3-5
翌日からイリスの快進撃が始まった。
「先生。それは違うと思います」
体育館中の一年生たち及びその場にいた教師陣が固まった。
いま、体育館では先生たちが喚いていた。一年生のエリアにガムが落ちていたそうだ。それでこの中に犯人がいるんじゃないか、確かにこの中にはいないかもしれないが校内で飲食は禁止のはずだ、などと先生たちが喚いていた。ぼくとしては一年生のエリアにゴミが落ちていたからって犯人が一年生だとは限らないし、そもそもこの中にまさに犯人がいたところで正直に名乗り出るはずがないのになぜこの人たちはこんなに血相を変えて苛立っているのだろう……ということをイリスが代わりに全部説明した。それだけではなく、そんなくだらないことより話さなければならないことは山ほどあるんじゃないですかなどと発言した彼女に案の定血相を変えていた教師陣はさらに血相を変え、後で生徒指導室に来るようになどとイリスに迫ったが彼女は話があるのならいまここでどうぞとまるで怯むことがない。その強気な態度に教師たちの方が怯んだり焦ったり怒ったりと表情が忙しい。一方で生徒たちはこの昨日転校してきたばかりのフランス人形系美少女に興奮していた。自分たちが言えないことを代わりに言ってくれるなんて……と、キラキラした目で彼女を見る。一方で、お前出しゃばんな、といった視線もぼくは感じる。だがイリスは第三者のことなど終始どうでもよさそうだった。
結局生徒指導室に連れて行かれ小一時間説教を食らったようだがただただ説教を食らうだけではないのがイリスのすごいところなのだろう、と、教室に帰ってきて特になにも気にしていない様子の彼女に教室中が色めきたった。
「イリスすごいね。あの先生にあんなに言えるなんて」
「理不尽だと思ったから物申しただけよ」
「すごいなぁ。しかも淀みなくスラスラと」
「あなたもそうした方がいいわ」
「いやぁ……それはちょっと無理っつーか」
「自分の意見はきちんと口に出した方がいいのよ。第一、先生方もそれを私たちに求めているようだし」
「でもさあ、それはそれこれはこれで、俺たちには反抗するなって感じじゃん?」
「それこそ理不尽だわ。そもそも抵抗しなければ生きていくことはできない」
次の国語の授業の担当教諭はその生徒指導の先生であり、直前で自分を困らせたイリスをまるで目の敵のように扱ったが彼女はまるで気にもせずスラスラと言われたままに教科書を読み上げる。その凜とした態度に先生もたじろいでしまったようであり、なんとかしてこの少女をいじめてやろうぐらいには思っているようには見えたが彼女を“いじめる”のは到底不可能だと、その時点でクラス中が悟っていた。
体育の授業。イリスはスーパースターだった。バスケットボールの得意な男子たちが呆然とするほど次々にシュートを決めていく。蝶のように舞い蜂のように刺すといった感じだろうか? とにかくイリスはアスリートとしても一流であり、勉強に関しては言うまでもなく優秀だった。
そんなこんなで昨日の“深窓の令嬢”ぶりとは打って変わり今日のイリスは強烈であり苛烈だった。昨日まで彼女に興味津々だった生徒たちはさらに興味津々になるか彼女を怖れるようになるかのどちらかになったようだった。あっという間に友達もできたようで、そしてあっという間に敵もできたようだった。これが彼女のスタイルなのだろう、と、もはや高嶺の花もいいところの存在と化し自分の住む世界の住人などでは決してないと悔しがっている名梨を横目に、完全無関係を決め込んでいるぼくはぼんやりとそう思うのだった。
というわけで、放課後。
「やっぱり自分を抑えるのは精神衛生上よくないわ」
イリスと相沢さんと合流し、河川敷を歩くぼくら三人。
「あんまり無茶はしない方がいいと思うけど」
「無茶なんかしてないわ」
「先生たちすごいびっくりしてたじゃない」
「それは彼らの都合よ。私には関係ないわ」
「う〜ん。イリスはほんと目立つことに無自覚だよね」
「私からすればみんなおとなしすぎるのよ。本当はいろいろなことを考えているはずなのにそれを表に出すことがない」
ぼくのことを言っているのだろうか。
「にも関わらず状況が自分にとって都合のいいように展開することを望んでいる。自分はなにもしないで周囲が自分のいいように進めばいいと思っている。そして見事そのように展開していったら“ほうら私の言った通りだろう”とこともなげに言う。好きじゃないわ、そういうの」
二人の後ろをてくてくと歩くぼくの心にイリスの言葉が次々と突き刺さる。
突き刺さりはするが、だからといってそれでぼくのスタイルが崩れるわけでもないのだが。
今日のイリスの様子を、態度を見て、本当に自分らしく生きていきたいのであれば世界中を敵に回す覚悟がなければならない、というようなことを、確信に近い気持ちで抱いたぼくは、やっぱりぼくはぼくのスタイルでのんびりとやっていこうとつくづく思うのだった。
というわけで談笑を繰り広げる前方の女子二人の背中を見ながらぼくは今日のおやつもバナナケーキだなビバ日常、などと考えていたら——。
「——」
ぼくらは立ち止まる。
その場の空気が一変した。
「いるわね」
「いるね」
「どこだろう」
「河川敷じゃないわ」
「至近距離なのは間違いないと思うけど」
「どうしよう」
「任せて」と、イリスは目の前にモニターを表示させた。「……公園ね」
この河川敷の至近距離の公園といえば、ぼくも知っているところだ。
「みんなに連絡はするの?」
「この規模なら向こうだって気づいてると思うわ」
「ぼくら、ゲートを通ってないから靴を履いてないけど」
「姿を隠すぐらい簡単だよ。問題なし」
「それでは行きましょう」
と、イリスの右手にはいつの間にかリボルバーの拳銃が握られていた。
うーん。物騒だ。
銃という武法具を持った血気盛んなイリスはさらに血気盛んになっている。
しかしこれはこれで、いまとなっては、例えば家で学校の宿題をするようなぼくの日常生活の延長線上にある出来事だ、と、ぼくはそう思えるのだった。
……ぼくもだいぶ染まってきたのかなぁ?
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