4-5
瞬間、体中に激痛が走った。
「痛い痛い痛い痛い痛い!」
「え、痛い⁉︎」
すると痛みは消える。どうやら殊袮が解析を中断したようだ。
ぼくは痛みこそなくなったが動悸が止まらない。脂汗が大量に出てきて体のどこを押さえればいいのかわからず太ももの上で拳を握った。
殊袮は言った。
「波長が合って……同期してるってことか」
「同期?」
「つまり、目標と同じ目に遭ってるってこと」
「……ということは?」
「このまま続けてたらトキオも消滅してたかもしれない」
なんですと。
「だから、やり方を変える」
と、殊袮は片膝をついてぼくの右手を取った。
「痛みはあるだろうけど、さっきほどじゃないはず」
痛みが走る。だが、確かに激痛ではない。
しかし殊袮は顔をしかめる。どうやら殊袮にも同じような痛みが走っているようだとぼくは思った。
「なにしてるの?」
「あたしの力で中和してる。少し時間はかかるけど大丈夫」
「大丈夫?」
ふ、と、殊袮は笑った。
「あたし、仲間意識は強い方だから」
ぼくの頭の中になんだか奇妙奇天烈なイメージが浮かんでくる。それは視覚的聴覚的なものではない。とにかく“イメージ”が浮かんでくる。それはなんと言えばいいのか、どう表現すればいいのかわからないが、例えるなら“なにかを考えているとき”の状態に似ているようにぼくには思えた。なにかを考えてはいるが具体的なことを考えているわけではない、しかし何らかの解答が出るような気がしている、とにかくそんな感じだった。
「中和してるから、あたしの力があんたの中に流れてるの」
ということは、鬼哭アルカロイドを“解析”するときの殊袮の状態がこれなのだろう。
「よし。目標の解析は続いている。このまま続けていればそのハンマー、消滅するはずだよ」
「ありがたい」
とはいえ痛みがあるのは事実だからぼくはやはり不安だった。今日のバトルは不安に満ちているなぁとぼくは何となく思う。
「不安みたいね」
「えっ」
「あんたのイメージもあたしの中に流れてるわけ。もちろん目標にもね。まあ目標がどのように捉えてるのかはわかんないけど」
ぼくはちょっと気になった。
「それって、もしかして陰陽連の他のメンバーとも?」
「光里の式神の影響で、おそらく」
具体的なイメージではないものの、心を読まれているようで少し恥ずかしい。しかし、ということはこの“なにかを考えているとき”のようなイメージもみんなで共有しているのかな? などとそんなことを思った辺りで痛みが少し引いてきた。
「他のみんなとも痛みを分かち合ってる、って感じかな」
「じゃ、みんな痛がってる?」
「それはこの際仕方がない。後でイリスにガタガタ言われるかもだけどね。ただその分、問題解決は早まるかもしれないよ。でも、そうだね。新しい力の使い方を覚えたかもしんない。例えば回復とか、ステータスアップとか」
ぼくは聞いてみた。
「なんか、考えるのが好きみたいだね」
「そういう自分が好きよ」
「殊袮も小さい頃から鬼哭アルカロイドを相手にしてきたの?」
「うん」と、頷く。「物心ついたときからね」
「怖いとかなかった?」
うーん、と、ちょっと頭を捻る。
「最初はね。でも、あるとき触ってみたの。そしたら不思議な気持ちになって——要するに解析人生の始まりなわけだけど。少しずつ“わかって”きたような気がして、そうしてたら消えちゃう、の、繰り返しの日々になったわけよ、それから」
「なにが“わかって”くるの?」
「言葉にするのは難しい」
「なるほど」
「でも——ま、共存まではいかないけど、人って、こういう不思議現象に遭遇したときに哲学者になるものなのかね、なんて、小学生のときに思ったよ。本で読んだの。都会の人間は五分も待てば次の電車が来るから、そのつもりで旅行してたら一時間も待たなきゃいけなくなって、そしたら哲学者になるって」
「ものを考えるようになる、ってことかな」
「世界をね」
世界か。
「なんとなく、“わかんない”としか言えないときってあると思う。そんなとき鬼哭アルカロイドの解析をしてるとわかったような気になる。気になるだけで問題の解決はしてないんだけどね。でも、第一歩は踏み出せたような気になる」
ふふ、と微笑む。
「気になるばっかりだけどね」
でも、大切なことだと思う。
どうやら殊袮にとって鬼哭アルカロイドは特に邪悪な敵というわけではないようだった。こうなると少なくともイリスとは考え方が相容れないのではないかと思う。あるいは光里さんの自分たちの力の源という考え方とは相関関係があるんじゃないかというふうにぼくは思った。もちろん決定的な違いとして、光里さんは鬼哭アルカロイドを内的な存在だと捉えているが殊袮はあくまで外的な存在だと捉えている節があるということはあった。ただ、ぼくが思うのは、この二人はそれほど相性が悪くなさそうだということだった。これは、イリスはなかなか孤高の戦士になりそうだが、陰陽連のメンバー八人の内、八人目のメンバーは鬼哭アルカロイドに対してどのような考え方を持っているのだろうとぼくは気になる。イリスとはうまくやれそうなのだろうか。あるいはもうすでに知り合いなのだろうか。などというこういったことも具体的なイメージとしてはみんなに伝わらないのだろうが、だが“イメージ”は伝わっているのだろう。
そう、“ぼくがなにかを考えている”——という。
——ある瞬間、痛みが完全に消えた。と同時にハンマーが消滅した。
「OK。完了だよ」
「ありがとう」
「いや、あたしのミスだし」
殊袮はぼくの手を離し、立ち上がった。
「さ、行くよ。あとは残りの問題を解決するだけだからね」
ぼくはよっこらせと立ち上がる。
そう。あるなにかの問題の答えが出たとしても、それでも問題は無数にあるのが、世界というものなのだ。
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