることがない。そんなこんなで、意識的にしろ無意識的にしろ、みんな今のこの世界に限界を感じているのさ」
はて、これはさっきから一体何の話をしているのだろう。レッドさんはぼくに決定的に何か言いたいことでもあるのだろうか。
でも、とぼくは言う。
「でも、そんなこと言われてもどうすりゃいいんですか。やっぱりそう簡単に世界は変えられない」
確かにレッドさんの言っていることはわからなくはないし、実際言う通りなんだと思う。しかし、とぼくは強く思う。
そう。例えば陰陽連合のみんなは、それぞれの考え方があってそれぞれのやり方でもってそれぞれに世界を変えようとしている。でも、ぼくは思う。世界はそんなに簡単には変えられない。世の中には色々な人がいる。色々な考え方を持っている人たちがいるのが世界の“普通”だ。そして、その色々な考え方を他人が根本的に理解できたりはしない。なぜなら誰も他者の立場になることは絶対にできないからだ。だから人と人とは分かり合えない。あるいは同じゴールを夢見ていたとしてもアプローチの仕方が異なるから人と人とは争い合うのだ。世界はそんなに簡単には変えられない。いくら無限の可能性を秘めていようが、無理なものは無理、それが真理のはずだ。
だけど、ぼくがそんなことを考えていると見抜いているのかあるいはそうではないのか、レッドさんは、穏やかな笑みをたたえたまま、ぼくにこう言った。
「世界を変えるのは冒険心さ」
「……」
「なんであれ、ね——」
そのとき、警報が鳴り響いた。
「警報だわ」と麗子さんは仕事を中断してモニターを見る。「出現場所は……例の神社ね」
「おっけ。出撃だ。トキオ、いいね?」
「あ、はい」
そして隊員たちがリビングに集合し、ぼくらはそれぞれの舞台に立っていく。
これがぼくの日常。
それは他人の視点からすればドラマチックなことかもしれないが、今となってはもう慣れてしまった、ぼくの日常生活である。
……というわけでこの物語はとりあえず幕を閉じる。
ぼくの中学一年生の一年間が終わろうとしているが、日々はまだまだ続いていく。
陰陽連のみんなは、昔から異形のものと戦ったり関わったりしてきて、その中でそれぞれ色々なものの考え方をするようになっていったのだろう。
でも、それは全人類がそうだと思う。みんな、それぞれ違った生き方をして、それぞれ異なる人生を過ごし、みんなそれぞれの課題に取り組みながらそれぞれの物語を生きている。それと同じことだ。
そして、少なくとも自分の霊力はまだピークには達していないのだろう。だからこの物語は、どうもかなり長いこと続いていくようである。
でもそれはまた次の機会に。
「よし、出撃だ!」
「了解!」
そして、やがてぼくらは自分の世界の入り口へと突入していくのだった。
それが無限の可能性によるものなのかどうかは——ちょっとわからないけどね。
This is the end of Tokio's story.
〈了〉
鬼哭アルカロイド〜衒学的にありえない〜 横谷昌資 @ycy21M38stc
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