混乱

 豪魔地帯の地理に詳しいドン・マッジョの私設兵5人と狩人2人を連れて、ショウ、タージ、イヂチは冥界門へ向かった。

 「ケンジ、あたしが居ないからって気を抜いてるんじゃないからね。走ったり、剣振ったり、魔法の訓練でもいい、とにかく何か準備する時間にするのよ」

 「分かってるよー。タージさん、イヂチさん、皆さん、気をつけてよろしくお願いします」

 タージ、イヂチは、力強く頷いた。

 遠ざかる背中の奥、向かう先は魔物の巣窟。

 自分も付いて行きたい気持ちを堪えてケンジは皆を見送った。

 「王子、王子」

 見送りが済むと、ドン・マッジョが待ちきれないと言った感じで早速ケンジに来い来いと誘う。

 「付いてきてください」

 足早に建物に入って行く。

 「あっ、ちょっと待って」


 中層階。


 「ここは、あまり人を入れないんです。ほら、たくさん扉があって鍵が厳重に付いているでしょう。まあ、私の秘密の空間と言ったところです」

 ドン・マッジョは、ポケットから鍵の束を取り出してその扉に合う鍵を使ってどんどん奥へ奥へ入って行く。

 「止まって。ここの廊下はトラップがあります。ちょっと待ってください」

 壁を手で擦り、何か突っかかったところを強く押す。

 プシューーーー。

 目の前の床から煙が上がった。

 「これで良し、さあ、どうぞ」

 幾つもの扉を越えて、ようやく一つの部屋の前でドン・マッジョは足を止めた。

 「さあ、ここです」

 重厚そうな扉の鍵穴に鍵をそっと入れて回す。

 カチャン。

 ドン・マッジョが、上目遣いでケンジを見る。

 扉を開いて、ケンジを中に入るように勧める。

 薄暗い。そんなに広くない部屋だが、物で溢れている。

 部屋の明かりが付いた。

 と、同時にケンジの目はある一点を直視して固まる。

 言葉も出せず、しばらく固まったまま動けなくなってしまった。


 そんなケンジの様子が、予想通りだったのだろう。ドン・マッジョは微笑んで頷いた。

 「ケンジ王子、これ、あなたの物ですよね?」

 部屋の中央の棚の上。

 記憶の底にあった、スーパーファミコン。刺さっているソフトは、ドラゴンクエスト5。

 「ほら、ここ」

 ドン・マッジョが近づいてソフトの裏を指差す。

 - K・ケンジ -

 汚い字で書かれた、ケンジの名前。

 「ね、王子の名前があるでしょう。どうです。聞きたいことは山ほどありますが、まずはどうしましょう。何か聞きたい事はありますか?」

 もはや知らぬ存ぜぬでは、隠しきれない。ケンジはゆっくりと口を開いた。

 「これはどこで?」

 「これは、旅商人が持っていました。何に使うか分からないので商人は手を焼いていたんですね。二束三文で譲ってくれました」

 「ここで?」

 「ええ、よそからこの街にやってきた商人です。その商人はコレをどこかの商店で買い付けたと言っていましたね。1年くらい前の事です」

 ケンジは頭が混乱してきた。狭間、現実と非現実の狭間。小堺健二とケンジ王子。どこがどうして今ここにいるか分からず、額から流れ落ちる汗と共に床に膝をついた。

 「王子、大丈夫ですか?」

 動悸が止まらない。自分でもこんな状態は初めてでどうしたら良いか分からない。

 「ゆっくり深呼吸してー。落ち着いたらここを出ます」



 ケンジが気がつくと知らない部屋だった。

 綺麗に整えられたベッド、寝心地は言わずもがな上等だ。

 飾り気のない部屋だが、使われている家具はどれも高級感漂よう。

 横の机には、コップと水差し。光の剣が置かれていた。

 ケンジはしばらく天井を眺めていた。

 あれは一体何だったのだろう。どうしてスーパーファミコンにドラクエ5が刺さった状態であるのだろう。ドン・マッジョは何か隠しているんじゃないか・・・・・・。

 考えると切りがない。頭がまた混乱状態になりそうだった。だから考える事をやめて、また天井を眺めていた。


 トントン。

 扉をノックする音が聞こえた。

 「・・・・・・はい」

 言葉が喉に詰まって上手く出ないが、なんとか絞り出した。

 「失礼致します」

 恰幅の良い男が部屋に入ってきた。

 短い髪は綺麗に横分けされ、皺のない綺麗な正装で、手を後ろに組んでゲンジが寝ているベッドの足元へ立った。

 「ドン・マッジョ様の私設秘書のエイと申します」

 深々と頭を下げる。

 「アイ王国のケンジです」

 ケンジは急いでベッドから飛び出して、同じように頭を下げて言った。

 「ボスから伺いました。ケンジ王子。お身体はいかがですか?」

 「はっはい、ええ、落ち着きました。もう大丈夫です」

 急いで立ち上がったせいか、クラッと倒れそうになった。

 エイは素早い動きでケンジを支える。

 「まだ横になられていた方が良さそうですね」

 「すみません、立ちくらみがして・・・・・・、僕はどれくらいここで眠っていたんですか?」

 「丸一日」

 「そっ、そんなに・・・・・・、ウソ」

 「しばらく、ドンもここで待っておられましたが、ケンジ様が全く起きる気配が無かったので、よそにお出掛けになられました」

 「そうでしたか・・・・・・、ショウ達から連絡はありましたか?」

 「いいえ。ショウ様達は順調に行けばそろそろ冥界門に着く頃でしょう。イヂチ様がその辺りの状況を確認されたら、そのまま呪文を使って帰ってこられるでしょうから」

 「そうですよね・・・・・・」

 「食事はどうされますか?すぐに用意は出来ますが。マッジョも時期に帰ってこられます」

 ケンジは、何故だか体に力が入らないことに気付いた。空腹なのだろう。

 「すみませんが、何かいただけますか?」

 「承知しました。すぐに用意を」

 エイは機敏な動きで部屋を出て行く。

 「あっ、僕も行きます」

 そう言って、またベッドから立ち上がった。

 机の上の光の剣を手に持った。

 ん?今まで感じた事の無い剣の重量に違和感を感じたが、急いでエイに続いて部屋を出た。



 アイ王国


 「カロイ、報告ご苦労。少し休みなさい」

 「しかし、王・・・・・・」

 「カロイには、まだやってもらいたい仕事が沢山ある。そのために、今は休め。よいな」

 「分かりました」


 「ネオバーン・・・・・・、師団長それから幹部を全員ただちに集めよ。それから、数日で届けられる所には使いを出して大魔王ネオバーン襲来の件を伝えふらすのだ。真の強者を集めねば戦いが保たない、行けっ」

 「はっ」

 兵は部屋を飛び出していった。


 「あなた・・・・・・」

 「うむ、まさか大魔王自ら打って出るなんて事は想定外だった。十指の相手もいる。圧倒的に戦力不足だ。ビアンカ、覚悟しておけよ。我々も戦うぞ」

 「そうね。この国のため、覚悟は出来てるわ」

 「うむ」

 「あの子達は大丈夫かしら・・・・・・、ドン・マッジョなんて、あまり良い噂は聞かないわ」

 「・・・・・・ふたりの事は信じるしかあるまい。きっとこの国、いやこの世界を救うため戦ってくれているだろう」

 「そうよね。無事だと良いのだけれど・・・・・・。最後に少し会いたいわ」

 「おいおい、縁起でもない事を言うなよ。大丈夫、戦いの後ゆっくり会えるさ。必ず守り切ってみせる。国も民も、子供達も」

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