7-2

「こないだ部活のやつらとトラブったんだよね」

「何が原因で?」

「バドミントン部の今後の方針に関して」

「重大トラブルだね」

「それでまあ、おれはおれという人間なので、これがこうでああでこうでってことを言ったわけよ」

「通常運転だね」

「したら、まるでわかる気がないわけよやつらは。要するにおれの意見が全面的に気に入らないと」

「名梨に味方はいないの?」

「いるいる。ちなみに先輩みんな味方。でも、先輩みんな気弱だから飲まれちゃって」

「うーむ」

「で、おれは言ったのね。それでも分かり合える部分を大切にしようと」

「そしたら?」

「人と人とは分かり合えないんだよ? とか言われちゃってさぁ」

「身も蓋もないね」

「マジでだからこそ、だからこそその上でどうすればいいのか——って話のはずなのになぁ……」


 アジト。

 なぜかレッドさんと二人でいる。“なぜか”ということでもないのだが、この陰陽連合に参加してアジトでレッドさんと二人きりというシチュエーションになることは非常に珍しい。大体麗子さんとイリスは常在している感じなので、その二人がいないというケース自体が珍しいと言ったところか。

 レッドさんは何かの書類を書いていたりパソコンに打ち込んでいたり。陰陽連の活動に関する書類なのだろうか。あるいは個人的な案件なのか仕事の案件をここに持ち込んでいるのか。とにかくさっきから書類仕事をしている。ぼくは大人の仕事の邪魔をするほどお子さまではないつもりなので、一人で特に理由もなくスマホをいじるという無為な暇潰しをしている。

「トキオもだいぶ慣れたね」

 ふと書類に目をやったままぼくに口を開いて、先日の相沢さんと同じことを言われたのでぼくはやや気になった。そんなにぼくは順応が早かっただろうか。相沢さんや殊袮は慣れるのに時間がかかったのだろうか(なんとなく忠義さんは慣れるのに時間がかかったような気がするが)。

「それ、相沢さんにもこないだ言われたばっかりです」

「なんて返した?」

「だいぶ慣れた、と。そしたら人って慣れるんだよね、と」

「明日香らしいな」

 カタカタカタ、と、キーボードを打ちながら、しかしぼくに話を続ける。

「トキオは鬼哭アルカロイドを“何”だと思ってる?」

 それはぼくが相沢さんに訊いたことだったが、改めて自分に向けられると回答の難しい質問であることを悟る。

「そうですね……」

「うん」

 タブレットをいじりながら、しかしレッドさんはやけに興味があるようだった。

「特に何も」

「何も?」

「相変わらず、ストレス解消の、リフレッシュに、という程度で——定期的に雑草を刈り取ってるぐらいの感じで普段やってます」

「ふむ」

 万年筆を持ってカリカリカリと書類に向かう。

「レッドさんは?」

「うん?」

「レッドさんにとって、鬼哭アルカロイドとは?」

「オレは正直どうでもいい」

 意外——でもなかった。正直、ぼくはそんな気配を彼から感じていた。

 レッドさんは続けた。

「麗子の考え方に近いんだよね。多分、鬼哭アルカロイドとは何なのか、っていうことを突き詰めて考えるよりも先に麗子を守らなきゃってことを考える方が先に来たからなんだろうけど」

 そういや麗子さんはレッドさんが好き(というのもぼくの思う“好き”とはちょっとレベルが違うようだが)ということだったが、レッドさんは彼女のことをどう思っているのだろう。

「まあとにかく」

 結構な重要事項を聞きそびれてしまった。

「オレの仕事は、どっちかっていうと鬼哭アルカロイド抹消よりもスカウトだから」

 スカウト?

「前も言ったけどね。トキオや明日香やイリス——みんなをここに招くことによって結果的に守るってことが、オレのメインの仕事だと、オレは思ってる」

「守る……」

「オレは鬼哭アルカロイドが何なのかはわからないし、それより、そんなのどうでもいいって気持ちの方が強い。でも、鬼哭アルカロイドと物心ついたときから接していた者たちの複雑な気持ちは同胞としてわかる。だからこそ、高位の霊力を持った人間たちを陰陽連にスカウトして、自分なりに鬼哭アルカロイドと向き合っていけるようにしていくのが、オレの仕事だと思ってる」

 確かにぼくは救われている。

 幼い頃からの絶妙な孤独感——“誰にも話を聞いてもらえなかった”。

「ま、上のやつらなんかからするとオレはボランティア精神旺盛なお人好しってことだがね」

 そういえば陰陽連合は“連合”ということだが具体的にどういう組織形態なのだろうか。“上のやつら”というのは具体的に誰で何者で何をしている人たちなのだろう。SFなんかに出てくる秘密結社みたいな団体なのだろうか。モノリスで議論をしているみたいな。そして世界を牛耳っている的な。政治やら経済やらを裏から支配しているとか——と、ここまで妄想してぼくは心の中で笑った。仮にそういう巨大な存在であったとしても、末端の隊員であるぼくには関係のないことだ。実際、麗子さんの言ったように若者時代が霊力のピークで、霊力がなくなっていったら引退ということになるのだろうし、必然的にぼくもそうなるのだろう。まあいずれにしてもぼくには無縁の話だ。

「トキオもいずれそうなるかもしれないよ」

 パソコンのマウスを動かしながらこともなげにレッドさんはそう言った。

 それは——困るんだけどな。ぼくとしては。

 あまり大きなものに巻き込まれたくないのだが。しかし霊力が衰えていったら——と考えたところで、ふと気になった。

 レッドさんはなぜいまだに陰陽連合にいるのだろう?

 それはもちろん、麗子さんの言ったように右肩下がりで力が弱体化しているとはいえ一般人レベルではまるでないからここにまだいる、というのはわかる。しかし——そのあとは、どうなるのだろう? ぼくは霊力の衰えたメンバーは自動的に引退するものだと思っていた。それで不思議現象とはさようなら——だが。

 “世界の裏の真実”を知った以上……。

 そこで警報が鳴った。瞬間、レッドさんは万年筆の動きを止めて、机の上に人差し指で円を描くと書類やパソコンやタブレットが消滅した。これも日常生活で使える力なら便利な力である。

「今、二人しかいませんけど」

「だから二人で行くしかないね。みんなにはもちろん連絡するけど」

「場所は——」

「えーと」と、レッドさんはモニターを見た。「町外れの共同墓地だね」

「じゃあ、いつものように」

「よし、出撃だ」

 色々と気になることはあるが、とりあえずは事態の解決である。ぼくとレッドさんは同時に椅子から立ち上がり、ゲートの方へと歩いていく。

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