6 加藤尚子への取材

 どうせあの事件の取材でしょう? もちろん知ってるわよ。なっかなか私のところに取材に来ないから、イライラしてたのよ。ここら一帯で一番あの子と縁が深かったのは私なんだから、普通まず最初に私に声をかけるわよねぇ? 他の記者はいったい何を考えてんだか。あんた、私に取材かけたおかげできっと他社より良い記事書けるわよ。

 確か、あの子が小学二年生ぐらいの頃に、一家でうちの隣に引っ越してきてねぇ。うちへ挨拶に来たときに、ちょうどあの子がうちの子と同い年だったから、ぜひ仲良くしてやってくださいねって言ったのよ。そしたらあの子、背筋をピーンと伸ばして、無表情のまま、はい、こちらこそよろしくお願いします、ってハキハキ言って、深ーく頭を下げたのよ。そのときは、なんてできた子供なんだろう、うちの子とは大違いだわ、なんて暢気に思ってたけど、今から考えたらちょっと異常よねぇ。普通小学二年生でそんな子供いるぅ?

 当然、うちの子とは全く馬が合わなかったみたいだわ。本当に、うちの子とは何もかもが正反対だったから。勉強ができて、品行方正で、先生からの評価も高くて。あの学年の保護者の間じゃ、すぐ噂になったわよ。とんでもない秀才が転校してきたって言ってね。まわりの親たちは、うちの子もあれくらい優秀になってくれれば~とか言ってたけど、私はそうは思わなかったわ。

 だってあの子、なんだかちょっと気持ち悪かったんだもの。

 あの子が殺人なんかしたから、今になって急にこんなことを言い出したわけじゃないのよ? 私は本当に、当時からあの子はちょっとおかしいと思っていたんだから。

 うちの子が中学生だったときのことだから、あの子も当時中学生だったんだろうけど……日曜日の夕方頃に、スーパーまで買い物に行こうと思って外に出たら、あの子が隣家の玄関扉の前で立ち尽くして、しくしく泣いているのが見えたのよ。その日のお昼頃に、隣家から女性のものすごい怒鳴り声が聞こえていたから、お母さんに叱られて家から閉め出されちゃったのかなと思って。さすがに私も子供を叱ることはあっても家から閉め出したりすることはなかったんだけど、家庭それぞれに教育方針はあるだろうからねぇ。でもさすがにちょっと可哀そうだと思って、もう少し待っていたら家に入れてくれるんじゃない? とか、そういう励ましの言葉をかけたんだけど、あの子はちらっとこっちを見るだけで何も言わなくて。いつも私の顔を見るなり大きな声で挨拶してくるような子だから、ちょっと新鮮だななんて思って、そのまま買い物に向かったの。その日はスーパーだけじゃなく本屋とか洋服屋とか色々回ってたから、帰るのが遅くなっちゃって。家に着く頃にはすっかり暗くなってて、かなり肌寒くなってたの。それなのに、それなのによ。あの子はまだ家の玄関の前で立ち尽くしてたの。私が家を出たときと同じ格好で。さすがに不憫に思って、私、あの子を自分の家に入れてあげたの。そのまま夕飯も食べさせてあげたわ。お母さんと何かあったの? って聞いても、あの子は首を振るだけで何も答えてくれなくて。あの子がずぅっと陰鬱な空気を出してるせいで、あの日の夕飯はあまり味がしなかったわ。うちの子も旦那も、いつもはそれなりに談笑するんだけど、あの日はずっと黙ってたわね。その数時間後にドアホンが鳴って、あの子の母親が迎えに来たの。私は、あんまり厳しくしすぎるのもよくないんじゃないですかって言ったんだけど、母親はひたすら平謝りするだけでねぇ。でもね、ここからがすごいのよ。あの子、後日うちに一人で訪ねてきて、玄関先で土下座したのよ。ド、ゲ、ザ、土下座よ、土下座。まだ中学生の子供が、地べたに額を擦りつけて、本気の土下座をしたのよ。ご迷惑おかけしてすみませんでしたって。私は慌てて頭を上げるように言ったんだけど、一〇分くらいは頑として頭を上げようとしなかったわ。通行人にじろじろ見られて、ホントに恥ずかしかったんだから。

 それに、これはうちの近所の人なら誰でも知ってるだろうけど、あそこの家、子供のテストの結果を毎回玄関先に張り出すんですよ。自慢してるんだか晒し上げてるんだかわかりませんけどねぇ。あんなことされたら、子供は恥かかないように何が何でも高い点数を取るしかなくなるじゃないですか。すごいプレッシャーだっただろうねぇ。私、どうしてもああいうやり方には賛同できなくて。だから当時から、うちの子は別にあの子ほど優秀にならなくても構わないって、そう思っていたの。

 あの子、大学生になってもずっと実家住まいでねぇ。勉強しか知らないような子だったし、ああいう家庭で育っちゃったから、今更外の世界になんて出られないんでしょうねぇ。

 だからね、私は昔からずっと、いつかあの子は何かとんでもないことをしでかすんじゃないかと思ってたのよ。それで今回の事件が起きたでしょ。

 ね? 私の勘ってよく当たるのよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る