4-2

「それにしてもどうしてこういうことになったのかな」

 話の途中、相沢さんがぼくを見てふと呟いた。

 ぼくの胸にはハンマーが突き刺さっている。しかし痛みや違和感はない。確かにハンマーの触覚はあるが、それが自分の体を貫いているという感覚はない。例えば肩から腕があるのと同じような感じで、とにかく何ら矛盾がないかのように異変は起こっている。

 殊袮は答えた。「トキオと、鬼哭アルカロイドと、あたしの波長がたまたま合ったってことかな」更に続ける。「解析のしがいがあるな」

「解析?」

 と、ぼくは訝しむ。

「レッドさんたちが来る前にちょっといい?」

 許可を取るかのような質問の仕方だったが実際は許可などいらないといった様子で殊袮はいつの間にか左手の五本の指に装備されていた小さなヨーヨーたちをぼくのハンマーに接続させた。

「そんなことでなにかわかるのかしら」

 と、イリス。この二人は初対面のようだがあまりお互いの印象が良くなさそう。

「感覚的なものだから言葉で説明するのは難しい」そう答える殊袮は右手で顎を触る。「ふむ」

 しばし時が経ったが、しかし特に何の変化も起こらない。

「殊袮の解析で消えないってなると」と、ぼくらの様子を見ながら相沢さん。「結構、厄介?」

「そうだね。このまま続けてればどうにかなるのかもしれないけど情報が足りないんだろうな。材料というか」

「じゃあもうこの学校中に蠢いている目標の殲滅以外に方法はなさそうね」

 瞳を輝かせながらそう言うイリス。つくづく好戦的な女の子だ。

 殊袮は振り返らないまま応える。

「解析が終了する前に目標の撃破なんかしたらもうハンマーが抜けなくなるかも」

「知ったことじゃないわ」

 そんな。

「どのみち隊長なら何とかしてくれるはずだもの」

「それはそうだけど」と、相沢さん。「憶測で動くのもよくないんじゃないかな」

「そうは言うけどそんなことは言ってられない。敵はなにをしでかすかわかったものじゃないもの」

「あんたにとって鬼哭アルカロイドってマジで“敵”って感じだね」

「もちろん」

 殊袮は軽く息を吐く。

「とりあえず結界は張った。この校舎から外部に出ていくことはないよ」

「空間は言っても広いわ。敵の性質がわからない以上楽天的なことは言ってられない」ジャキッ、と、イリスは拳銃を取り出した。「私は行く」

「明日香。イリスと一緒に行って」

「了解」

 諦めたようにそう言う殊袮、とりあえず二人の間を取り持とうとする相沢さん、猪突猛進のイリス。三者三様の女子たちであった。

「それじゃまた後で」

「OK。ご無事で」

 そして二人と二人に別れる。

「あのう」

 相沢さんとイリスがいなくなり、辺りが静かになった頃ぼくはようやく口を開けた。

「結局、これ、なに?」

「わかんない」

「そんな」

「緊急事態なのは間違いないね。それ、抜けないんでしょ?」

「うん」

「もしかしたら鬼哭アルカロイドの影響をダイレクトに受けたそのハンマーがあんたの内部に侵食するかもしれない」

 なんて恐ろしいことを。

「最悪の可能性だけどね。もちろんトキオの力と、あたしの武法具との影響と相殺されているはずだから」

「はあ」

「ただまあ、イリスじゃないけど、確かに楽天的なことは言ってられないね。ほら」

「?」

 ふと殊袮は視線を動かした。すると天井から一体の鬼哭アルカロイドが出現した。

「はっ!」

 と、右手のヨーヨーで目標を捉える。“捉え”たようだった。殊袮のヨーヨーはその鬼哭アルカロイドに絡みつき、一定時間そうしているかと思ったら消滅した。

「いっちょ上がり」

「殊袮の退治の仕方っていうのは瞬間的じゃないんだね」

「あたしは退治してるつもりはないんだけどね」

 ?

「結果的に消滅してるわけだから、まあ他のメンバーと利害は一致してるっぽいけども」

 やはり彼女は彼女で独自の見解があるようだった。

「それにしてもレッドさん、遅いな」

 時刻は午後五時を指している。レッドさんの職務時間を詳しくは知らないが、もう仕事は終わっているだろうからゲートを使ってすぐ来てくれるだろうというぐらいの安心感自体はぼくにはあった。だがいつまでこの状態が続くのかわからないし、殊袮の言った最悪の可能性が実現するかわからない以上ぼくはもちろんレッドさんの到着を待ち侘びている。

「ちょっと連絡取ってみるね」

「お願いします」

 すると殊袮の目の前にモニターが出現した。

 殊袮は麗子さんたちと違い、指など使わず目だけでモニターを操作する。

「ああ、もう来る頃だ」

「やあやあ、遅れてすまない」

 そのときレッドさんが麗子さんと光里さんと共にその場に現れた。

「待った?」

 殊袮は答えた。

「遅いっす。あの二人もう動いちゃいました」

「やれやれ、イリスは性急だからな。ま、明日香がついてれば無茶なことはしないだろうけど。それより、それでなにがどうなってるんだい」

「見ての通りです」

 と、へたり込んでいるぼくを三人は興味深そうに見つめた。

「こりゃひどい」

「でもこういう事例は昔からあるわよ」と、麗子さん。モニターを操作しながら呟く。「なんとかなると思うけど」

 光里さんが訊ねた。

「侵食の可能性はないんですか?」

「あるみたいだわ」

「侵食されるとどうなるんですか?」

「まあ、最悪の可能性の実現ね」

 ちょっと待って、そんな絶体絶命のセリフを呑気な口調で言わないで。

「でもま」

 と、レッドさんはしゃがみ込み、ぼくに目線を合わせて、白い歯を見せてニコッと微笑んだ。

「絶対大丈夫——いわゆる、無敵の呪文だよ」

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