対峙

 右肩から突進してくるゼットを、かわしきれず、なんとか剣の腹で直撃を防ぐ。そもそも階級が違う。ケンジの何倍も大きな体を持つゼットの突進を受け止める事は不可能。ケンジはそのまま後ろへ吹き飛ばされた。

 グハッ。

 勢いそのままに後ろの壁に背中を叩きつけられた。

 前のめりに倒れるケンジに向けて、鋭い風の刃が襲う。

 ケンジは避ける間もなく、全ての斬撃を浴びる。ケンジの体が傀儡のように不規則に動く。

 間を空けず、空気も燃やし尽くすほどの激しい炎がケンジに襲い掛かる。

 元々、戦闘に耐えるだけの強固な作りの空間だったが、ケンジを中心に後ろの壁は大きく凹み、天井、壁、床に鋭く深いキズを刻み、場は焼け焦げた・・・・・・。ただケンジひとりを残して。

 

 フゥーーー。

 ゼットは、ため息をついた。


 しかし、ぼろぼろではあるが、倒れず生きた目を向けてくるケンジに、ゼットの思考は固まった。


 うりゃゃゃーーー!

 斬りかかって来るケンジが視界に入っていないようで、右肩から袈裟掛けに剣が振りおろされる。


 ハァ、ハァ、ハァ。

 無我夢中で剣を振ったケンジ。



 倒れたゼットは、しばらく右目を閉じていたが、ゆっくりと開けてケンジに目を向ける。

 ヘルバトラーが醸す、不適な笑みはもうどこにも無かった。



 「しょ・・・・・・、所詮は俺など相手では無かった?」


 ハァ、ハァ、ハァ。


 「貴様は一体・・・・・・、何者か・・・・・・?」


 「・・・・・・それは・・・・・・、アラン王の子ケンジ・・・・・・、ただ・・・・・・」


 「ただ・・・・・・?」


 「あっちの世界では、お前を仲間にしようと必死だったんだ」


 「・・・・・・仲間に?俺を・・・・・・」


 「・・・・・・」

 ケンジは階段に向かって進んだ。


 「おいっ、まて・・・・・・」

 ケンジが止まって振り返る。


 ゼットはじっとケンジを見つめている。

 ケンジはゼットの瞳に不思議な感覚を覚えるが、それは内に秘めて3人が待つ大魔王ネオバーンの元へ急いだ。




 

 「タージ待って!」

 ショウの制止を無視してタージがネオバーンに向かっていく。

 「イヂチ、あなたも一旦やめて、タージの援護は私がやるわ」

 ネオバーンは、先程からほとんど動いていない。向かってくるタージをハエを払うようにあしらっているだけだ。

 ショウとイヂチの魔法により、タージを強化、保護しなんとか立ち向かえる状態にはしているが、ダメージを与えることは出来ない。それどころか、タージのダメージが膨れ上がり、ショウとイヂチも魔力を酷使する一方的な展開になった。


 「もう少しは、出来るかと思ったぞ。拍子抜けだ。ケンジがいないと貴様らだけでは何もできんのか?」

 イヂチは、魔力を使い果たしその場に両手と膝をつけて倒れた。

 「うるせぇーーー!!」

 タージの跳び膝蹴りがネオバーンの顔を捉えるが、鈍い音が響くだけでネオバーンは、微動だにしない。左手で払い除ける。

 タージが吹き飛ばされるが、すぐに体勢を整えて襲い掛かる。

 打撃の連打がネオバーンに繰り出される。

 うおぉぉおおおおおぉぉおぉーーー!

 ショウも持てる力を振り絞り、魔力をタージに送る。

 「くだらん・・・・・・」

 ネオバーンが右手でタージの顎を掴む。

 自分より大柄なタージをひょいと持ち上げて、投げ飛ばす。

 ・・・・・・ぁぁあああああああ。

 壁に激突し大きな穴が開き、外の薄いひかりが差込む。

 タージは突っ伏して倒れたまま動かない。

 「くっ・・・・・・」

 それを見たショウがロッドの先に魔力を集中させる。

 「・・・・・・!!」

 イヂチが手のひらを向けて、ショウを必死に止めようとするが・・・・・・。

 「くら えーーっ!」


 等身大よりも大きな光弾をネオバーン向けて放った。

 バリバリバリバリーッ!

 空気を切り裂いてネオバーンに向かって突き進み、建物全体を揺らす程の大きな爆発が起こる。

 爆煙は広い王の間の半分を包み込む。

 

 はぁ、はぁ、はぁ。


 ショウはダラリと腕を前に下ろして険しい顔で爆煙のその先に視線を向けていた。


 煙の中からピカッと光が差した。

 ー ああ、やっちゃった ー

 ショウの頭に過ったのは、諦めた感情だった。

 空気を切り裂いて、眩い光弾がショウに迫り来る。

 「・・・・・・!!!」

 またも、建物を大きく揺るがす大爆発が巻き起こる。


 しばらくして、視界が通るようになる。

 ネオバーンは、変わらない格好のまま立っている。

 ショウは、尻もちを着いて座っていた。

 その周りをよく見ると半透明な膜が覆っていた。ショウではない、イヂチによるものだろう。


 「もうお手上げか?」

 ネオバーンの声が静まり返った空間に響く。

 「なんにもならん。よもやケンジもこの程度なのか・・・・・・。せいぜいゼットの相手がいいところ。期待が大きすぎたのか・・・・・・」


 ネオバーンは、3人に背を向けてヒタヒタと歩き王座に腰を下ろした。


 大きくため息をついた。

 前に広がる景色に目を移す。

 



 「みんなっ!」

 ケンジが階段を駆け上がってきた。

 

 目の前に広がる惨状に言葉を失う。

 うずくまるショウに急いで駆け寄った。


 「ショウ、ショウ大丈夫?」

 ショウはゆっくり視線を向けるが、力がない。こんなショウの目を見るのは初めてだった。

 イヂチがゆっくりタージに擦り寄っていく。

 「イヂチ、タージは?」

 イヂチはタージを仰向けにして、呼吸を測った。

 イヂチは、ケンジに向けて頷いた。

 それを確認するとケンジは視線を先に向けた。

 

 気配も何もなく、ただ太々しく座りこちらを見下ろしている。


 「ゼットは、どうした?」

 ケンジはスッと立ち上がった。

 「倒した」

 「・・・・・・、強かったか?」

 「強かった・・・・・・と思う」

 フンッ。

 表情は見えない。

 

 ケンジは、ショウを肩に抱えてイヂチとタージの元へ運んだ。

 「イヂチ、ふたりを頼む」

 ケンジは立ち上がって剣を抜いた。


 「ひとりでも向かってくるのか・・・・・・」

 ネオバーンは、肩肘をつけたまま、反対の手の指を立ててその先に黒い球体をこしらえた。

 向かってくるケンジに飛ばす。

 簡単そうに作った漆黒の球が床スレスレを飛びケンジを捉える。


 うぉぉぉーー!

 ケンジは剣を下から斜めに切上げ、真っ二つに切り裂いた。

 ネオバーンの口は少し開かれたまま止まった。

 ケンジは剣を振り上げ飛び掛かる。

 でぁあらぁぁぁーーーー!

 両手で剣をネオバーンの首元目掛けて振り下ろす。

 何故か反応が遅れたネオバーンは、咄嗟に球体を放ったまま遊んでいた指を剣筋に立てるが、ケンジの剣は指を飛ばし首元深くまで切り裂いた。

 大魔王ネオバーンの首元から血飛沫が舞う。




 クックックックッ・・・・・・、アハッハッハッハッーーー!


 ネオバーンの笑い声が響く。

 自らの傷など気にも掛けず、笑い続けた。


 ヌンッ!

 ネオバーンが体に力を入れると、首や指の出血は立ち所に止まった。

 ゆっくり立ち上がった。

 「そうか、アハハッ。これは裏切られた気分だ」

 ネオバーンは、フードをあげて顔を見せた。


 その顔を見たケンジが固まった。

 白濁とした両の目は、左右の大きさが全く異なり、鼻は無く縦に細い穴が2つ。頭は、火傷か皮膚は爛れ髪はなく、大きなアザがある。

 「固まるなケンジ、顔を出すのは力を解放して戦う時のみ。そして、この顔を出して生かして帰ってものは誰もいない。人間も、魔物もな」


 大魔王ネオバーンの纏うオーラが格段に増幅されたのが、明らかに分かった。

 風が起こり得ない室内において、意志持たぬ空気すら怯えて逃げ惑い渦巻く。


 「長く待った甲斐があったわ。いいな、全力で来い」

 ネオバーンは、体の前で手を合わせゆっくりと広げると、ドス黒いオーラを纏った大剣が現れた。

 「どうした?さあ、かかって来い」


 ケンジの鋭い突きがネオバーンの胸に向かう。


 「恐れは無しか、そう、それでいいぞ」

 ネオバーンが剣でケンジの突きを払う。


 ネオバーンの剣が振り下ろされる。

 剣先から黒いオーラが伸び鞭のようにしなる。

 ズズズババゴゴーーーーーン!!

 床が抉り取られる威力。ケンジはなんとかかわし、そのままネオバーンに向かい剣を振り上げた。


 「ケンジーーーッ!」

ショウの叫ぶ声も耳に入らないほど、ケンジは戦いに全神経を研ぎ澄ませ、没入していった。

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