3-7

「トキオ、次はあそこ」

「はい、はい」

 と、ぼくは葉っぱを木槌に変えジャングルジムへと投げる。そしてその木槌をイリスが弾丸を撃ち込むと凄まじい爆風と共に鬼哭アルカロイドは光を放って消滅していく。つまり決定的な致命傷を与え続けていることになる。さっきからこの作業を何度も繰り返しているぼくとイリスであった。

 理論的には、このハンマーが爆弾の役割を果たすのであればレッドさんの薙刀や麗子さんの大太刀でも同じ効果を持つはずだったが、あまりに強烈な威力に至近距離にいる者が飲み込まれるわけにはいかないということでこれはぼくとイリスの共同作業ということになったのだった。レッドさんたちは公園内の鬼哭アルカロイドを撃破しながらも基本的にはぼくらの方へと追い込んでいる。致命傷を与えるレベルではないのに撃破しているのはおそらく光里さんの式神の影響下にあるからだな、と、ぼくは推測した。

 木槌を一つ一つ出現させるのは骨の折れる作業であった。この力はどうも体力も神経も使うようだなとぼくは思う。実際、精神的なリフレッシュにはなっているがどうも体力的に疲労が溜まっていくのだ。ただ、もっともそれは体育の授業で疲れるというのと特に変わらない。おかげで今日はよく食べてよく眠れそうだ。そんなことを思いながらぼくは調子に乗って二つ、三つと同時に木槌を出現させてイリスのリクエストに応えてやる。

 そんなこんなで公園内はいまほとんど戦場と化していた。至る所で爆撃と爆風が繰り返されている(繰り返しているのはぼくらだが)。しかし公園にやってきている一般の人たちはいま公園がそんなことになっているなどとは露知らず思い思いに公園遊びを楽しんでいた。次元が異なるから影響を互いに受けない、ということか。ぼくが思うのは、ぼくもやはり陰陽連に入る前のただの一般人だったとき、この人たちが目の前で戦いを繰り広げていたのだろうか、ということだった。互いに影響を受けないわけだからそうであってもおかしくない。そうなるとこれはなかなか哲学的なテーマだな、と、ぼくはちょっと面白い気持ちになるのだった。

「それにしても」

 滑り台にいた二体を同時に抹消して、ぼくはなんとはなしにイリスに話しかけた。

「こいつらは一体何なんだろう?」

 純粋な疑問である。結局のところレッドさんはそれについて決定的な解答をぼくに示してくれたことはないのだから。

 だがイリスはそんなわかりきったことをとでも言いたげにぼくの疑問にあっさりと答えた。

「降りかかる火の粉なんだから払い除けるのは当たり前よ」

 それは確かにその通りではあるのだが、しかし鬼哭アルカロイドには鬼哭アルカロイドでなにかすべきことがあるからこうやって存在しているのではないだろうかという気がぼくにはしている。そしてそれは幼い頃からずっと思っていたことだった。

 イリスは続けた。

「邪悪なもの、倒すべき敵……悪意や殺意など負の観念の源よ。だから発見次第即座に“滅却”するほかないわ」

 ぼくは木槌を投げ、イリスがそれを撃つ。

 キラキラとした光と爆風の中ぼくは言ってみた。

「光里さんの見解とはずいぶん異なるね」

「光里はバカではないけれど融通が利かなくて困るわ」

 もし光里さんがこのセリフを聞いていたらそのセリフそのままお返ししますよなどと言っていただろう。

「イリスはどうしてそんなに鬼哭アルカロイドを——憎んでるの?」

「決まってるじゃない」バン! と目標に撃ち込み、ぼくの方を振り返らずにそのまま答える。「小さい頃から面倒な目に遭ってきたんだから」

 どうもぼくの体験、生育歴とはだいぶ違っているようだ。

 イリスは続けた。

「自分で敵を倒すことができるとわかったのは幼稚園に入ったばかりの頃よ」

「それはアグレッシヴな……」

「小さい頃から目標撃破が私の日常だった。どうしてこんなものが存在しているのか、どうして私にそんなことができるのかも疑問ではあったけど、とにかく“やれる”からやってきた。三年前に隊長にスカウトされたのは運命だったとしか思えない。私はこいつらを滅却するために生まれてきたのだと思えてならない」

 それはさすがに人生観が狭まっているような。

「でも、光里なんかは私の意見にだいぶ言いたいことがあるみたいね」

 そこがぼくの気になっているところだ。

「でも、なんだか」

「なに?」

「光里さん自身には特に思うところがなさそうっていうか」

「光里はバカじゃないもの。鬼哭アルカロイドとの戦闘においてかなり有益な力を持っているし彼女は賢いわ。意見が異なるのは残念だけれど私たちはずっと平行線を辿るのかしらね」

「結果的に消すのが目的なら、アプローチの仕方が違ってても特に問題ないんじゃない?」

「そんな簡単な話なら世の中から戦争なんてなくなるわね」

「戦争?」

「そうよ。結局、戦争なんてバカ同士の戦いなのよ」

 確かにそれはそうだとは思うが、しかしそれにしてももうちょっと考える余地があるのではなかろうか。みんな、自分が正しいと思っている。そして相手を間違っていると思っている。戦争なんてバカのやること、というのは確かにそうだとは思うが、しかしそれにしても登場人物たちはなにも考えていないわけではないのだろうか。結果的にたくさんの人たちが死んでしまっても、殺して殺されてしまっても、それでも彼らには彼らなりの事情や理由や都合があるのではないだろうか。そしてその折り合いがどうしてもつけられなかったから宣戦布告なんて事態に陥ってしまった、ならば折り合いがつけられればいいのでは、などとぼくはちょっと考えてみるが、しかし——我ながら平和な国に住む呑気な子どもの意見だなという気もする。

 ぼくは考える。いまも地球上のいろいろな国で戦争や紛争が日々起こっていることを。そして、結局のところ、

「どうして戦争なんて起きちゃうんだろう」

 ということを小学校六年間の夏休みの読書感想文を書きながら思ったことをふと言ってみる。

「バカはパーソナルスペースが広いからよ」

 直後、ぼくの六年間の疑問などなんでもないと言うかのように彼女はあっさりとぶった斬ってきた。

「パーソナルスペース?」

「そう」

 弾丸を撃ち込み、撃破。

 イリスは喋り始めた。

「バカは自他の区別がついていないからパーソナルスペースがとんでもなく広いのよ。私が言ってるようなことだって、バカは決して“自分に言われてる”なんて思わない。バカだから」

「ふむ」

「“こっちがちゃんとすれば相手はきちんとするはずだ”なんて思ってるからつけ上がるのよ。“話せばわかる”とか“誠意を持って接する”とか、そんな努力がバカをバカにするの」

「じゃあ、どうすればいいんでしょ」

「バカに合わせたその上でより良い世界を作るしかないわ」

「それは、それは……」

「だって——“お願い”なんかしたら、バカはバカだからより一層つけ上がるだけよ」

 そこでイリスはぼくの目を真正面から捉えた。真面目で、生真面目で、強烈な気迫で持って彼女はぼくに言った。

「世界を変えるのは力と情熱よ。言ってもわからないやつには殴ってでも言い聞かせる」

 そうだろうか? その考え方は要するに戦争を肯定してしまうのではないだろうか。

 そんなことを考えながら爆風を起こす砂場を眺めていると、ふとこんなことが頭によぎった。

 例えば——中高年のおっさんが、昔は良かったことがいまはダメなのはなぜだと言うけれど、そもそも昔もダメだったのではないだろうか。殴られたら痛いし、怒鳴られたら怖いし、怒られている人をみると嫌な気持ちになるのは昔からそうだったはずだ。だけど昔は「だってしょうがないじゃない、どうせこんなもんだから」で済まされてきた。でも、いまは、それがやっぱりおかしいよねとなってきているから世の中が変わろうとしているのではないだろうか。大体いじめを許さないという割には体罰を許容すると言うのはぼくはどうしても矛盾を覚えるし、つまり——“理由”があれば殴ることが許容されるのであれば、それならいじめだって理由があるのではないか。あいつは嫌なやつだからいじめよう、と言うのは、それはそれである種の正義だ。でも、やっぱりそれは違うんじゃないか。殴られたら痛いし、怒鳴られたら怖いのだ。

 ただ……イリスの主張にごもっともだと思う気持ちがあるのも、これも確かな本音だ。言ってもわからないやつには殴ってでも言い聞かせる、という点で。そしてそれを受け入れたとき、暴力や体罰やいじめや、そして戦争を肯定することになってしまうのだろう。それでも、わからない人にわかってもらうために、あるいはわからせるための最終手段が暴力なのだとしたら、僕らは結局そうするしかないのだろうか。あるいは——それが人間そのもの、なのだろうか。人間なんて結局そんな程度の——バカに過ぎないのだろうか。

 気がついたら公園内の鬼哭アルカロイドは全て消滅していた。

「お疲れ様、二人とも」

 と、薙刀をすでにしまったレッドさんがぼくらのもとへと歩いてくる。

「なかなかの体力仕事だったね。本当に、お疲れ様」

「いえ、なんとか」

 マラソンを全力で走り抜けたのと同じような体力的疲労困憊がぼくを襲っているが、しかし、まだまだ中学一年生の子どもらしくそれでへばったりはしない。少なくともそれ以上の体力はあるつもりだった。

「うん」と、レッドさんは辺りを見渡した。「というわけで、本体がどれかは結局わからなかったけどそれは大した問題ではない。もう三十秒も経つが出現していないということはこれでミッションコンプリートということだ」

「それならいいんですが」

「よし! じゃあ、いつものやーつ、いくか!」

 そこにいつものようにふよふよと一眼レフがどこからかやってきた。

「みんな集合! それじゃあ、合言葉は、イエース‼︎」

 パシャリとカメラが作動する。イリスはノリのいい女の子のようで、ポーズを決めていた。


 というわけでぼくら六人はそのままゲートを潜り、陰陽連のアジトへと向かう。

「レッドさん」

 一番後ろを歩いていたぼくは隣のレッドさんにちょっと声をかけてみた。

「なんだね」

「なんだか……皆さん、いろんな考え方をお持ちのようで」

「そうだねぇ」

「光里さんの世界の変え方と、イリスの世界の変え方はだいぶ違うみたいです」

「それを言うならね、トキオ」

 と、レッドさんはぼくにウインクをした。

「守るべき世界が正しいだなんて、自分勝手な思い込みさ」

「……」

「世界は人の数だけある。まあ——もしかしたら、全ての要求を満足させる唯一の答えがあるのかもしれないけどね」

 しかしぼくら人類は未だそこに到達していない。

 それまでぼくらは戦いを、争いを、諍いを繰り返し続けるのだろうか。

 それは——ぼくらがバカだからだろうか?

 だがぼくは、これだけ疲れているなら今日のおやつは美味だろうな、と、ありふれた日常の幸せを思うばかりなのであった。

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