2-3

「ただいまー」

 と外観からは想像もできない広い廊下を歩き、二人でそう言いながら居間のドアを開くと、そこには麗子さんと、見知らぬ女性が二人で花札をしていた。

「あー、負けちゃったわね」

「もう一歩でしたね」

 悔しそうにしている麗子さんと、にこにこと笑うその人。机の上を見てみると、どうやら彼女たちはこいこいをしていたようだった。

「あ、お帰りなさい二人とも」

 と、麗子さんがそう挨拶してくれて、ぼくはぺこりと会釈する。

「お帰り光里」と、相沢さんがその人に声をかけた。「また花札?」

 彼女は笑顔で返事をする。

「はい。趣味ですから」

「なにか賭けた?」

「まさか。そりゃあなにか賭けた方が面白いですけども」

 くすくすと笑う一方で、その人はぼくに気がつき興味深そうな視線を送った。

「この方、どちらさまですか?」

 すると麗子さんが答えた。

「新入隊員のトキオくんよ」

「ああ。久々の新入りさんですね」

 と、彼女は立ち上がって、ぼくの前に立って頭を下げた。

「初めまして。わたし、龍王院りゅうおういん光里と申します」

 ややあたふたしながらぼくも頭を下げる。

「葛居時生です」

「トキオさんですね。お噂はかねがね」

 むむ、とぼくは眉をひそめる。

「どんな噂を?」

「そりゃあ、新人ながらレッドさんのサポートをしたというお話ですよ」

 おそらく謎のハンマーの山のことを言っているのだろう。

「いや、そんな」

「ふふ。わたしのことは光里と呼んでくださいね」

「はあ」

「龍王院さんなんて、いちいち面倒でしょう?」

「すごい苗字ですね」

 割とシンプルな疑問を口にしたぼくに、予測していたように光里さんは答えた。

「家が元財閥なもので。まあ元財閥がすごい苗字であるという法則があるわけじゃありませんけれど」

 くすくす笑う。となると光里さんはお金持ちなのだろうか。などと無粋なことを考えていると、彼女はぼくと相沢さんを交互に見た。

「二人は、同級生なんですか?」

「うん、そうだよ。同じ中学のクラスメイト」と、相沢さん。「小学校は別々」

「ふむふむ。いいですね、青春ですね」

「光里だって花の女子高生じゃない」

「そうですね。青春ですね」

 女子高生。となると光里さんは高校に通っているのだな、とぼくは思い、ふと訊ねてみる。

「どこの高校ですか?」

 すると彼女は自分の通っている学校の名前を答え、ぼくは、ほう、と頷いた。

「ぼくもそこに行きたいと思ってて」

「あ、葛居くんも?」

「相沢さんも? 名梨からしょっちゅう話聞いてて、じゃあぼくもそこにしようかなって」

「じゃあお互いライバルだね。一緒に頑張ろうね」

 二人でそう言い合っていると、光里さんはさらにくすくす笑った。いまのこの会話のなにが面白いのかよくわからないが、どうも光里さんは“くすくす”笑う人のようだった。

「いいですね。いい高校ですよ。古いけれどきれいですし、先生方も素敵な人たちです」

 そう聞くとぼくも盛り上がってくる。

「頑張ります」

「はい。頑張ってください」

 さっきから光里さんはずっと敬語である。お金持ちの家の子どもというのは礼儀正しいものなのだろうか。

「レッドさんまだですよね」

 と、ぼくは麗子さんにそう訊ねると、彼女は、うん、と答えた。

「まだ会社ね。いつも通り五時過ぎにならないと。なにか用事?」

「いえ、何となく」

「サラリーマンは大変ですね」

 感慨深そうにそう言う光里さんに、麗子さんはやや呆れたような表情をした。

「あなただってビジネスマンじゃない」

「マンではありませんけどね」くすくす笑う。「別に一日八時間労働を常にしているわけじゃありませんしね」

「そんなこと言ったら私だってフリーランスだけどね」

 二人で大人の会話をしているのを見て、ぼくは更に興味深いと思った。

「ビジネスマン?」

「高校生でビジネスマンなの」と、相沢さん。「事業の手伝いってことだけど、かなり本格的に働いてるみたいだよ」

「そんなこともないんですよ。ただ手伝ってるだけです」

「でも、いま光里がいなくなったら会社は結構ピンチなんでしょ」

「いなければいないでどうにかなりますよ。世の中とはそういうふうにできているものです。ところでお二人は部活動とかはしていないんですか?」

 話題を変えてきたということはあまり話したいことだとは思ってはいないのだろうかとぼくは推測し、答える。

「見学は一通りしたんですけど、ここにいる方が楽しくて」

「サードプレイスができてよかったですね」光里さんは相沢さんに目をやる。「明日香さんは?」

「ん〜。どうしようかなって。友達に誘われてるんだけど、ここにいたいしなぁって」

「両立なんて最終的にはどうにかなりますよ」

「そうかな。部活してる間はここには来れなくなるし、夜にうちに帰るわけにはいかないじゃない」

「時間とはあるものじゃなくて作るものですよ」

「とはいえないものはないからなぁ。どうしよう」

 考えてみればいまここにいる女性陣三人は、クラスの女子たちとは違ってぼくと普通に接してくれている。それが何だかぼくは嬉しいというか、安心していた。やはりいちいち拒否されるのは、やはり傷つくものである。などと思ったが、しかし、やはり女子三人の中に男子一人というのは、やや居心地が悪い。

「あら、警報ですね」

 別にぼくの居心地の悪さに配慮してというわけでは全くないのはわかっていたが、そのとき警報が鳴ったため、ぼくは不安な一方で安心した。

「レッドさんいませんけど」

「まあ、平日のこの時間じゃあね」と、隣の部屋に向かいながら麗子さんがそう言った。「基本的には私が副隊長だから、私の指示に従ってくれるかな」

「了解!」と、相沢さん。

「了解しました」、と、光里さん。

「了解です」と、ぼく。

 うん、と頷き、麗子さんは襖のモニターを見た。地図が表示され、とある地点に光が点滅している。

「あそこの繁華街か」

 麗子さんの指示に従う、ということは、今日は見学ではないためぼくにはぼくでなにかやることがあるのだろうかとぼくはちょっと心配になる。確かに山盛りのハンマーをどこからか呼び出したらしきぼくだが、まだ対鬼哭アルカロイド戦に関してはなにもわからないし、ぼくはみんなのように武器——武法具をまだ持っていない。戦う、という点においてぼくには一体なにができるのだろう、と考える一方で、光里さんの武法具はなにかな、と、やや明後日の方向を考えたぼくは、少しは余裕があるのかな、と、何となく思った。

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