一大決戦の前
「・・・・・・あなた」
「ビアンカ、無理をしすぎだ・・・・・・」
「でも・・・・・・」
「気持ちはわかる。が、今は少しここで大人しくしていなさい。分かったね?」
「・・・・・・ええ・・・・・・」
アランは寝室の扉を静かに閉めると、作戦本部へ向かった。
「アラン王」
「王妃のご様態は?」
本部に着くとすぐに囲まれた。
「ビアンカは、大丈夫だ--」
周りの人の安堵する様子が伝わっていた。
「ポン軍師、状況は?」
「序盤戦は上々でしょう。茶月教、ゼロ、第2師団は、温存したまま。被害状況は確認中ですが、そこまでではないかと。ただ、魔物たちは休みなく攻めてくるものと考えていました。それをわざわざ休みを挟むという行為については、予想外ですし、正直なところ危機感も覚えます」
「うむ、たしかにな」
「アラン王!」
ベガルードが前に出た。
「次は、十指のひとり、エックスだけでなく他の十指も攻めて来ましょう。私もエックス討伐に参戦し、早々に倒し順に十指など、特化戦力を削っていく作戦が良いと思いますがいかがでしょう」
「それなら、私も」
ヤン・カナイも前に出た。
「うむ・・・・・・」
アランは、ポン軍師に顔を向ける。
「両隊長の考えも分かります。しかし、あなた方が戦っている間、部隊を的確に指揮する人間がいなくなってしまいます」
ポン軍師が静かに話し始めた。
「それには及びません。有能な副隊長がおります故」
「あなたがおっしゃたように、他の十指も攻め込んで来ます。複数の強敵を一度に相手にしなければなりません。戦力を集中すると穴が出来る。私は多少時間が掛かってもそれぞれが別の敵と戦う方が良いと思います。それに先情報だと、エックスと肩を並べる強さのゼットも先陣を切ってくるとの事でしたが姿が確認されていません。十指の他、ゼットまで攻めてくると対応が煩雑になる。いかがでしょう」
「十指は、確かに強い。しかし、軍師の配置は敵との相性も考慮されている。ひとりでも十分戦える」
トレイナーが言うと、ポン軍師も続ける。
「私は、今まで歴史を通じて様々な魔物の特徴や性質を解明して来ました。十指のような幹部は特徴を持った奴らです。闇雲に戦えば、奴らの都合に合わせて戦いが進み、思うように戦えなくなる。だから敵の特徴に合った相手をぶつける事で、弱点を突き戦いを優位に進めて勝ちを導く。ちなみに、私の頭の中には魔物だけでない、あなた方の戦い方も入っています」
「・・・・・・」
「あっ、誤解無いように言いますが、私がそこまで頭を使い、記憶するのは、我が郷、この大陸最古の都イリジールの使命と責任だからです」
ポン軍師の言葉に一同押し黙る。
「・・・・・・失礼、話が逸れました。ベガルード隊長の他に何か意見のある方はいますか?」
手を挙げるものはいなかった。
「それでは、この先の詳しい作戦について説明します」
- 2時間後 -
「鶴翼の陣とはよく言ったものだ」
「ええ、もう大昔の陣形でわたしも歴史書でしか見た事がありません」
ベガルードとヤン・カナイのふたりは、少し離れた丘の上から城外に展開された陣形を眺めていた。
「今回は、茶月教とゼロ一派を中心とした配置になっていますが、どう考えますか?」
「フン!わしに聞くな。まあお手並み拝見といこうか。イ・キュウの奴らが全然働かなかったら、その時は後ろから刺してやがな」
「クックク。それは、大丈夫でしょう。ミカデが裏で頑張ってくれてますからー」
「ああ、そうだったな。しかし、いちいちそんな手間を掛けてやらんといけないのは、盗賊風情共め・・・・・・。まあ、ミカデにも後で良い酒を持って行ってやらんとな」
「茶月教はどう見ます?」
「・・・・・・。奴らは、刀を使って戦う。刀、刀術は魔物だけを相手にしておらん。人間を含む生き物、あるいは全ての物質を切る事を前提にしておる。ここで茶月教の戦いを見られるのはワシらにとって重要なことだ。特にあのシンの戦いを見れるという事は・・・・・・」
ー 2時間前 作戦本部 ー
「よってこの鶴翼の左手には、茶月教。右手にはゼロ一派を配置し、この2つを中心に戦います。今回は十指全員で真正面からぶつかってくるでしょうから、トレイナー隊長も城外に配置します。総力戦です」
作戦本部にいる幹部の皆の目が、一歩引いた所に佇む、シンとイ・キュウへ集まる。
「いかがですか?シン殿とイ・キュウ殿」
ポン軍師の声に、茶月教のシンは、小さく頷いた。白装束に腰の刀、何十年も前から茶月教の名は大陸全土に響く武芸の集団。現統領のシンは張りのある肌をしているが、白髪で幾つ年を重ねているかわからない。
「ああ、かまわねぇよ」
イ・キュウのの太い声が響く。イ・キュウは凶悪な盗賊団のお頭。体格はアイ王国の誇る4人の師団長の誰よりも大きく、先の戦いで戦死したガン・オードリーよりもさらに一回り大きいようだった。
「よろしい、それぞれ詳しい戦術をお伝えした所で各々戦い方は違うので戦い方はお2人に全てをお任せします。とにかく重要な事は、強敵をいかに城に近づけず倒すかという事です。数の上ではこちらが優位でしょうが、次の敵は個の力が格段に上がり、さらには十指の特化戦力も加わって来ます。十指が現れたら、アイ王国の師団長の他、セイラ殿にも向かってもらいます」
「分かりました」
魔道士セイラは、控えめな声で答えた。
先の戦いでは、敵の魔法攻撃のほとんどを彼女ひとりの力で凌ぎ、空で戦うビアンカを随所でサポートしていた。名前こそ通っていないが、その実力は確かなものであるということは誰の目にも明らかになった。
「あー、ひとついいか?」
イ・キュウが軽く言った。
「何でしょう?」
ポン軍師が答える。
「王様の相手、ワシが代わってやろうか?どうだい」
その場にいた幹部の目がギロッとイ・キュウに集まる。
「貴様っ!何を勝手な事を言ってるんだ!」
アラン王が答えるよりも先に、ベガルードの怒号が飛んだ。
「んー。珍しく親切で言ってるんだがな」
ベガルードがイ・キュウをさらに険しく睨みつける。
「イ・キュウ殿、折角だが奴の相手は私がする」
ポン軍師の横に立っていたアラン王が一歩前に出て言った。
「・・・・・・そうか、ならいい」
イ・キュウは表情を変えずにそう言った。
「さあ、全体の作戦会議は以上だ!各々の健闘を祈る」
アラン王の号令で一旦解散となり、それぞれが配置に向かった。
「王・・・・・・」
部屋に残ったのは、アラン王とベガルードのふたり。
「どうした?ベガルード」
「どうしたではないでしょう・・・・・・」
「ん?なんの事だ」
ベガルードは、王に歩み寄る。
「この胸の傷は決して軽くはありませんぞ」
大きな拳をアラン王の胸元に突き出して言った。
「・・・・・・」
「わしが代わりましょう」
「ダメだ。言うな、ベガルードよ」
「いや、しかし・・・・・・」
「もうじきな、ケンジとショウが仲間とネオバーンを必ず討ち果たす。それまで保てば良い。私はな、決してエックスに勝とうとは思ってはおらん」
「そこまでの相手ですか?」
「ああ、ガンの仇を討ってやろうと思ったがな・・・・・・厳しそうだ」
「でしたら、わしやヤンも加えて戦った方が良いでしょうに」
「ここからは、他の十指も来る、さらにゼットという未知の敵も来るかもしれない。お前やヤンも貴重な戦力だ。軍師を信じて個の力をぶつけるのが得策と考える。それにな、ケンジ達がネオバーンを打ち破れば魔物共の暴走は止まるはずだ。それまで保てば良い。いいな」
「・・・・・・分かりました」
ー 2時間後 ー
「ヤンよ。王はそう申されたが、何かあってからでは遅い。分かるな?」
「ええ、ケンジ王子がネオバーンを倒したとしても王に何かあれば、それは我々にとっては大きな敗北。取り返しはつきません」
「うむ、ミカデを通してトレイナーにも伝えよう。戦いの最中にあっても常に王の様子を気にかけるのだ。我ら4人で王を支えるぞ」
その頃、ミカデはイ・キュウが束ねる盗賊団ゼロの陣中に潜入していた。
身分を隠し、所々擦り切れた服を纏い野盗の格好までして潜り込んでいた。
「おい、アイ王国の女達を見たかー」
「ああ、かわいいのが多いよな〜」
「今、城の中に兵隊がいねぇらしいぞ」
「ガハハハッ、物盗りいくなら今じゃねぇか」
ポン軍師の予想した通り、ゼロの下っ端達はこれから戦うのが自分達で、この戦いがどんなに重要かという事は全く分かっていなかった。
さて・・・・・・。ミカデは、大きな集団の輪に素知らぬ顔で加わった。
バカ話に花が咲いている。
「おいおい、それより聞いたかよ。懸賞金の話」
ミカデは早速切り出した。
場が一瞬静まる。
「・・・・・・なんだ?その懸賞金ってのはよ」
ひとりが、喰いついてきた。
「まだ聞いてないか!お頭がよ、大型の魔物を狩ったやつに100ゴールド。雑魚でも20体狩れば20ゴールド。それで、驚く事に魔物の幹部を倒したら2000ゴールド配るって話よ」
!!!
「お、おい、待て!本当かよ!?」
ガヤガヤと周りの奴らも集まってくる。
「あのイ・キュウの頭がそんな事言うか?ここだけの話ドケチじゃないか」
「ああ、そうだそうだ。頭がそんな事言うなんて信じられねぇな」
騒ぎかけた一味だが、現実のイ・キュウの性格が邪魔をして冷静さを保つ。
「違う、違う。正確にはその金はアイ王国から出るらしいぞ。今回、お頭がこの戦いに参加したのは、ここの王様から莫大な謝礼が出るからで、しかも出来高でさらに上乗せされるらしい。それで俺たちも活躍出来るように、金をだしてくれるって訳さ」
!!!
「・・・・・・マジかよ」
「2000ゴールドだって!!」
「十指って全部で10だろ、20000ゴールド!」
「雑魚でも倒せば20ゴールドだろ!狩りだ、狩りだ!こんな、美味い狩り場はねぇぞ」
その場にいた盗賊達が、火が付いたように騒ぎ出した。
騒ぎを聞きつけ、さらに周りの奴らが集まってくる。
元々金に目がない盗賊達、誰も彼も耳に入ると気がふれたように騒ぎ出す。
その場にいた幹部も、話しを聞くと踊り出す。「やい、おめぇら。十指を見つけたら、真っ先にオレに報告しろ!いいなっ」なんて始末。
ー 嗚呼。なんだか申し訳ない ー
ミカゲはスッとゼロの陣地から身を引いた。
「ミカゲ隊長、大役ご苦労様でした」
ポン軍師は、涼しい顔でミカゲを迎えた。
「なんだか罪悪感しかありません・・・・・・、あんな大ホラ吹きで部隊を動かして良いものでしょうか」
ミカゲの肩を叩いて、軍師は言った。
「こうする事が、被害を1番少なくして、戦いを早期に終結させるんです。ご苦労様でした」
はぁ。ミカデはため息をついて自分の持ち場へ戻って行った。
アラン王とポン軍師は、バルコニーに出て遠くの空を見つめる。
「いよいよですね」
「ああ・・・・・・」
人間と魔物の存亡を賭けた一戦が始まる。
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