決戦①

 この世界で大型に区別される魔物といえば、重量で人間50から最大でも70人分、平均で3000キロ。高さで言えば5、6メートルといったサイズ。

 これら大型の魔物を倒すには、到底兵士ひとりでは太刀打ち出来ず、20人、30人といった頭数が必要とされる。



 アイ王国に集まった兵士11万人、城下に住む住人、城に仕える者など合わせて40万人、その全員が、これから始まる激戦を容易く想像させられる大きな揺れ、それに合わせた地鳴りを耳にした。


 「---なっ、なんだあれは・・・・・・」


 見張りに立っていた兵士は固まった。

 ハリボテ?山?

 大型の概念を優に超える大きさの魔物。

 トロールのように見えるが、とにかく大きさが尋常ではない、優に50メートルは超えている。しかも1体ではない、それが13体もいる。

 それらが、動き地に足裏を落とす度、鈍い音と振動が伝わってくる。


 「これは・・・・・・、いくつか想定しましたが、ここまでは想定外です」


 ポン軍師は、超大型の魔物を目にすると思わず口から出てしまった。


 「かつて魔物の大型化の黒魔法や、錬金の話は文献で目にしたことはありましたが、どれも実験段階で成功の記述は目にしなかった・・・・・・。くっ、ネオバーンは秘密裏に進めて、いきなり実戦に使うとは・・・・・・、鶴翼の陣をそれぞれ500メートルづつ広げるように伝令を!」



 「シン様・・・・・・」

 「うむ・・・・・・。コナ、バラ、カエン」

 ハッ!

 「アレは、特務以上の者しか戦ってはいかん。下の者は徹底的に雑魚とやるように」

 ハッ!

 「それから、私はひとりで動きます」

 ハッ!

 「刀が折れるまで、倒される事は許さないと皆に伝えなさい」

 ハッ!

 茶月教は、全員が真っ白い装束で身を固めていた。序列を重んじる彼らは、今まで対峙した事のない魔物を前にしても怯んだ様子は誰ひとりとして見せなかった。



 「頭!あのデカいのは、いくらですかい?」

 「あぁん!?お前ら、なんの話しをしてるんだ!金、金、金って、誰がいつそんな事言ったんだ」

 イ・キュウは、困惑していた。

 会議から戻ると、全員が金、金としか口にしていなかったからだ。

 「頭!もう、うちの連中、全員金稼ぎしか頭に無いようでっせ」

 「ったく、どうなってるんだ・・・・・・」

 ゼロの一団は敵に驚くよりも、一攫千金を夢見る力の方が誰も優っていた。

 「あ〝ー、もうしらねぇが。とにかくあのデカいのを倒したらそれなりの金を掴ませてやるよ!チキショウが」

 うぉぉぉおおおおーーー!!

 今にも飛びかかっていきそうなゼロ一派。



 「ミカデ、トレイナー、ヤン」

 ハッ!

 「ハリボテに惑わされるな。真の脅威はその足元だ」

 「・・・・・・ええ、いますね」

 「異様な殺気は、むしろ下の方から」

 ベガルード、ヤン・カナイ、トレイナー、ミカデの4師団長は、肩を並べて迫り来る敵に対峙していた。

 「しかし、あのデカいのに、城壁を叩かれても厄介だ-」

 トレイナーは言った。

 「器用に進めるしかあるまい、十指の相手もし、超大型の相手もし・・・・・・それでも、最重要任務は、決して頭から抜けてはならん。良いな」

 ベガルードの言葉に、他の3人は覚悟を決めた目を向けて頷いた。



 その先、鶴翼の陣のちょうど中心に、アラン王は立っていた。見つめる先は、向かってくる魔物達の先頭に立つエックス。

 「私なら微力ながら戦いのサポートは出来ますが・・・・・・」

 一歩後ろに立つセイラが小さく声を掛ける。

 アラン王は、ゆっくり後ろを振り返り、優しい目をして首を横にふった。

 「ありがとう」

 アラン王は表情を戻して前を向き腰の剣を抜いた。

 「セイラ殿、もう暫く兵達のサポートをお願いします」

 「ええ、それは」

 「さあ、後ろに下がってください」

 前方で小さな爆発が起こった。

 何かが勢いよく向かってくる。

 アランは剣を構えた。

  - 大潮(おおしお) -

 ウルルルオオォォォラァァァァァーー!!!

 エックス!

 エックスが、矢の勢いでアラン王目掛けて飛び掛かってきた。

 エックスに合わせて剣を振り下ろすが、寸前の所で拳を地面に打ちつけて勢いを止める。

 くっ・・・・・・、アラン王の剣が虚しく空を切る。

 体を器用にくねらせたエックスの右足がアラン王の左顔面を捉える。

 鈍い音に続き、地面に叩きつけられるアラン王。

 「ギャハハハハハ、少し休んでもこれか?」


 ザンッ!!!

 エックスが、体を曲げる。

 胸元に一直線のキズが浮かび、血が飛び散る。

 チッ。


 剣先をエックスに向けて、アラン王がゆっくり体を起こす。

 「安心しろ、まだはじまったばかりじゃないか」

 


 「エックスの奴、先走りやがって・・・・・・」

 「はじめてよろしいか?」

 「いいだろうよ。大魔王様が到着する前に潰してないと、何を言われるか分からんからな」

 「ああ、こわい・・・・・・」

 魔物達の先頭に立つ、特に目をひく9体の魔物の禍々しいオーラが爆発的に跳ね上がった。

 大魔王ネオバーン十指。


 「アラン王は、エックスの獲物になっちまったから、先にあの城を破壊した奴が勝ちだ」

 「待てまて、オレはトレイナーっていう隊長格は、オレの獲物だ。そいつに、可愛い俺のクラウンをやられてるんだ。首をへし折って、体中を穴だらけにしてやらねぇと気がすまねぇ」

 「黙れ!そんな事にかまってられるか」

 

 !!!!!


 十指のひとり、ワケバテックの左腕だけが急に吹き飛ばされた。

 「なっ、なんだ!?」

 他の十指は、一瞬でその場を離れていた。


 「一息に全員の首を刎ねてやろうと思ったが・・・・・・」


 少し離れた所に、白装束を纏ったシンが刀を持った手をダラリと下げて立っていた。


 「ギャハハハハハ、ワケバテック!そりゃあ、お前が悪い、ノロマだからな!」

 空に浮かんだ十指のひとり、ザイードが大声で言った。

 「くっそ〜。くそったれ。てめぇ、絶対八裂きだ」

 ワケバテックは、もともと大型な体格の魔物だが、シンを睨み怒りが込み上げるとさらに体格を膨らませて二回りも大きくなった。

 失った左腕の断面は異常に盛り上がった筋肉により窄まり血の一滴も流れていない。


 飛び掛かろうとするワケバテックと、薄く開いた目を向けるシンの間にスッと黄金に輝くマントを纏った魔物が割って入ってきた。

 「どけっ!マトリアム!コイツは俺が殺る」

 ワケバテックの怒鳴り声もよそに、マトリアムという十指のひとりがシンに向かって言う。

 「貴様が茶月教のシンか?」

 「・・・・・・いかにも」

 「ようやく会えた・・・・・・。探したぞ」

 マトリアムと名乗る派手なマントに身を包む十指のひとりは、マントの中に隠れていた2本の刀をゆっくり抜いた。

 人間では扱えないくらいの長物だ。


 「刀を振る上で、茶月教のシンの名は避けては通れんだろ?」

 地を這う凄まじい斬撃がシンを襲う。


 - 夢幻点悦 -


 地面をも削り掘り起こし、激しく向かっていた斬撃がシンの手前、数歩の所で嘘のように消えて無くなった。


 !?

 「なにをした?」

 捉えたはずの攻撃が消えた。

 マトリアムには、何があったのか理解が追いつかなかった。

 ただ分かったのは、シンがやったという事、ただそれだけ。

 

 斬撃も斬り捨てたのか!?


 うぉぉぉぉりゃやややゃゃやー!!


 猛獣の雄叫びをあげて、シンの頭上からワケバテックが襲いかかる。


 - 爆轟インパクト -


 ワケバテックの全身から豪炎吹き出し、隕石さながらの勢いでシンへ突っ込んだ。


 激しい衝突が起こる。


 「ワケバテック!シンはおれの相手だ。何している」

 一撃で地面が大きくえぐれ、焦土化してしまった。

 「マトリアム!こいつにゃ、片腕のお礼があったんだよ」


 「ワケバテック、貴様!」

 「なんだ?俺様とやるのか?」


 -夢幻尖峰 -


 マトリアム、ワケバテックのふたりに無数の光線が降り注ぐ。


 マトリアムは、刀で捌きながらかわす。

 ワケバテックは、全身から再度豪炎を激らせなんとか防いだ。



 刀をだらりと垂らし、少し離れたところを悠々と歩くシンの姿があった。


 「・・・・・・野郎」

 ワケバテックは、豪炎を纏ったまま、シンに向かって歩き始めた。マトリアムも刀を構えてシンに向かっていく。


 シンは歩くのをやめ、向かってくる魔物と向かい合い、刀を構えた。凛とした中段の構え。体の正中線に寸分違わず刀身を重ねる。

 刀身を境に、右目ではマトリアムを。

 左目ではワケバテックを見据え、その口元は薄ら笑っているようにも見えた--。



 「アイツは茶月教のシンだ」

 「マトリアムとワケバテックが勝手に戦い始めたぞ」

 「まぁ、いいさ。勝手にやらせとけ。さっさとあの城を落とすぞ」

 「先に行っててくれ、ワシはあの巨兵団を指揮しないといけない。まだ試作品の段階でな。ワシが近くにいないと暴走しかねん」

 そう言うのは、先の戦いで地中より侵攻したクロードだった。

 「ハンッ、言う事聞かないデクなら連れてくるな。大魔王様にいい所を見せようって魂胆だろうが」

 「低脳だな。ワシは生物実験の成果を自分で確かめたいだけだ。それから、トレイナーはワシの相手だからな。取っておいてくれよ」

 クロードは、十指の輪から外れて後ろを歩く超大型の魔物へ向かって行った。


 「ったく、エックスといい、まとまらない奴らだ。まあ、いいワシら6人で充分。さっさと城を堕とすぞ」

 

 バリバリバリバリッ!

 「んんんーっ?」


 十指6体が歩み進めると急に体が痺れ、足が、前に進まなくなった。


 「おいっ、お前たちは、ここまでだ」


 アイ王国が誇る4人の師団長と魔道士セイラが、立ちはだかった。

 セイラは、ロッドを十指に向けて魔力を込めている。

 「ケッ、チンケな魔法だ・・・・・・、オラっ!!」

 十指のひとり、アニ・ジーが自らの体を中心に黒いオーラを発現させ、爆発的にオーラを広げた。

 「痺れるだけの領域魔法なんぞ、子供の魔法よ」

 セイラ、4人の師団長全員が黒いオーラに取り込まれた。

 「くっ、これは・・・・・・」

 ミカデは手にしている剣が、かつて感じた事がない程重く、とても片手では持っていられない感覚に陥った。

 周りのトレイナー、ヤン・カナイ、セイラに至っても同様に手にしている武器をダラリと下げている。


 十指達は、アニ・ジーを先頭に悠々と歩み始めた。


 「ならんーっ!!」

 ベガルードの檄が飛んだ。


 「この手の魔法は、実際に起きているか、または幻術に惑わされているかのどちらかで、これは明らかに後者だ!気合いが足りんっ!」

 ベガルードは、何とでもないと十指に向かって突っ込んでいった。

 うおおおぉぉぉぉぉーー!


 ヤン、ミカデ、トレイナーは、ハッと意識を切り替えて体に力を込め、ベガルードに続く。

 セイラも集中を高め魔力で自分の周りに結界を張った。


 「おい、アニ・ジー。貴様の魔法もこんなもんか?クックックッ」

 「ケッ、簡単にはいかねぇか」

 十指のひとり、グアナボードが背負っていた邪悪を形にしたような大鎌を構える。

 ザイード、ゾッド、ピカデール、イカムニクデリアンも続いて、各々の武器を手にする。

 セイラ、4師団長と6体の十指が激突する。



 その頃周りでも至る所で戦闘が始まった。

 横に広く展開した鶴翼の陣は、魔物集団を中央に向かい入れる事には成功した。横に広げた分、城に近い部分の兵の厚さは薄くなってしまった。ここからは、時間と質の勝負である。

 茶月教、ゼロ一派を先頭に魔物の群れにそれぞれ横から突撃していった。

 

 茶月教は、全員が白装束に刀を構え、各々が目の前の魔物を一心不乱に斬りつけかかる。

 特に茶月教の副長コナ、バラ、カエンの3名の動きは格別で一つの太刀で魔物の体を真っ二つに両断し突き進む。


 一方のゼロ一派も強烈な勢いを見せる。

 泣く子も黙る盗賊団ゼロの残忍無比なやり口は、戦闘において最もよくわかる。

 一見バラバラに見える個人の戦いぶりは、細かいチームに分かれ1人が相手を惹きつけている間に複数で後ろから一気に狩るといった具合。

 それに加えて今回は狩れば狩るほど賞金が手に入ると言った頭なだけに、それはそれは手際よく魔物を狩っていく。

 頭のイ・キュウは周りの部下を顎で使って自ら戦いの矢面には立っていなかった。


 茶月教、ゼロの初撃は成功。続くアイ王国の4師団の兵や、各国からの応援部隊も順次、突撃していく。

 まさに総力戦。出し惜しみなく一気に勝負にでた。ポン軍師の作戦だった。

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