5-4

 殊袮のヨーヨーの紐がぼくと忠義さんの親指に巻きつき、光里さんの式神が大量にやってきて鬼哭アルカロイドとぼくら三人にピタッとくっつき、イリスの銃弾がどこからか飛んでくる。そんな中でぼくら三人は再び鬼哭アルカロイドの殲滅を開始していった。

 もとい、“再び”というのとは少し違うような感触をぼくは覚えていた。さっきは手応えがなかったが、今ははっきりと手応えがある。さっき相手にしていたのは影だったのか幻だったのか。とにかく今ははっきりとリアルな感触があるのだった。

 ぼくと忠義さんがタッグを組むことになり、ぼくが木槌を振り回すのと同じように忠義さんはキックを振り回していた。テコンドーという格闘技にぼくは詳しくないが、足技が基本の武術のようである。忠義さんはまるで疲れた様子もなく一体一体殲滅していく。後方ではレッドさんがぼくらのために鬼哭アルカロイドをおびき寄せている。光里さん&殊袮の力でただやっつければいいだけのようだし、さっきやったことと特にやることは変わらないようだった。

 そんな状況で、ぼくは忠義さんとなんとなく雑談を始めていた。

「強いですね」

「なのかな」ハイキックで鬼哭アルカロイドを消滅させ、忠義さんは応えた。「自分では、あんまり」

「大会とか出てるんですか」

「まあ、それなりに」

 忠義さんの場合、ぼくらの方が会話を繰り出す必要があるのだろうとぼくは理解し始めていた。

「テコンドー歴は長いんですか」

「うん。まあ。子どもの頃からね」

「無理やりやらされてた感」

「よくわかるな」

 驚いた表情だったが、ぼくとしてはそうとしか見えなかった。

「鬼哭アルカロイドも、武法具じゃなくてもやっつけられるんですね」

「やっつけるっていうか……」

 ?

「おれは、イリスなんかとは違って、こいつらを敵とは思ってなくて」

 ほう。

「よかったらどうぞ」

 忠義さんの見解を聞きたいところだ。

 忠義さんはちょっと考え込み、ゆっくりと言葉を紡ぎ出していった。

「おれたちの力っていうのは、どんどん成長というか、なんか、アップしてく感じ、って、わかる?」

 断片的だ。

「えーと。だから、どんどんエネルギーが高まってくっていうか……。とにかくそのまま放っておいたら力ばかりが膨張? してく感じっていうか」

「——ああ」と、ぼくは頷く。実際、ぼくはストレス解消リフレッシュの目的のもと陰陽連に参加しているのだから。「なんとなくわかります」

「よかった。だからさ、そのまま放っておけば暴走の危険があるわけよ」

 唐突に物騒な話が始まった。

「暴走?」

「それぐらいおれらの力っていうのが強いっていうか、高位の力ってことだけど。だからというか、それを鬼哭アルカロイドに“吸収”してもらわなくちゃバランスが崩れちゃう」

 なるほど。ぼくの考え方というか行動原理に近いものがあるようだった。

「だからま、おれは鬼哭アルカロイドに感謝の念を抱いてるんだよな。ちっちゃい頃からずっとなんだけど」

「テコンドーを始めてからさらに良くなったみたいな」

「よくわかるな」

 わかりやすい人だ。

「その点、他のメンバーは色々考えちゃうみたいだ」

「そうですね。光里さんも殊袮もイリスも」

「おれなんか単純だからさ。リフレッシュの感覚でやってるし」

「イリスなんか、明確に“敵”ですもんね」

「イリスかぁ……」

 ぼんやりとする。

「あのう」

「なんだい」

「イリスと付き合ってるんですか?」

 全身を震わせた。そこまでインパクトのあることを言っただろうか。

「付き合ってるっていうか、いやあの、そんな、そういうのじゃ」

 しどろもどろ。なんだか面白い。なんだか面白いのでもうちょっと突っ込んでみる。

「好きとかそういう」

「ばっ……いや馬鹿とか失礼だった、いや、あの」

 顔を真っ赤にさせて弁明している忠義さんが“かわいい”とぼくは思うのだった。

 しばしの沈黙の後、忠義さんは説明を始めた。

「おれが一方的に好きなだけで」

「そうなんですね」

「向こうは、おれなんか」

「告白してみたらいいのに」

「そんな。だって、振られたら、気まずいし。いやおれのことは」そこでぼくに話を振ってきた。「トキオは好きな子とかいないのかい」

「今のところは。それに、そこまでしどろもどろになるほどマジになった子はいたことないですし」

「しどろもどろ……」

「イリスはいい子というか、いいやつだと思いますけど」

「うん……自立してるよな。まだ子どもなのに」

 まだ高校生の忠義さんがそう言うとおかしい。

「そうですね」

「女、女、してないし……」

 そこでぼくはやや首を傾げた。

「そうですか?」

「そうだよ。女ってやれ奢ってくれだのやれリードしてくれだの、面倒臭い」

 そういえば忠義さんは女の子が苦手という情報があったが、これだけのイケメンで長身でテコンドーの達人だ、もしかしたらモテるからこそかえって質の悪い女性とも数多く遭遇してきたのかもしれないとぼくは推測した。

「こっちはATMじゃねぇんだ」

「好きな人には奢ってあげたいですけどね。そんな機会なかったですけど」

「いやそうなんだよ」

 と、忠義さんは食い気味に言った。

「おれはむしろ奢ってあげたいなぁと思う方なんだけど、奢ってもらって当然みたいな顔されるとマジで嫌だって思うんだよね」

「それはまあ、わかります。でも、女子は女子で考えてるんじゃないですか」なんとなく名梨のフェミニズム論が頭をよぎった。女には女の論理があって、それが男には理解できない、という。「よくわかんないんですけど」それも正直な感想であった。

「例えばさ」

「はい」

「……婚活なんかでさ」

「婚活?」

「とにかく聞いて」

「はい」

「顔が良くて、金持ってて、長男じゃなくて、高身長で、高学歴で、みたいな男を求める女がいるわけよ」

 高校生のこの人に婚活など無縁のワードではないだろうかと思ったがぼくは黙って話を聞く。

「でもさ。全部揃ったやつはいないよな」

「まあそうですね」

「イケメンも金持ちもいっぱいいるけど、全てが揃った人はそういない。そりゃ、結婚する上でメリットを求めるのは当たり前だし、条件がいい方がいいに決まってるよな。でも、現実的すぎて非現実だ」

「わかります」

「なんか、女は非難されたり誹謗中傷されたりすることには慣れてるけど、批判されるってことには慣れてないんじゃないかと思うんだよ」

 女の子が苦手というが、これはなかなか偏見もありそうだった。もっとも忠義さんがこれまでどういう女性たちと接してきたのかわからないので迂闊なことは言えない。モテるからこそぼくより質の悪い女たちと数多く遭遇してきたのかもしれないし、そんな環境では偏見が生まれてしまうのも無理はないとなんとなく想像した。そういえば名梨も「差別や偏見は習慣の問題」と言っていたな。

 忠義さんは言った。

「やっぱり問題のない人はいないし、人って間違うものだし。間違いの指摘をされたらそれをちゃんと受け入れられるかどうかなんじゃないかな。その点イリスは素直ないい子だ。おれは結構、いいなと思う——」

「イリスはいいやつですね」

「おれとイリスじゃ考え方が違うかもなんだけどさ。おれは世界を変えるのはなんだかんだ知性とか理性とか、人間の善良さだと思う……」

 そこでぼくはふと思う。

 忠義さんの言っていることはよくわかる。正義は人の数だけあるとか、正義の反対は悪じゃなくて別の正義とか、色々言われているけど、でもそれにしてもダメなものはダメなんじゃないだろうか。やっぱり“人間として絶対に守らなければならない領域”みたいなものは確実に存在するとぼくは思う。正義論はよく言われているように、正義は立場によって無数に存在するのかもしれないけれど、それにしても殺人が許容される社会は不自然だってぼくは直感的に思う。

 だけど、結局のところ人間の知性とか理性とかに限界があるから、というよりもそもそも期待できないから法律があるわけで、ということは人間の善良さというものはそもそも期待のできるものではないのではないだろうか。忠義さんの言っていることは正しいと思う。でも、忠義さんの主張を実現するのは人間には無理なんじゃないか。嫌うな妬むな憎むな汝の隣人を愛せよ。そんなこと人間には無理なんじゃないだろうか。

 なぜなら、やっぱり嫌いなものは嫌いなのだもの。

 そんなことを考えながらぼくは鬼哭アルカロイドを退治していくのだった。辺りはだんだん静かになっていく。

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