6-4

 その日は雨が降っていた。だが警報が鳴った以上出撃しないわけにはいかない。

 といっても、必ずしも八人全員が出撃しなければならないわけではないようだった。考えてみればぼくが最初に参加した神社戦では四人だけだったことを思い出す。参加できるメンバーだけが参加すればいいということなのだろうが、ぼくはなんとなくメンバーがアジトに集合しているときに限って鬼哭アルカロイドが出現するような気がしていた。というかほとんど毎回そうである。何か理由があるのだろうか。

「俺たちがアジトという“場”に集合していることで鬼哭アルカロイドたちを一ヶ所に集中出現させるという効果があるんだよ」

 この回答は今まで何人もにしてきたのだろうし、あるいはレッドさん自身がかつての隊長に同じ質問をしたことがあるのかもしれない。

「その方がまとめて相手できるからね」

「なるほど」

 そんなわけで雨の中、ぼくらは遊園地の観覧車の前に立っていた。今回の出現場所はここ遊園地だった。遊園地内にはいつも通り鬼哭アルカロイドが闊歩している。まあいつも通り退治していけばよいのであろう。ちなみに雨なのだが、確かに降っているはずなのだがぼくらはまるで濡れていない。次元が異なるということなのだろうがそれにしても風や匂いを感じることができるのが不思議である。その辺、うまいことなってるのだろう。つくづく不思議だ。

「それじゃ、作戦を発表します〜」

 怪物たちが縦横無尽しているとは思えない呑気な口調でレッドさんはメンバーに作戦を伝えた。

「殊袮。俺と、麗子と、光里と、それからトキオを繋げてくれ」

「最強の二人は?」

 と、殊袮は例の二人を見る。忠義さんはともかく、イリスは不服そうだ。

 レッドさんが答えた。

「今回は『ガンガンいこうぜ』ではいかない」

「了解。それから、あと一個残ってますけど?」

「普通に使ってくださいな」

「普通に」

「それから、今日の解析結果をあとで教えてくれ」

 殊袮は怪訝そうな顔をした。

「興味あるんですか?」

「興味あるねぇ」

 怪訝そうな顔ではあるが、しかし隊長命令であるし特に断る理由もないわけだし、殊袮は「了解」と言って小型ヨーヨーの四つをそれぞれのメンバーの指に結びつけた。

「じゃ、光里は例のごとくきゃつらに式神を」

「任されました」

 と、光里さんはカバンの中から大量に式神を登場させる。式神たちはいつものように至るところに飛び散り、存在をしている鬼哭アルカロイドたちにくっつく。

 レッドさんはイリスに向き合った。

「イリス。今回、君にかなり頑張ってもらうことになるよ」

「問題ないわ」

 なんと言っても観覧車だのジェットコースターだの高い位置にまで鬼哭アルカロイドはいるし、回転するコーヒーカップにも密閉されたお化け屋敷にも気配を感じる。色々なところにいるわけだからいちいち一体一体相手するのは時間がかかりすぎるという判断だろう。

「だから、イリスはここ中心部で、そうだな、放射線状にとにかく撃ちまくってくれ」

「了解」

「他のメンバーは基本的にはイリスの支援だ。俺たちの力をイリスに繋げる」

「あら。それならせっかく殊袮のヨーヨーが一個余ってるんだから、私に繋げればいいんじゃないかしら」

 当然の疑問を口にするイリスだったが、レッドさんは何事もないかのように、

「今回は『ガンガンいこうぜ』ではないのさ」

 イリスは怪訝そうな顔をしたが、隊長命令である。軍神イリスが従わないはずがなく、イリスは「了解」と答えて銃に霊力の弾丸をリロードする。

 レッドさんは地面に向けて人差し指でくるっと円を描いた。

「何してるんですか?」

 というぼくの質問に、

「陣を描いてる」

 するとその円が地面に書き込まれた。複雑な幾何学模様。魔法陣というやつか。

 たぶん、陣の中心にイリスに立ってもらって、ぼくらは周囲を取り囲むのだろう。そうすることでイリスとぼくらを繋げることができるのだろう。

 あれ、じゃ、どうして殊袮のヨーヨーをぼくら四人に繋げるんだ?

「わからないことだらけだから、わからないことがわかってきたらまた伝えるよ」

 とレッドさんはぼくの疑問に答えた。光里さんも怪訝そうな顔をしている。唯一表情が変わらないのは麗子さんだけだ。隊長と副隊長の間で何事かあったのだろうが、少なくともそれが恋愛模様ではないであろうことだけはわかる。

 まあぼくとしては、対鬼哭アルカロイドに関してわからないことだらけというのは本当にその通りなので、隊長にもよくわかってないことがある段階でそれをぼくらに伝えるわけにはいかないのだろう。余計な混乱を招く怖れがあるということもあるだろうが、それよりレッドさん(と麗子さん)自身考えがまとまっていないのかもしれない。とにかく今回、なぜぼくがヨーヨーで繋がれているのかはわからないが、『ガンガンいこうぜ』作戦でないことだけを理解していればいいのであろうと思い、ぼくらレッドさんの指示通り、描かれた円い陣の周りを囲んだ。

 中心のイリスは意気揚々だった。

「じゃ、ミッションスタート!」

「了解!」

 メンバー全員がそう声を揃えると同時にみんなでイリスに力を注ぐ。そう言えばぼくはやり方がわからないことを思い出すが、しかし殊袮のヨーヨーで繋がれているからなのか直感的に理解し始め、そして他のメンバーがやっているのを見様見真似でイリスと自分自身を繋ぎ始めた。果たしてこのためのヨーヨーだったのだろうか。とにかくぼくはやり方がわかったので、そのまま自動的に事を遂行する。

 イリスはどんどんエネルギーが満ち満ちていっているのかただでさえ眩しい瞳がどんどんキラキラしていった。そして、銃弾を四方八方に撃ち込む。そして至るところで爆撃音が鳴り響いていくのだった。

 というわけで今回のミッションはこのあと遊園地中の鬼哭アルカロイドを抹消したらそれで完了なのだろう。いつもこのやり方でやればいいのではという発想が頭をよぎったが、一体一体を相手にできるならその方が早いのだろうし、この作戦の場合全員が一ヶ所にとどまっていなければならないわけだからかなり限られた状況での作業なのだろうなとぼくは思った。あるいは他にもメンバーがたくさんいれば話は変わってくるのかもしれないが、それはぼくの考えることではない。

 特に何の不自然さもなくぼくは霊力をイリスに集中させていく。イリスは七発撃ったのちのしばしのリロード時間を除いてほぼ途切れることなく放射線状に引き金を引いていた。手応えも感じているようで、本当に楽しそうである。まさに軍神、戦いの女神。これで普段の性格がもうちょっと穏やかだったら忠義さんもアタックしやすいだろうに、と、そんなどうでもいいことを考えているうちにミッションは完了した。

「よし、これでコンプリートだな」

 鬼哭アルカロイドの気配が完全消滅し、レッドさんはぼくらにそう呼びかけた。

「みんな、お疲れ様。特にイリス、お疲れ様」

「どうってことないわ」銃口にふうっと息を吐いてイリスは言った。「いつもこうならいいのに」

「ま、次の機会に」

「了解」

「殊袮。あとでさっき言ったようにお願いします」

「それはいいですけど、別に変わったところないですよ」

「それはこちらが判断する」

「了解しました」

「よしトキオ、頑張ったな」

 と、レッドさんがぼくの頭をポンポンと叩いた。初めての作業のことを言っているのだろうか。

「見様見真似でやってみました」

「トキオが結構な重要人物だからな」

「?」

「神社でハンマー大量に出現させただろ」

 四月の初戦闘のことを思い出した。

「——ああ、そう言えばそんなことありましたね。あれ以来あれ、ないですけど」

「ま、わからないことだらけだから」

 さっき言ったセリフ。

「わかってきたら——な」

 含みのある言い方で、ぼくも怪訝な顔になる。

 なんだ? 何かがぼくにあるのだろうか? それはもちろん大量の木槌を出現させたという何かはあるが、ぼくもすっかり忘れていたその件が何かをもたらしているのだろうか? あるいはそれが今回ぼくがレッドさん、麗子さん、そして光里さんとがヨーヨーで繋がれていた理由だったのか。はたまた殊袮の鬼哭アルカロイド解析の結果を知りたがっているのもそれが理由なのか——。

 などと邪推してみたが、ま、レッドさんのこの柔和な笑顔から鑑みるに、そんなヤバいことではないのだろうなというぐらいの安心感をぼくは得ていた。大体、むしろそんなヤバいことにぼくが巻き込まれているようなら真っ先にぼくに伝えてくれるであろう。それぐらいの信頼感をレッドさんに抱いているぼくである、

「あ、はい」

 とだけ答えることにした。

「よしっ。じゃ、いつものやーつ、いくか!」

 どこからともなくふよふよと現れた一眼レフ。

「みんな、集まれー。いくぞっ。合言葉は、イエース‼︎」

 パシャリと撮影し、カメラはどこかへと消えていく。

 わからないことだらけの対鬼哭アルカロイド、そのうちの一つが、このカメラがどこからやってきているのかということと——。

 何のためにぼくらを撮影しているのかということだった。

「やれやれ」

 ため息をついてぼくは考える。それでも、面倒なことになる怖れがゼロなわけではない。しかし、それについてだけ一点集中で考えていられるほどぼくは暇ではないし、余裕もない。

 なんと言っても今日は数学の宿題が大量に出されているのだから。

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