2-2

「んじゃまたね〜」

「うん。また明日ね」

 と言ってぼくらは河川敷の入り口で別れた。ぼくと名梨が一緒に下校するとき、いつもここで別れる。名梨はドラッグストアを安い安いと褒め称えていて、「ちょっと量少ないけどこれ使ってみる」としばらく熟考したのち化粧水と乳液を選んで買っていった。そういった様を見ていると、ぼくもこういったものを使うようになった方がいいのだろうかという気になってくる。いまのところその思いは全然ピークには達していないが、でも名梨にいろいろ教わるのもありかもしれない、と思う。

 いろいろ教わるといえば名梨はバッチリ成績優秀だった。見るからに頭が悪そうなのに人は見た目じゃわからないということだろう。ぼくは彼に勉強でわからないところを教えてもらうのが日常風景になっていた。たぶん名梨は全体的に情報処理能力が高いのだろう。実際、彼はよく喋るがただ喋るだけではなくかなり論理的にものを考えているようだった。まだ名梨のプライベートについてそこまで訊ねたことはないが、なかなか面白い半生を過ごしてきているのかなとぼくは思う。同じ中学一年生男子というのに明らかにぼくよりも世界を複雑に見ているようだった。

 しつこいようだが——そういう意味では鬼哭アルカロイドを認識できる、というのも、結局、そういうことでしかないんだろうな、と、ぼくは何となく思うのだった。

「葛居くーん」

 歩いていると後ろから駆け足と共にぼくを呼ぶ声が聞こえてくる。誰だろうと思って振り返るとそこに相沢さんがいた。

「相沢さん」

「お疲れ様」

 にっこりと笑う。ぼくは嬉しくなる。

「お疲れ様」

「アジトに行くんだよね。一緒に行こう」

「うん」

 と言ってぼくらは並んで歩き始めた。

「名梨くんと一緒にいたの?」

「見てたの?」

「うん。道の向こうで見えた」

「新しくできたドラッグストアに行ってて」

「あそこ、どうだった? 安い安いって評判だけど」

「あんまりドラッグストアに行くことがないからぼくはわからないけど、名梨はやっすー! って喚いてたよ」

「名梨くん、テンション高いもんね」

 くすくす笑う。ぼくは嬉しくなる。

 ぼくがいちいち嬉しくなるのは別に相沢さんに恋心があるからではない。中学になってやや困ったなと思うところが、どうも女子たちと距離ができ始めたことである。と言ってもぼくが殊更になにか悪事を働いたというわけではなく、かなり明確に女子は男子を「子ども」ではなく「男」と見なし始めているようだった。女子の方が早熟だから、本格的に思春期に突入したということだろうか。それにしても用事があるときに話しかけたりするとやや体を離されたりすればぼくだってちょっぴり傷つく。ただ、男子は軒並みそういった態度を取られているようだったから、まあ女の子っていうのは複雑で難解なものなのかな、とぼくは思うようにはしている。

 そんな中で相沢さんはぼくと親しく接してくれる数少ない女子の一人だった。それもこれも鬼哭アルカロイドと関連しているのだろうとぼくは思うし、わかる。相沢さんは相沢さんで男子連中とは距離を置いているようにぼくには思えたし、女友達たちと賑やかに過ごしている中で男子の誰かが声をかけるとやはり表情がレベルで重くなる。そんなに男子を敵視しなくてもと思うが、これぞ思春期パワーということなのだろうか。しかし、これでは男子たちも本格的に思春期に突入してきたとき、学校生活はどのように変化するのだろうとぼくはやや不安になる。ぼくはまだまだ我ながらお子様なので、何だか世の中面倒臭いなぁとどうしても思ってしまうのだった。

 実際、相沢さんも校内では積極的にぼくに接触することはほとんどない。それはもちろん、陰陽連合の話を学校の中でするつもりもないぼくだからそんなにコンタクトを取りたいと思っているわけではないのだが、それにしてもアジトでは割と仲良く過ごしていることを思うとやや寂しい。ただ、そうは言ってもやはり他の女子と比べればだいぶ話しやすいというのも本当だった。共通認識がある——というのは、人と人とが仲良くなるにあたって重要なことなのだろう。例えば見知らぬ外国で、現地で日本人同士知り合えばすぐ仲良くなる、なんて話を聞いたことがあるが、そういう感覚に近いのかもしれない。

 などと男と女について考えながらぼくらは道の途中にあったベンチの後ろ側を回って歩いた。霊道は日々変化しており、今日の霊道はここに開かれているようだった。ジグザグ歩きをしたり、あるいは信号機を道路側に回って歩いたりすることでぼくらはアジトへと辿り着ける。いまのぼくには霊道がはっきり見えている。それは白い線を追いかけていけばそれでよいのだった。

「葛居くんも霊道がはっきりわかるようになったね」

 と、ウキウキしながら相沢さんはそう言った。

「おかげさまで」

「もうバッチリ働けそうだ」

「どうかな。まだ例の見学のときだけだけど」

「霊力も日に日に高まってるし、なかなかの戦力になりそう」

「それは、いいのかどうなのか」

「というと?」

「命の危険とかは、本当にないのかなって」

「ああ、それは本当に人によって考え方が違うからなぁ」

 また考え方の違いか。一体どういうことなのだろう。と言っても彼女たちはいまひとつ明確な答えを返してくれない。こうなってくると、他の四人のメンバーの見解を聞くのが一番手っ取り早そうだとぼくは思った。

「まあ、とりあえず葛居くんは、ストレス解消リフレッシュの場所として陰陽連を使えばいいよ」

 まるで健康のためには運動をした方がいいよと言われているようで、ぼくは何だか不思議な気持ちになる。

「そうだね」

「というわけで、到着〜」

 いつの間にかぼくらは住宅街の中のアジトについた。

 今更ながらこのアジトは住宅街にあるのだが、お隣さんたちの見識はどうなっているのだろうとぼくはいつも不思議である。霊力のない者には空き地に見えるということだが、何でまたいつまでも空き地なのだろうと奇妙には思わないものなのだろうか。それともそういったことも陰陽連で何らかの情報操作とか工作みたいなことをしているのだろうか。そんなことを考えながら二人で門を潜り、玄関を開けると見慣れない靴がそこにあった。

「あ。光里ひかりだ」

 ぼくは反応する。

「ひかり?」

「うん。メンバーの一人。ああ、帰ってきてたんだね」

 どうやら、ぼくがまだ会えていない隊員の一人が、いまこのアジトにいるようだった。どんな人だろう、とぼくはややドキドキする。靴から推測するに女性のようだったが、果たしてこの人も相沢さんや麗子さんのようにぼくを受け入れてくれるだろうかと、ちょっと不安な気持ちになりながら、ぼくは家の中に入っていく。

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