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「結局、世界を変えるのは実際に動いてる人だけなんだよね。例えばイリスみたいな子が世の中を変えていくんだろうなとは思う。0.1パーセントの人たちが一斉に動くことで人間の生き死にが決まるわけ」
でも、とぼくは言った。
「前、インターネットデモとかで300万人の人たちが集まったっていうけど、別に世の中特に変わらなかったぽくない?」
「そうだね。ネットじゃ世界は変わらない」
あれっ。
「でも、ネット上で十万人の、つまり0.1パーセントの人たちが誹謗中傷して、それで人間の生き死にが決まるわけでしょ。矛盾を感じるな」
「結局、対象の人物がネット上の意見を重視してるかしてないか、ってこと。自殺しちゃう子はネットをすごい重視してるけど、300万人の人たちが訴えた相手はネットをさほど重視してないってこと」
——なるほど。それはよくわかる。
「でも——」と、殊袮はふとため息をついた。「300万人の力を合わせれば、なんだってできるっていうのはあたし、本当だと思うんだよね。でも、その人たちは結局リアルの世界には出てこないの。私は平凡な主婦だから、とか言ってね。だから世の中は変わらない。世界は変わらない」
ぼくは考え込む。
さっきから殊袮はインターネットの話をしているが、しかしぼくには殊袮がいまのIT社会がどうというよりも、そもそも人間社会そのものに疑義があるのだろうと思えた。
確かにごく少数の意見によって世の中が動いているという現実にはぼくも疑義があるし、なんなら抵抗感がある。たくさんの人たちがちゃんと意見を持っているのに表に出てこないというスタンスがよくないというのもよくわかる。
しかし市井の平凡な主婦がネットを飛び越えてリアルの世界に出てきてしまったら、ただでは済まないだろう。しかし、例えば古代社会と異なるのは、いまのIT社会はそういった人たちも声を上げられるようになっているという点だ。そして、ネットの力によって実際に世界が変わっている。それは人間社会にとってかなりの大変化だと思う。
それで、結局のところ、その市井の平凡な主婦の考え方をしている人間が少ないから、世の中はその人にとって望ましいように変わらないのではないだろうか。
もし殊祢が“市井の平凡な主婦”の側に自分が立っていると思っているのであれば、彼女が世の中が変わらないことに納得いかないということには矛盾が生じる。なぜならそれは殊祢が抵抗感を抱いている“ごく少数の意見によって世の中が動いているという現実”そのものだからだ。平凡な主婦の方が絶対数が多い、99.9パーセント側だなどというのは単なる希望的観測に過ぎない。もし実際に多いのであれば、実際にリアルの世界で300万人のデモなど起こさなくともインターネット上のデモをすればそれで充分なはずだ。だからそれこそ日本に何千万と存在するはずの主婦のほぼ全てが声を上げないから世の中が変わらないというただそれだけの議論にしかならないのではないか。そうなると、彼ら彼女らの思想は“妥当ではない”となるだけだ。やっぱり世の中は声を上げている人が動かしているという厳然たる現実がそこにあるだけで、ただ、それだけだ。
殊袮の主張の通り、世の中は“実際に動いている人”が変えている。日本に何千万といるほぼ全ての市井の平凡な主婦はネットでもリアルでも実際に動いていない。掲示板に書き込むこともしないしデモに参加することもない。だから世界は変わらない。そういうことだ。IT社会であろうが古代社会であろうが、自分たちを99.9パーセントの側の人間だと思っているのであれば表に、リアルの世界に出ずともできることは山ほどあるはずなのに。
しかしぼくは直感的に殊袮の主張に賛同する気持ちがある。あるいはこれは直感というより感情的な問題なのかもしれない。それは、やっぱりぼくも自分のことを99.9パーセント側にいる市井の平凡な人間だと思っているからだ。でもおそらく、今日もぼくは自分の力で世の中を変えようなどとは思わずのんびりと生きていくのだろう。そして、実際に活動している0.1パーセントの人間たちにとって都合のいい世の中ができあがっていく。それがわかったいまでもぼくはきっと動こうとしないだろう。それはなぜだろう。
そんなの決まってる。
“面倒臭いから”——だ。
「あ、キャッチできた」
突然そう言った殊袮に、ぼくは考えるのを中断して目を輝かせた。
「本当?」
「本当。よし、開始するよ」
このまま面倒臭いことにならず、事態が解決すればいいと、ぼくは思った。
——思うのは、自由なのよね。
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