第四話 それにしても芸能人じゃない人のことを素人とか一般人とかっていうのどうにかならないもんかね
4-1
ぼくの名前は葛居時生。いま、絶体絶命のピンチを迎えている。
「……隊長には連絡取れたんでしょう?」と、相沢さん。
「ええ。いまやってる仕事がひと段落したら休憩に入ってくれると言っていたわ」と、イリス。
「麗子さんと光里さんもすぐ来るって言ってたけど」
と、ヨーヨーをしながら一年三組の少女・
「あたしらはあたしらで動く必要あるっしょ」
「まあそうね。あなたが余計なことをしなければね」
キッ、と、殊袮はイリスを睨んだ。
「あんたこそ余計なことしないでよね」
「まあまあお二人さん……今日会ったばかりなんだから」相沢さんが二人にそう穏やかに投げかける。「目的は一緒でしょう?」
「そうだね明日香」ヨーヨーをキャッチした。不敵な笑みを見せる。「どうぞよろしく、イリス」
「こちらこそ」
……などという女子三人組の会話を耳にしながらぼくは床に座っていた。
なぜ手洗い場の床に座っているかって?
——ぼくの胸に、ぼくのハンマーが突き刺さっているからだった。
話は十五分ほど前に遡る。
「あーマジムカつくわマジムカつくわ」
放課後が始まり、名梨が何の話をしているのかおおよそ見当のついたぼくは反応した。
「あの先生、小言を言うのが趣味みたいな人だから」
「教師ウケはいいみたいだけどね。だからムカつく。誰に相談すりゃいいんだ。校長か?」
「とりあえずはうちの担任でしょ」
「あのババア、ほんと自分が嫌われてるなんてわかってねーのかな。キリシマさんなんかは『嫌なことは嫌って言わなければ相手は気づかないわ。敵は自分が嫌な思いをさせているなんて自覚がないのだから』なんて話してるのを聞いたけどさー」
名梨とぼくが何の話をしているのかというと、先ほどのトイレ掃除のことである。ババアこと社会科教諭の女教師がぼくらのトイレの仕方にケチをつけたのだ。それで、ならば指示を仰ごうと思っていたら「突っ立ってないで作業しなさい」と怒り、それで、ならばこのまま続けようと思っていたら「指示をされる前に動かれるとイラッとくるのよ」などと返され、結局途中でたまたまやってきたイリスが正義の味方的に文句を言ったら消えていった、そういう出来事があったのだった。
「マジさっきみたいな場合どうすりゃあのババア満足だったんだろな」
「なにをしても文句を言われてたと思うけど」
「子どもが嫌いなのかねぇ」
その可能性もあるような気がぼくにはした。何のために教師になったかといえば決して反抗しない子どもたちに対する攻撃性が強いためでもあるんじゃないかななどとぼくはうっすら想像する。
「三組のやつらも愚痴ってばっかだもんな〜」その女教師は一年三組の担任でもあった。「こないだのロングで三組のやつらがこれこれこういうことをしたいです! って言ったらぐちぐちなんか言ってたみたいだぜ。なんで一言言いたくなるんかね、大人のくせに」
「大人として一言言わなきゃとか思ってたり」
「げ、最低最悪。みんなが幸せならそれでいいじゃんねぇ。あ〜キレそう」
「キレたら進学まずいんじゃない?」
「ま、おれなら定時制でも通信制でも最終的に目指すゴールには絶対辿り着くんで」
「それも強いね」
「まああれよ。末っ子として自動的な要領の良さでやってくさー、するり、するり、とね」
「するり、するり、かぁ」
「そういやみんなが幸せならそれでいいじゃんの話といえば仮面ライダーの話なんだけどさ」
相変わらず話題を急転換させるやつだ。
「仮面ライダーがどうしたって?」
「いやあのさ、こないだ、白血病の子どものために歴代のライダーが集まったのよね。ネットで集まって、直接お見舞いに行った人もいるみたいなんだけど」
「泣ける話だ」
「でもさー、これがインターネットの恐ろしいところ。誹謗中傷が相次いで。他の難病の子どもが同じこと訴えてたらどうするんだ! みたいな。知らねーよそんなの、そのとき動ける人が動きゃいいじゃ〜ん」
「世の中は多様に出来てるからどうしても残酷な人もいちゃうんだよ」
「そん中で俳優の一人が両論併記しててさぁ。みんな正しくて、みんな間違ってる、なんてポエミイな感じの」
「ほう」
「でもさあおれはつくづく思うね。誹謗中傷している人が間違ってるだけで登場人物みんな正しいんじゃないのって。おれなんか、その少年が幸せになれたならそれでいいんじゃないのって思っちゃうんだけどそんなおれは能天気なのかねぇ」
「そんなことないと思うけど」
やや疲れたような表情で、しかし白い歯を見せて名梨は笑った。
「ま、おれはそんなおれが好きなんだけどさ」
……などという雑談を繰り広げたのち。
「じゃあぼくトイレ行ってくるから」
「あ、待っておれも行くおれも行く」
と、二人してカバンを持ってそのままトイレへと向かう。
……はずだったのだが、てくてくと歩いていたら名梨が急に、
「あ、忘れ物したかも。先に行ってて」
「了解。来なかったらもう帰るから」
「おっけ」
と言って、名梨はとんぼ返りをする。
別に連れションをしなければならない理由などはないので、ぼくは一人で廊下奥の男子トイレへと向かう。到着し用を足す。そして手洗い場に出て手を洗っていると——。
「あなたが葛居時生ね」
背後から声をかけられびっくりしてぼくは振り返る。するとそこに見慣れない少女がいた。見慣れないと思った。いや、あれ、どこかで見たような。
「あたし、勅使河原殊袮。殊袮でいいよ。以後よろしく」
「?」
ヨーヨーをしながら彼女はぼくに迫る。
「なかなかの強さみたいね。あたしの人払いの術を突破するとは」
この時点でぼくは、あ、と、声を上げた。
「君は、陰陽連の人?」
「そう」
少なくともうちのクラスの人間ではない。中学校に入ってしばらく経つが、別のクラスの一人一人の顔もぼくはあまり覚えていない。
はずなのだが、しかしやはりぼくはこの少女に見覚えがある。
「あたし、今日から通ってるの。三組なんだけど」
「はあ、そうなんだね」
「仕事が忙しくて入学式に間に合わなかったんだけどね」
「仕事?」
「そう。お芝居をやってます」
あ。そうか、そういえば。
「そういえばドラマで観たことがある」
「あ、嬉しいー」と、ヨーヨーをキャッチした。「そんなに目立つタイプの子役じゃないのにー」
「たまたま気づいて」
「なるほどなるほど」
「——それで、あの」
「なぁに?」
「人払いの術を意味もなくかけるとは思えないので——」
そのとき、床から鬼哭アルカロイドが出現した。
「!」
咄嗟にぼくは常備していた葉っぱから木槌を作り出して——。
「はっ!」
そのとき、殊袮のヨーヨーが鬼哭アルカロイドを掠め、その途端そいつは再び床に沈み込み、ヨーヨーはそのまま軌道を描いてぼくの作り出している途中のハンマーに接触し——。
するり、するり、という感触ではなかったが——そのまま、ハンマーはぼくの胸を貫いた。
「まずい!」
などと殊袮は叫んだがもう状況は都合の悪い方向に進んでいた。
ぼくは胸を貫通したハンマーに目を白黒させた。
「え?」
触ってみる。触れる。抜こうとしてみるが——抜けない。
「えっ。えっ」
……そしてその直後、相沢さんとイリスが現れ、冒頭のやり取りへと至ったのだった。
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