第六話 それは来ぬ人を待つように
6-1
「合言葉は、イエース‼︎」
ぼくらをパシャリと撮った一眼レフが消えた。これにて今回のミッションはコンプリートだ。
今回は市営のグラウンドが舞台だった。陰陽連合八人のメンバーで出没した鬼哭アルカロイドたちを次々と消滅させ、特に大したトラブルもなく無事に目的を遂行できてよかったと思う。ぼくもだいぶ慣れてきたようで、他の隊員たちともなんとかうまくやれていると思えていてとてもいい。なんと言ってもこの作業は自分自身のリフレッシュにちょうどいいのだ。
レッドさんが円を描きゲートを作り、ぼくらはアジトへと戻っていく。時刻は午後五時。放課後、相沢さんたち女子メンバーと行動をアジトへ向かい、みんなと宿題をしている中今回の目標が出現したので、ぼくらはそのまま目的地へと向かったのだった。忠義さんも来ていたのだが相変わらずイリスとは不安定な関係でいるようだ。不安定というか、とにかくお互いに手探りの状態を続けている。さっさと告白して付き合っちゃえばいいのにと思うばかりだが、こればかりは他人にはちょっとどうにもできない。光里さんなんかは二人にすごく感情移入しているようだがだからと言って頼まれているわけでもないわけだからどうにもできないし、二人には二人のペースがある以上ぼくとしては静観するしかないのであった。
しかしその視点で陰陽連を観測していると、どうにもぼくには気になることがあった。
アジトへと到着し、気づいたらぼくらは例の靴を脱いでいた。不思議な靴である。いつ履いたのかいつ脱いだのかさっぱりわからない。とにかくゲートを潜ったら履いていて、戻ったら脱いでいる。割と観察してみているのだがどうしても決定的瞬間を目撃できない。まあ不思議な力であるということであろう。
「お疲れ様、みんな」と、麗子さんがぼくらに向かってそう言った。「今日も全員揃っていて何よりだわ」
「忠義も来てくれてよかったよ」
レッドさんが忠義さんの肩をポンと叩く。
「トキオが来たから……」
ぼそぼそとそう喋る忠義さん。同世代の男子が入隊して嬉しがってくれているようで、ぼくも嬉しい。そして普段、勉強を見てくれている。それもあって最近は頻繁にここにやってきている。進学校に通っているだけあって中学校一年生の宿題など軽々と解いてしまうし、なんと言っても教え方が上手だ。ぼくとしても男性同士の方が気楽に教われるし、勉強のできる先輩がいてくれてありがたいことである。これがイリスだと「この程度のことは真面目に授業を受けていればわかるはずよ」と身も蓋もないことを言ってくるのでどうにもやりづらい。
だからこそ忠義さんとしてもそんな言い方ないじゃないかと言いたげにしているのだがどうしても言えないようで、イリスはイリスで忠義さんが来ている場合、いつもみたいな勢いがない。宿題を教わっているはずなのになぜ他人の恋模様に巻き込まれなければならないのだろう。もっとも相沢さんと殊袮はどこか面白がっているようだった。女の子は恋の話が好きというのは少なくともこの二人には当てはまっているようだ。光里さんも麗子さんも二人の恋の行方が気にはなっているみたいだ。
で、ぼくが気になっているのは麗子さんの恋の行方である。
「麗子。ちょっといいかい」
レッドさんが麗子さんに声をかける。
「何かしら」
「今日の戦闘に関してなんだけど、ちょっと気になることがあるんだ」
「何?」
「まだ自分の中ではっきりしてないことだから、ちょっと来てくれ」
「わかったわ。みんな。状況把握ができたら必ず伝達するから、詳しい話はまた今度するということでいいかしら」
「あ、はい」
ぼくは別に困らない。面白くなさそうにしているのはイリスだけだったが、隊長と副隊長が二人きりで話があるというのを邪魔するわけにもいかない」
「構わないわ」
とだけ言ってイリスは読書をし始めた。明らかに気になっているのは見え見えだったが彼女にそんな追及をするほどぼくは愚かではない。
レッドさんと麗子さんが二人で居間を出ていく。ぼくらはその様子を見送る。
すると、やがて光里さんが口を開いた。
「あの二人はいつ結婚するのでしょう」
これぞぼくの気になるポイントであった。
「やっぱり、レッドさんと麗子さんって付き合ってるんですか」
イリスと忠義さんを見ていると、なんとなく麗子さんとレッドさんの二人組が視界に入るようになっていって、そうなってくるとこの二人の間には特別な感情があるような気がぼくにはしていたのだ。人の恋路に首を突っ込むのは失礼だと思いつつ、ぼくは思春期の少年としてぜひ事の詳細を知りたいと思っていたのである。
ところがここで光里さんは、うーん、と、唸った。
「気持ちは確かのようですけど」
「麗子が渋ってるし、隊長は麗子のペースに合わせるって決めてるみたいだし」と相沢さん。「好きなのは好きなんだろうけど、でもなんか、ときめきとかドキドキとかの好きじゃもうないって感じ」
「そんな熟年夫婦みたいな」
「幼馴染みなんだよね」
新情報だった。
「あ、そうなんだね」
「年齢の離れた幼馴染み」
「兄と妹って感じかな」と、愉快そうにそう言う殊袮。「まあ大人同士だし、恋愛ってドキドキとかじゃないしね」
「まあそうですね」
殊袮の発言に同意する光里さん。
「え、恋愛ってドキドキとかじゃないの?」
純粋な疑問をぶつけると、二人は、ふふ、と笑う。
「ドキドキできる恋愛自体への憧れはまだあるけど、芸能界って恋模様がはちゃめちゃだから」
「政財界もなかなかはちゃめちゃですよ」
大人の世界で活動しているこの二人とただの中学生であるぼくだと見えているものがそれぞれ違うのだろう。実際、相沢さんも「わたしはドキドキしたいけどなー」と呟いている。
ところでイリスは読書に没頭しており、忠義さんはスマホをいじっている。この話題には絶対に参加しないぞ、という強い意志が感じられる。
恋は複雑である。恋のことはあまりまだわかっていないぼくだが、複雑なことを複雑だと認識することはできる。そんな自分の性分がぼくは気楽だ。
なぜなら単純化や簡略化には限界があるから。
そんなわけで女子たちの間で恋バナが続いたと思ったらいきなり近くにできたスイーツ店の話になり、と思ったら殊袮が今共演している俳優の話になるという、話題がコロコロと変わっていく女の子特有の現象を目の当たりにして、結局、霊能力者だって普通に生活している普通の人間たちなんだよな、と、ぼくはちょっとおかしく思えてくるのだった。
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