4-3

 殊袮とレッドさん。

「要するに、その鬼哭アルカロイドと波長を合わせたらいいわけね」

「そうだね。瞬間的に切り取られちゃったから固定されたんだな。だから今一度、さっき出現したっていう鬼哭アルカロイドの性質を読み解けばいい」

「もしもう消滅させちゃってたら?」

「まあその場合でもこれまでの殊袮のデータから解決は可能だろうが、時間はかかるだろうな」

「となると、残ってる奴らの中にさっきの目標がいることを祈る感じっすか」

「ま、トキオ。最終的にはなんとかなるから安心してくれたまえ」

 殊袮の“データ”とやらから解決が可能でなかった場合どうなるのだろう、と、ぼくは一抹の不安を覚えたが、しかしレッドさんの柔和な笑みはぼくを安心させる力も持っていた。だがしかしそれは単に笑顔に誤魔化されているだけなのではという猜疑心も正直浮かんでくる。“侵食”だの“最悪の可能性の実現”だのというワードは、やはり穏やかな気持ちではいられない。

「というわけで光里」

「はい。任されました」

 光里さんのカバンの中から式神たちが湧いて出てきた。そしてそれらがぼくのハンマーと殊袮の六つのヨーヨーにへばりつき、同時に、レッドさんの薙刀と麗子さんの大太刀にもピタッとくっつく。そして、あとはいままでの戦い通り校舎中に散らばっていった。

「これでま、ネットワークはできたな」

「そうですね。あとは、捉えて、殊袮さんがなんとかする」

「じゃあ私たちも行きましょう」

 うん、と、レッドさんは頷き、そしてぼくの頭を撫でた。

「トキオ。必ず元の体に戻るから安心していてくれよな」

 不安と猜疑心もある一方で——ぼくは、頷いた。

「わかりました」

「よし、ゲーヘン!」

 そしていま来たばかりの三人もそれぞれ散らばっていった。

 辺りは再び静かになる。遠くではイリスの銃撃の音が聞こえる。やっぱり不安だ。

 殊袮は左手の五つのヨーヨーのうち、親指のヨーヨーだけをハンマーに絡みつかせたまま、他の四つのヨーヨーを校舎中にどこまでもどこまでも伸ばしていった。どうやらこの紐は相当な長さにコントロールできるようだった。右手のヨーヨーはいま殊袮の手の中にある。

「さてトキオ。苦しい?」

「いや」

「おっけ。あとはもう、時間の問題かな」と、殊袮は改めてモニターを眼前に表示させる。「とはいえ、あたしはあたしで」

「なにしてるの?」

「過去データの解析。万が一消滅させちゃってた場合、時間がかかるって言ってたでしょ。それならいまここでボーッと突っ立っててもしょうがないからね」

「ボーッと突っ立ってても」という言葉でぼくはふと先ほどの名梨との会話を思い出した。

「そういえばさっき名梨がこんなこと言ってたんだけど」

「名梨くん?」

 と、ぼくは事のあらましを殊袮に説明した。黙ってても不安が押し寄せるし、かといって鬼哭アルカロイド関連の話は気が沈む。なにか話をしていたかったのだ。

 ぼくの説明をふんふんと聞いて、やがて殊袮は言った。もちろんその間もモニターは動いている。

「思ったことはっきり言っちゃうタイプなんだろうなとは思うよ、あの先生。ホームルームでそう思った」

 そういえばさっきの女教師は一年三組の担任でもあったっけ。

「思ったことはっきり言っちゃったらトラブルになるわよね」

「誰にも注意されなかったのかなぁ」

「周囲もそんな人たちだらけだったのかもしれないし、本人が言っても聞かなかったのかもしれないし。むしろあの人からすればどうして世の中の人たちは思ったことをはっきりと言わないのかしらとか思ってるのかもしれないし。わかんないけど」

「気に入ってもらうのも難しい」

「え、別に嫌われててもいいんじゃないの。だってあんただってあの先生嫌いでしょ」

「うーん。そう言われると返す言葉がないんだけども」

「万人に好かれるのは無理だからねぇ。ネットなんか見ててそう思わない? 『犬はかわいい』とか呟いたら『じゃあ猫はかわいくないって言うんですか⁉︎』って返ってくる摩訶不思議な世界がこの人間界よ」

「世の中は多様だからな……」

「ま、ネット上の意見なんかいちいち気にしなくていいんだけど」

 ぼくはちょっと首を傾げる。

「そう?」

「あたしも、もっとちっちゃい頃からそこそこ人前に出る仕事してるからね。割といろんなこと書き込まれるよ。うざいけどあんたがいま言ったみたいに世の中にはいろんな人がいるからその辺しょうがないんだよね〜」

 連鎖的に仮面ライダーと白血病の子どもの話を思い出した。

「0.1パーセントを多いと見るか少ないと見るかって話。一億人の0.1パーセントは十万人。十万人がいいねしてたって所詮0.1パーセント、と思えるかどうか」

「うーん。でも、リプライでずらっと誹謗中傷とか嫌なこと書き込まれたら、これが全世界だって思うんじゃないかな」そんな目に遭ったことはないがそんな目に遭ったときに自分がどう思うかぐらいの想像はつく。「殊袮の言ってることは正しいとは思うけど」

「そういうとき、99.9パーセントの人たちはなにもしてない、って気づけるぐらいの余裕があれば、自殺とかしないで済むんだろうけどな」

 そのとき、一瞬だったが、殊袮の瞳が翳ったように、ぼくには見えた。

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