4 宮里マユ
「ねぇねぇ、やばくない? 二組の東城さん、野球部の松田先輩と付き合い始めたんだって~」
「え~まじやばい。東城さん、吹奏楽部だし、なんか全然そんな風に見えないのに。正直、松田先輩とあんま釣り合ってなさそう」
「でもでも、けっこうしつこくアタックしてたらしいよ。東城さん、見た目はけっこう良いし、松田先輩も最初は相手にしてなかったみたいなんだけど、だんだん絆されちゃったみたいで~」
「あ~あ、結局野球部の男子って見た目さえ良ければ誰でもいいんだろうねぇ~」
「ほんとそれ。うちのクラスでも、野球部の男子と話してるとき、いっつも胸元に視線動いてるし。あれバレてないと思ってるのかな?」
「まじわかる。でもなんだかんだ年上の彼氏って憧れるわ~」
「それな。彼氏にするなら年上がいいよね。包容力あるし。マユはどう思う?」
「えっ? あー……どっちかっていったら、年上のほうが良いかな~……」
たったひとつ年上なだけの先輩なんて、私からしたら心底どうでもいい。中学三年生の男子に年上としての包容力なんてあるわけがない。
確かに松田先輩は身長が一八〇センチもあって、雰囲気も落ち着いている。だけど所詮は中学生のガキだ。どうせ性欲だけで恋愛してるに決まってる。男子中学生なんて、恋人じゃなく、ただ自分の欲望を叶えてくれる女の子が欲しいだけなんだ。恋人同士の信頼関係とか全く考えてないんだから。そんなの本物の恋愛じゃない。
きっと内海先生は男子中学生とは違う。普通の二十一歳よりは恋愛経験が少なめかもしれないけど、男子中学生よりは断然落ち着きがあるし、大人として、恋愛の本質ってやつをわかってるはずだ。内海先生なら、女性を一人の人間として捉えて、真摯に向き合ってくれるはず。
「なーんかマユってあんまり恋バナに興味ないよね」
「え? 別にそんなことないよ」
「マユも、なんとなく良いなーって思ってる男子とかいないの?」
「……いないよ、そんなの」
少なくとも学校にはいない。同級生の男子はみんな馬鹿で下品で不潔で、全然好ましいと思えない。教室内では常に女子の視線やスクールカーストを気にして変に格好つけようとして空回っているのが気色悪いし、ちょっと異性同士の二人が仲よさそうに話していると、すぐに揶揄おうとするのはいつも男子だ。恋愛に興味ないふりして実は恋愛に興味津々なのが最高に不快。どいつもこいつもデリカシーや配慮ってもんが悉く欠けているし、そんな人たちとお付き合いをして一緒にいても、幸せな気分にはなれそうにない。
「そうだよね。マユって男子のこと苦手だもんね」
「別に苦手ってわけじゃないよ。この学校の男子とは相性が悪いだけ」
苦手、なんて言い方をされるとまるで私がおかしいみたいだ。おかしいのは男子連中のほうなのに。普通の異性の人相手なら、私は普通に会話できる。
内海先生が相手なら、私は普通に喋れるんだから。
「この学校のって、どういうこと? うちの学校以外の男子相手なら、苦手じゃないの?」
「まあ、うん。そうかな」
「なにそれ、よくわかんない。うちの学校の男子って、そんなにめっちゃレベル低いってわけじゃないと思うけど」
「いや、レベルとかそういう話じゃなくて……」
「じゃあ、何? 別に、他校の男子だって似たようなもんだと思うよ? 芸能人みたいな人がそこら中にいるわけじゃないんだからさ、現実見なよ現実」
「そんなに夢見てるってわけでもなくて……」
まずい、この二人からちょっと反感を買ってしまったかもしれない、余計なこと言うんじゃなかったな——と、適当な言い訳を考えながら友達と通学路を歩いていた際、ふと下を向いていた顔を上げると、前方に見知った顔を見つけた。
「あれ、マユちゃん?」
「……内海先生」
咄嗟に目を逸らしてしまう。やばい、完全に油断してた。今、変な顔してなかったかな、私。
「奇遇だね。今学校帰り?」
「あ、はい、そうですね……」
「え、なに、マユの知り合い?」
横を歩いていた友達の一人が耳打ちしてくる。「あぁ、まぁ……」と私がしどろもどろになっていると、内海さんが爽やかに微笑んだ。
「マユちゃんの家庭教師やってる、内海裕也って言います。よろしくね」
「え、家庭教師?」
「マユ、家庭教師に来てもらってたの? 初耳なんだけど」
二人の友達が口々に言う。だけど、二人の表情にはただ当惑しかなくて、大学生の男の人を前にして色めきだった様子はない。内海先生が第一印象から好感を持たれるようなタイプの見た目じゃなくて本当に良かった。
「友達と楽しくおしゃべりしてたのに、邪魔しちゃったかな?」
「あ、いえ、全然」
「じゃ、マユちゃん、気を付けて帰るんだよ」
私たちに気を遣ったのか、単に女子中学生三人相手に何を話したらいいのかわからなかったのか、内海先生はすぐに私たちの前から去っていった。
あ、そういえば、内海先生に学校の制服姿を見られたのは初めてだった。やばい、私がスカート丈を膝下まで伸ばしているようなタイプの女子だということがバレてしまった。学校の男子たちから色気のない地味な女子だと思われても全く気にならないのに、内海先生にそれを知られると、なんだかとても落ち着かない気分になる。
「マユ、家庭教師に来てもらってたから最近めっちゃ成績良くなってたんだ」
「うん。内海先生、教えるの上手だから」
「っていうかさ、そういう話はもっと早く言いなよ。マユ、あの人と自分の部屋で二人きりになるんでしょ?」
「えっ、うん。授業がある日は、そうだよ」
友達のひとりが、にやりと口角を上げる。
「うっわ、なにそれ。えっろ~」
え、えろ?
「大人の男の人と部屋で二人っきりって、ちょっとやばくない? だって部屋には普通にベッドとかあるわけでしょ?」
「そりゃああるけど……、勉強はいつも机でしてるよ?」
「そういうことじゃなくてさ、ベッドがあるような狭い部屋で男女が二人っきりでさぁ、ねぇ……なんかやばいよねぇ~」
「ね~」と、友達二人は頷きあう。男の人を家庭教師として雇ってるって、そんなにおかしなことなのかな。有希姉も許容しているし、家庭教師が異性の人でも普通なんだと思ってた。
「あのね、マユはピュアだからまだ知らないだろうけど、男ってのはみんなこわ~い猛獣なんだよ。あの人、なんかちょっと目が怖かったし、何考えてんのか微妙にわかんない感じだったし。どれだけ優しく見えても、裏でどんなやばいこと考えてるかわからないんだからね」
「でも、内海先生に限ってそんなこと……」
だって内海先生は学校の男子連中とは違うんだから。男子中学生と違って、内海先生は大人としての思慮分別のある人なんだから。
「そういう油断が命取りなんだよ、マユ。男の本質なんて中学生も大学生もそんなに変わらないんだから。いつかマユを強引に押し倒してやろうと、常に機会を窺ってるのかもしれないんだよ」
「そ、そんなわけないよ」
「そんなのマユにはわからないでしょ。マユってああいう一見無害そうな男にころっと騙されちゃいそうな雰囲気あるし、ちゃんと気を付けとかないとだめだよ」
妙な上から目線で言われていたら、気づけばいつもの分かれ道まで来ていた。友達二人と別れて、一人で家までの道を歩く。
なんだか馬鹿にされたような気分だった。私と内海先生の関係を侮辱された気分だ。
内海先生が私を犯したいと思っている、なんて。学校の男子連中と同じように、私を欲情した目で見ている、なんて。
そんなこと、あるわけがない。
内海先生のことを馬鹿にしすぎだ。内海先生はそんな低俗で馬鹿で下劣な男とは違う。自分たちがスカート丈を短くしたり派手な格好をしたりして、見た目だけでしか男を惹きつけることができないからって、男全員が性欲だけで動いているような言い方をしないでほしい。たとえ本当に男という生き物が性欲に従って恋愛をするのだとしても、内海先生だけは違う。内海先生だけは必ず、私を一人の女性として扱ってくれる。明らかに自分に対して好意を持っている女の子と部屋で二人きりの状況なのに、一向に手を出してこないのが良い証拠だ。
内海先生はあんたたちが知っている男とは一味も二味も違うんだから。
あいつらはずっと、同年代のガキどもとつまらない恋愛をしていればいいんだ。
内海先生の良さを理解できるのは、私だけでいい。
内海先生は、私だけのものだ。
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