第七話 赤ずきんちゃん気をつけて!
7-1
「前、テレビでやってたニュースなんだけどさ」
「なんだろ」
「夜中十時過ぎに女性が一人で家を出て十キロの山道を歩いてたら殺されたって事件があったのよ」
「悲惨な話だね」
「悲惨なんだけど、被害者に対してこんなこと言うの残酷だとは思うんだけど、それにしても危機感なさすぎって思うんだよね」
「前後の文脈がわからないのもあるけども」
「それはそう。でも、彼女はもっと自己防衛しなきゃいけなかったと思うね」
「でも名梨、普段、女性の生き方がどうとかで男社会の功罪みたいな話をしょっちゅうしてるじゃない」
「おれは男女は平等だと思ってるけど性差自体は確実に存在すると思ってるわけ」
「ふむ」
「だから何が言いたいかっていうと——自己防衛と犯罪を糾弾することは両立するっておれは言いたいわけよ」
河川敷を相沢さんと二人で歩いている。いつも別に待ち合わせをしているわけではないが二人とも帰宅部なので二人で陰陽連に向かうとなればこのスタイルが多い。だから普段だと殊袮とイリスも一緒のことが多いが、今日は二人とも用があったようでそれで相沢さんと二人になっている。
「もうだいぶ経つけど、葛居くんもかなり慣れたみたいだね」
陰陽連合。の、隊員たち。との、コミュニケーション。鬼哭アルカロイド。木槌に武法具たち。霊力。ゲートに靴に魔法陣、不思議現象。
言葉にしていくと漫画みたいなファンタジーだが、だがぼくの日常生活そのものに特に変化があるわけではない。学校に行って、勉強して、友達と遊んだりお喋り、休みは休みで充実した日々を送る。その中に陰陽連の活動が追加されただけである。漫画みたいなファンタジーでは世界の危機を救ったりするんじゃないかと思うが、ぼくはどうも雑草を刈り取るみたいな感覚で対鬼哭アルカロイドに向き合っている。ぼくは鬼哭アルカロイドが何で何をして何がしたいのかということにはさほど興味がないのでその程度の認識に至っている。
だが例えばイリスの立場からすれば世界の危機を救っているバトルファンタジーな日々を過ごしているのだろうし、殊袮の立場からすれば世界の真理に辿り着こうとしているSFな日々を過ごしているのだろう。ぼくの立場とはだいぶ違うが、それは元々の性格もあるのだろうがそれぞれ幼い頃から鬼哭アルカロイドとどのように接してきたかの違いなのだろう。例えばこの四月からの日々、ぼくはのほほんとした毎日を送っているが、イリスなんかは絶体絶命の戦場で毎日を送っているのだと思うと、結局のところ世界は人の数だけあるってことで、世界の見方も人それぞれってことなんだな、とぼくは思う。
だからこそ、世界の変え方も世界の救い方も人それぞれ異なるのだろう——ぼくはのほほんライフの中、陰陽連の隊員たちに感化され世界とは何かということを自分なりに考えるようにもなっているが、だからと言ってそのために何かをしようとも思っていない。まあこれがぼくの全体的なこの物語なのだろうな。
「そうだね、かなり慣れてきたね」
「人って慣れるんだよね」
「そう思うね」
風の吹く河川敷。キラキラした川の流れ。少年少女が二人で歩いている。このシチュエーションはもしやデートなのでは。と思うが、ぼくは別に相沢さんに特別な感情は抱いていない。
横顔を見る。
なかなかかわいい女の子だとは思うし、成績も良くて、基本的に真面目でおとなしい。実際、名梨なんかからすれば「かなりイケてる」ようだし、ぼくも客観的にはそう思う。でも客観的に思うだけだ。ぼく自身は相沢さんに恋愛感情は特に芽生えていない。
不思議な子である。陰陽連にいつから入隊しているのかとか、これまでどういう歴史を辿っているのか、霊的なことに関する具体的なプロフィールは、といったことは詳しくは知らないが、どうも不思議現象の毎日の中「不思議な子」という印象が拭えない。思春期の中学校一年生の女の子らしく男子を意識的に避けている様子は見えるが、しかし男自体に特に抵抗がないみたいだし、かといって男慣れしているわけではない。恋愛に憧れはあるらしいがどうもそういう視点で男性を見てはいないような気がする。
もっともぼくに女の子のことなんかわかるはずがないので、世の中にはそういう女の子もいるのだろうぐらいに思うしかないと言えばそうなのだが。でも、女の子だから不思議、という感じが彼女に対してはなんだかしないのだ。そういう男側の楽観的な一般論ではなく、相沢さんは「不思議な子」だとぼくは思うのだった。
相沢さんがぼくを見た。見ているのを見られた。
「なに?」
「いや。別に」
事実である。
「そ」
というわけでぼくはちょっと気になっていたことを彼女に訊ねることにする。
「相沢さんは」
「ん?」
「鬼哭アルカロイドを“何”だと思ってるの?」
「ああ」
と、相沢さんは指を顎にやり、少し考え、やがて言葉を紡ぎ出した。
「わたしとしては、無害なものだとは捉えてるんだよね。実際のところ」
ふむ。
「あ、そうなんだ」
「ただ、放っておけば増殖して有害化すると思ってるの。だから定期的に“除去”しなきゃいけないと思って、それで活動に参加してるんだよね」
「ほう」
イリスの思想に近いのかな?
しかし穏やかではない。
「有害化って、具体的に何がどう悪くなるの?」
というぼくの当然の疑問に、相沢さんはこともなげに答えた。
「わかんない」
む?
「過ぎたるはなお及ばざるが如し——増殖することによる害がどんな害なのかは、直感的にもわからない」
ふむ。
イリスの思想はここから“世界の危機”という方向に直結するのだろうし、殊袮は謎だからこそ真実を知りたいと思って活動しているのだろう。
となると相沢さんは——中途半端、という印象をぼくは受けてしまった。
「わたしみたいに、“自分は間違ってるんじゃないか”とか思うのは、戦闘に向いてないんだろうなー」
急に話題を変えたので、ぼくは、ん? と訝しがる。だが相沢さんはまだ続ける。
「人生そのものに関してもね——光里やイリスみたいに、“私はこう思っている”っていうのが希薄っていうか宙ぶらりんっていうか、中途半端だって我ながら思う」
はて、心でも読まれたのだろうか。
「なかなかダイナミックな話だね」
と、そこで相沢さんは、ふう、と、ため息を吐いた。
「相手にも何か言い分があるんじゃないかとか、自分にも何か問題があるんじゃないかとか、戦いはそう理解したときに負けるの。相手の気持ちを理解なんてしたら、勝てなくなっちゃう」
そのため息の理由はなんだろう?
相沢さんは、言った。
「結局、世界を変えるのは、“自分は絶対に正しい”って考えてる、おぞましい人」
ざわっと風が吹く。
ぼくは思う。
それは——おそらく……。
相沢さんは“正しい”ことを言っている、と思う。
この十三年間の短い人生の中でも、それは世界の真理の一つだと、ぼくは思う。
「合気道の試合なんかでもそういう風に考えるの?」
ちょっと話題を変えてみた。すると彼女はふふ、と微笑んで答えた。
「そこまで深刻なことは考えないかな。楽しいしやりがいあるし」
「幼稚園の頃からやってるんだよね」
「うん。鉄扇術は師匠に個人的に教えてもらってね。お前は筋がいい、なんて言われちゃって——」
そんなこんなで、ぼくらは陰陽連合のアジトへと向かっていくのだった。
これがぼくの日常。
確かに不思議な日常ではあるが——リアルそのものの日常であるのだった。
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