2-4

 繁華街。霊道を潜り抜けたその先で、夕方の街はたくさんの人々で溢れ返っていた。だが彼らはどこからか現れたぼくらのことも、街中をうようよと移動している鬼哭アルカロイドのことも気にせず、のんびりと愉快に仕事終わり学校終わりの時間を過ごしていた。

 またしても例の不思議な靴をいつの間にか履いていたぼくらは街を見渡す。

「いますね、たくさん」

 と、光里さんが呟くと、相沢さんも麗子さんも頷く。

「発生源はどこなのかな」

「建物の中かもしれないわね」

「そういう場合はどうするんですか?」

 と、シンプルな疑問を口にしたぼくに、光里さんはくすくす笑う。

「そりゃあもちろん、この辺一帯のエリアを全体的に相手するしかないですね」

 それはそうだな、とぼくは考える。まだ鬼哭アルカロイドのことはなにもわかっていないが、何となく一体でも残っていればそこから増殖するんじゃないか、というような想像が頭によぎる。

 とはいえ、なかなかのビルが立ち並ぶこの繁華街で、一つ一つの建物の中に進んでいったら時間がいくらあっても足りないような気がするが。

「光里、お願いできるかしら」

 ぼくの疑問をよそに、麗子さんが光里さんに声をかける。光里さんはにっこり笑って、

「任されました」

 と返事をすると、彼女はいつの間にか肩にかけられていた古風なショルダーバッグのボタンを開けた。

 すると、中からサイコロや麻雀牌、ルーレットのコイン、花札やトランプなどがまるで意志を持っているかのように外に出てきて、次第に一つ一つ可愛らしい小動物のような姿に変身していく。

「?」

「式神です」

 また厨二な。とにかくわらわらと出てくる。見た感じカバンの容量を遥かに超えているように見えるが、一体このカバンの中はどうなっているのだろう。

「じゃあみんな、行ってらっしゃい」

 と、光里さんが手を振ると、式神たちは街中に散らばっていった。

 その間も異形の怪物たちは街を闊歩している。ただ、闊歩しているだけでやはり具体的になにをしているのかはよくわからない。人々の体をすり抜けながら移動する鬼哭アルカロイドたちを見て、地球上のあらゆる場所で伝説として語られている幽霊の逸話って鬼哭アルカロイドから来ていたりするのだろうかと何となく思う。確かにレッドさんはこの世界のファンタジーなもの全般のことを陰陽連合では鬼哭アルカロイドと呼んでいると言っていたが。

「というわけで、作戦を立てるわよ」

 これまたいつの間にか大太刀を携えている麗子さんが、ぼくらに向かって指示を出し始めた。ぼくら三人は麗子さんの言葉を待つ。

「じゃあトキオくんはとりあえず私と一緒に行動してくれるかな。今日は見学じゃないにしろ、あなたもまだまだわからないことだらけだし」

「あ、はい」

「あのハンマーについてもわからないことだらけだしね」

 結局、あれ以降ぼくはあのハンマーの山を再び出現させようとレッドさんたちの指導鞭撻を受けたが、どうもあの神社と同じようなことにはならなかった。霊力を全開にし、出てこい出てこいといくら念じてもあのハンマーは出てこなかった。調べておく、とレッドさんは言ったが、そもそもぼくはあのハンマーをどこからか呼び出したのかなにからか作り出したのかすらわかっていないのだし、理論的なことがなにもわからない以上、再現するのは非常に難しいような気がしていた。あるいは対鬼哭アルカロイドのときに効果を発揮するのかもしれないね、とレッドさんは言ったが、そうなると今現在の回答としては「行き当たりばったり」ということになりそうでぼくは若干不安になったのだった。

 どうすればあのハンマーを出現させられるのかわからない以上、しばらく単独行動はしない方がいいとのことで、ぼくは日常的に簡易型結界術を使っている。おかげでいま、物心ついたときから認識していた鬼哭アルカロイドとほとんど関わらない日々を過ごしており、それはそれでぼくとしては安心の気持ちいっぱいだった。

「光里はここで作業していて」

 と、麗子さんは光里さんに向き合った。

「了解しました」

「明日香は光里を守りながら」

 鉄扇を左手にぽんぽんと叩きながら相沢さんは頷いた。

「了解。葛居くんにいろいろ教えてあげてね」

「よろしくお願いしますね、明日香さん」

 このやり取りを聞いて、光里さんは戦闘要員ではないのだろうかとぼくはちょっと疑問に思う。てっきりこの式神たちが鬼哭アルカロイドを倒すのだろうかと思ったのが、そうではなく、光里さんは後方支援とかそういう役割なのだろうか。

「じゃあトキオくん。私についてきてね」

「あ、はい」

「では行きましょう。いつも通り、目標撃破ね」

 相沢さんは鬼哭アルカロイドに向かっていき戦闘を始める。光里さんはその場に立って、カバンの中の式神たちは全て出尽くしたのだろうか、後ろに手を組んで穏やかな微笑みでぼくらに語りかけた。

「撃破はいいんですけど、抹消はしないでくださいね」

 言葉の意味がわからず、ぼくは怪訝な表情になる。すると麗子さんが答えた。

「それはあなたが作業中でしょう? いつも通りに」

「それはもちろん」くすくす笑う。「そのためにわたし、ここにいるんですからね」

 謎の会話を繰り広げているようにしか思えなかったぼくだが、後になってわかる。

 光里さんは“甘い”方だということを。


 というわけでぼくは麗子さんについていくが、彼女が人混みの中で大太刀を振り回して鬼哭アルカロイドたちを倒していく中、ぼくはなにもできずにいて不甲斐なかった。麗子さんと共に戦おうなどと思って、この間と同じように精神を統一して霊力を全開にして腕を伸ばしたりしてみてもあのハンマーの山は出てこない。一体どうすれば出てくるのだろうかと試行錯誤するが、その間にも麗子さんはバッサバッサと目標撃破を繰り返し続けていく。不甲斐ない。ちなみに麗子さんの刀は人々の体をやはり素通りに目標を撃破していっているが、だからといってさすがになにも気にしていないわけでもなさそうで、彼女はできるだけ鬼哭アルカロイドのみに刀を振るように心がけているようだった。

 なにもできないので鬼哭アルカロイドを観察してみると不思議なことに気がついた。どうもそいつらには光里さんの可愛らしい式神がくっついているのだ。この式神が鬼哭アルカロイドを弱体化させているのだろうかとふと思ったがよくわからない。麗子さんは特になにも気にせずに前回と同じように美しい所作で刀を振り回し、やがて目標は光を放って消滅した。さっき光里さんは「抹消はしないで」と言ったが、ぼくにはどう見ても抹消しているようにしか思えない。一体光里さんは麗子さんになにを望んだのだろう。

 などと考えながらただただ麗子さんの後をついていったのだが、結局、ぼくは彼女に特に何の指示されることもないまま、この戦闘はいつの間にか終了したようだった。

「これで終わりね」最後の一体らしき鬼哭アルカロイドを撃破したのち、麗子さんはモニターを表示させる。確かに光の点滅はもうどこにもなかった。「トキオくん、大丈夫だった?」

「なにもしないでついてっただけです」

「うーん。一体どういう原理なのかしらね」

 興味深そうにぼくを見る麗子さんの瞳には特に失望の色は見えなかったが、それにしてもぼく自身が不甲斐なかった。

「なにか条件があるのかな……」

「はあ」

「まあいいわ。とりあえずあなたが無事でよかった」

「そう言っていただけると」

「じゃあ二人のところに戻りましょう」

 と言って、ぼくらは光里さんたちのところへと戻っていく。相沢さんもモニターを表示させていて、ぼくらに気がついて手を軽く振った。

「お帰りなさい」

「ただいま。明日香も光里もお疲れ様」

「お疲れ様です」と、光里さん。「うまくやっていただけたみたいで」

「あなたの作業の邪魔をしないで済んだみたいね」

「そうですね」またもくすくす笑う。「皆さんが乱暴な人じゃなくてよかったです」

「他のみんなとも、利害は一致しているでしょう?」

「まあ、皆さんからすれば後方支援ですからね」

 皆さんからすれば、とはどういう意味だろう。光里さんの陰陽連での役割は後方支援ではないのだろうか。ぼくにはわからない謎の会話を聞きながら、ふとぼくはレッドさんが何度も言っていた「考え方の違い」というワードが頭をよぎった。光里さんには光里さんの考えがあって、どうもそれは鬼哭アルカロイドをただ消せばいいというシンプルな発想には繋がらない……みたいな。

 しかしぼくは常々、考え方の違い、というものによって人と人とはわかり合えなくなってしまうのかな、なんて思っていたが、どうもこの三人はわかり合えているかどうかはわからないものの反発をし合っているわけではないように見えた。「利害が一致」していればその溝は埋まる、ということなのだろうか? しかしそんな単純な話で済むのなら世の中から戦争なんて消えてなくなりそうなものだが、世界中のあらゆる争いとこの三人の違いは果たして何なのだろう、などとそんなことを考えるぼくをよそに、光里さんはカバンを閉じた。すると、まだ残っていた式神たちが消滅する。

「建物の中は?」

 と、麗子さんが訊ねると、

「皆さんのおかげで何とか全て相生できましたよ」

 相生?

「それならよかったわ。じゃあ戻りましょうか」

「はい。また警報が鳴る日を楽しみにしていますね」

 なにが何だかわからないが、どうも光里さんはぼくとは異なり対鬼哭アルカロイドを待ち望んでいるようだった。待ち望むような要素があの異形の怪物たちにあるのだろうかと思いつつ、これも考え方の違いなどといった言葉でやがて理解できるときが来るのだろうかとぼくは何となく思った。

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